ツムラ

■漢方薬選品上の注意
 漢方治療上の注意の第2としては、もっとも基本的な素材である漢方薬の選品のことでありましょう。昭和11年、私たちが拓殖大学で日本で初めて漢方医学講座を開いていたころ、柴胡桂枝乾姜湯の「証」と思われた流感や肺結核患者にそれを用いますと、患者は服用後間もなく苦しみ出して、これを吐いてしまって食欲がなくなり、どうしても飲めないという症例が何回か発生いたしました。これは私も大塚先生も同じようなことを経験したのであります。そこで私はある日、試みにこれを飲んでみますと、なるほどとても苦くて、胃にもたれて気持ちが悪くなり、ムカムカとしてとうとう吐いてしまいました。そしてその苦味がいつまでも胃に残って食欲がすっかりなくなったのであります。その後、ちょうど拓大の講座で大塚先生が傷寒論の講義の時、この柴胡桂枝乾姜湯のところでその話をされたのであります。するとその時聴講生の中に長年漢方薬を扱っていた薬局のご主人がおり、「それはおそらく処分の中のかつろ根がないので、薬店が土瓜根を配達したのではないか、先ごろから市場に土瓜根をかつろ根と称して出廻っているようだ」ということを発言されました。そこでこれを調べてみましたところ、まさにかつろ根ではなく土瓜根でした。
 昔から「薬をうるもの売るもの両眼、薬を用いるもの一眼、薬を飲むもの無眼」という諺のようなものがありまして、薬を売るものは両眼で、二つの目で原料もよくわかっていて、かつろ根がないと、それによく似ている土瓜根をかつろ根といって売ることがあります。薬を用いるものは薬の専門家でないので一眼で、一つの目しかないので厳重な薬の鑑定や選品がおろそかになりがちで吟味が足りない、また薬を飲むものはまったく無眼で、めくらでありますから、そのまま飲んでしまうということで、そのころ私たちも、一眼しか持っていなかったための失敗でありました。
 生薬の原料の場合は、その色や、硬さ、臭いや味を試みますと、かつろ根と土瓜根の見分けはすぐにつきます。かつろ根の味は淡白で、少し甘みがあり、土瓜根は実に不快な苦味を持っています。それがいったん製剤となってしまいますと、その比較ができませんので、どういう材料を用いたかわからなくなります。それゆえ製剤の場合は、十分な経験のある、両眼をそなえた専門家が立ち会いのもとに原料を鑑定して製剤化する必要があると思われます。かつろ根と土瓜根の相違点を表にしますと表1のようになります。

表1 日本産かつろ根と土瓜根の比較

          かつろ根      土瓜根
植物名     キカラスウリ    分岐せず
巻鬚       3−4に分岐   分岐せず
葉の表面    滑らかで毛なし  粗渋で毛あり
果実       黄色で大きい   赤色で小さい
種子       柿の核形     カマキリの頭形
根        大きくて長い    小さくて短い
別名      天花粉        王瓜
(色)      白          白、やや帯黄
味       微く苦くて甘い   はなはだ苦い

成分      澱粉        澱粉
(その後    Citrulline     Arginine
発表によると) Glutamic acid Choline


■煎じ薬を作る時の注意
 第3に、煎じ薬を作る時の注意について述べたいと思います。『傷寒論』や『金匱要略』、その他の医書も同じですが、処方された薬を煎じる方法、その飲み方、服用後の注意が実に懇切に書かれております。これは長い間の経験から指示されていますので、できる限り記載通り守るべきであります。一つ二つ例をあげてみますと、もっとも頻繁に使われている小柴胡湯でありますが、一般には便利な方法として、 1日分に水600ccを加えて300ccに煮つめ、3回に分けて服用していますが、『傷寒論』の指示によりますと、水600ccを加えていったん煮て300ccとして、それからカスを去って再び火にかけて150ccに煮つめ、それを3回に分けて服用すると明記されております。
 これも戦前のことでありますが、私の懇意な方が非常に高い熱を出して、一週間も熱が続いて、病院では腸チフスの疑いがあるとのことでした。私はその時往診して小柴胡湯の証として便法の煎じ方をして与えたのであります。患者は初めて漢方の薬を飲むので、苦いとか量が多いとかいってなかなか飲まないのでした。そこで『傷寒論』の指示に従って煎じさませましたところ、分量は半分となり、今度はとても飲みやすくて、飲んだあと気持ちがよいといって進んで服薬しました。この患者はあと3日熱がさめなければ伝染病棟に入院させるといわれて大変困っていたのですが、幸いなことに3日目の朝平熱になりましたので、大変喜ばれたことがありました。
 また感冒の薬として知られている葛根湯も、『傷寒論』では、まず葛根と麻黄の二つを600ccの水に入れて、火にかけて450ccに煮つめ、上に浮かんだ白い泡を取り去ってから、他の薬を入れて200ccに煎じつめることになっております。このように指示された通りにしますと、まことに飲みやすいばかりでなく、不快な副作用らしいものが現れず、よく効果が現れるもので、その昔よくここまで工夫されたものと感嘆させられるものであります。漢方薬の煎じ方、飲み方、服用後の注意などはできる限り、特に急性病の時は古典の指示を守るべきものと思われるのであります。これは煎薬の場合の注意であります。


■漢方薬の「修治」ということ
 注意事項の第4として、薬の「修治」ということがあります。古い医書の処方には、いくつかの薬物の下に「皮」を去るとか、「芯」を去るとか、「節」を去るとか、「炙る」とか、「炮ずる」、すなわち加熱するという注意書きがしてあります。漢方では、これを「修治」を施すといっておりますが、これも大変重要なことで、注意を要することの一つであります。麻黄の節を去るとあるのは、よほどの篤志家でないと今日では実際には行われていなう現状ですが、その通り実行すると効果が一層よくなるものであります。麻黄の節のところや根には、汗を止める作用があるといわれておりまして、それゆえ節を去りますと発汗作用が顕著に現れるものでこと指示に従うのが建前であります。
 また附子ですが、附子はヤマトリカブトの根で、漢方薬の中でもっとも毒性の強いものとされております。いわゆる猛毒のアコニチンが含まれており、漢方では附子のところに必ず「炮」という字がつけてあります。これは濡らした紙に包んで熱灰の中に埋めて加熱して、アコニチンの毒性を何百分の一、何千分の一に減毒させて用いているのであります。この加熱という修治、すなわち理化学的操作をせずに、とくに粉末にして用いる時は恐ろしい中毒を起こしますので、もっとも注意しなければなりません。煎じるときは加熱によって毒性が少なくなります。
 それは昭和7年5月30日のことですが、日本の植物学者として世界的に有名であった理学博士の白井光太郎先生は、『金匱要』略の天雄散という附子を含む不老長生、強壮、強精の処方を、この附子を加熱修治を加えずにそのまま粉末として服用して中毒死したことがあります。それゆえ、附子は中国で行われているように十分加熱処理、修治を施してから用いなければならないのであります。


■瞑眩現象
 その第5として、漢方で「瞑眩」ということがあります。この瞑眩現象は漢方特有の言葉で、患者の証と処方が合っているのに、服薬後予想に反した思わぬ反応現象が現れ、一時症状が激しくなったり、意表外の症状が現れたりするものであります。瞑眩とは、「目がくらむ」という意味ですが、体内の病毒が動揺して治癒機転の一つとして起こる、目がくらむような自壊作用でありましょう。
 この瞑眩現象として昔の漢方医の記録された二、三の例をあげてみますと、たびたび激しく吐いたり下したりする吐しゃ病を長い間繰り返していた患者がありまして、これに生姜瀉心湯を与えましたところ、一時かえって激しい嘔吐と下痢が起こって患者は気絶するばかりになりました。ところがその後、この患者の吐しゃ病がすっかりよくなったということであります。
 またある婦人が、頑固な喘息に苦しんでいましたので、その発作を鎮める目的で小青竜湯を用いたところが、以外にも止まっていた月経がついて子宮出血が起こり、患者も大変驚きましたが、これがきっかけとなって、その患者の磁病の持病の喘息がすっかりよくなったというようなことがあります。これらはまったく今申しあげました瞑眩の現象で、これは好ましい副作用というべきものでありましょう。
 しかし瞑眩はそれほどたびたび起こるものではありません。処方と証が合いますと太陽が昇って霧が晴れるようにスラスラとよくなるものが多く、稀にはこのような頑固な持病が思わぬ瞑眩現象を起こしてから根治することもあるものであります。処方が適当しないで、当然起こる症状の悪化を瞑眩現象と誤解することのないように注意をしなければならないのであります。瞑眩という言葉は、中国の古代の『書経』の中の『尚書』という本に「もし薬瞑眩せざればその病癒えず」とあるのを、古方の吉益東洞先生がこれを発見して唱えてから有名になったものであります。


■アレルギー性体質疾患への投与注意
 終わりに、アレルギー性体質の患者に寒峰を用いる時の注意について申しあげてみたいと思います。漢方薬は副作用がないと一般にいわれております。もちろん化学薬品に現れるような副作用はありません。しかしアレルギー体質の患者には、時に副作用に似た症状がまま起こることがあります。また自律神経失調の過敏性体質者には、桂枝とか人参など刺激性のものの入った処方で、よく発疹を起こしたり、蕁麻疹を起こしたりしますので、これも注意を要することであります。また甘草一味、あるいは甘草の少し多く入った処方で全身に浮腫をきたすことがあります。甘草の中にはグリチルリチンという、副腎皮質ホルモンと同じような作用をするものがあって、これが浮腫をきたすことが時にあるものでありまして、アレルギー体質者に皮膚症状が発現した場合は、しばらく服薬を中止して経過を見た方がよいと思われます。たいてい数日で症状は治るものです。
 さて、以上をまとめてみますと、漢方治療上の注意としては、第1に、漢方を勉強するには、その初期には虚心坦懐に漢方の古典に打ち込んでその指示に従うこと、その2は、漢方薬の原料をその薬能とともによくわきまえること、その3は、瞑眩と誤治や副作用を明らかにすること、その4はアレルギー体質の患者には薬の量を控えめにすること等であります。処方と証とがよく合いますと、短期間に好転することが多く、また相当長期にわたって服用しても副作用はなく、慢性固疾の治療や体質の改善も期待されて、漢方治療の独自の効果が発揮できると思われるのであります。


■医学略年表(明治末年まで)

前6〜前4世紀頃  中国で扁鵲、インドで耆婆が名医として知られた。
             〔ヒポクラテスとその学派がギリシャを中心に活動した。〕
前2〜前1世紀頃  中国最古の医書『黄帝内経』が書かれた。
  70年頃      〔ディオスコリデス、西洋最古の薬物書『ギリシャ本草』を著わす。〕
1〜2世紀頃     中国最古の薬物書『神農本草経』が書かれた。
 1世紀        〔ガレノス、ギリシャ医学を集大成。〕
  200頃      張仲景が漢方治療の古典『傷寒雑病論』を著わし、華佗が全身麻酔下に開腹術などの手術を行う。
  414       金武が朝鮮より来朝し、はじめて日本に大陸の医学を伝えた。
  608       恵日、福因ら最初の医学留学生として中国(隋)へ渡航。
  650頃      孫思ばくが大著『千金要方』を著わす。
  753       唐より鑑真が来朝し、医薬を教えた。
  756       聖武天皇77忌に東大寺大仏に医薬が供養され、正倉院薬物として今日に伝わる。
  982       丹波康頼が現存する日本最古の医書『医心方』を著わした。
 1150頃     成無己『注解傷寒論』を著わし、医学革新の口火をきる。
12〜14世紀   金元四大家-李杲、朱震亨、劉完素、張従正-らにより金元医学確立させる。
 5〜13世紀   (ギリシャ医学の伝統はペルシャ、ついでアラビヤにひきつがれ、イスラム世界で発展する。ラーゼス、アビセンナらの名医がでた。この間、ヨーロッパでは、宗教的呪術的医学が盛行する。)
 1498      田代三喜、明での留学より帰り、金元医学を日本に伝え、後世派を興す。
 1543      (ヴェサリウス『人体の構造に関する七つの書-ファブリカ』を著わし、ガレノスを批判、医学上のルネッサンスはじまる。同じころ、パレが外科学で、パラケルススが薬物治療学で革新運動をおこす。)
 1557      ポルトガル人アルメイダ、大分にはじめて洋式病院を設立。
 1574      後世派の大家・曲直瀬道三の主著『啓迪集』成る。
 1593      李時珍、中国最大の薬物書『本草網目』を著わす。
 1628      〔ハーヴェイ、血液循環の原理を発見。〕
 1650頃     名古屋玄医、古医方を唱え、日本の医学革新の先駆となる。
 1700頃     後藤艮山、一気留滞説を唱える。
 1729       香川修庵、『一本堂薬選』を著わし、従来の本草を批判。
 1754       山脇東洋、日本ではじめての人体解剖を行う。
 1750頃     吉益東洞、万病一毒説を唱え、腹診法を確立する。
 1761      〔モルガーニ、『疾病の座と原因』を著わし、近代病理学の基礎確立させる。〕
 1774      杉田玄白ら『解体新書』を著わし、初めて西洋解剖学を紹介する。
 1798      〔ジェンナー、牛痘法を発見。〕
 1805      華岡青洲、全身麻酔下に乳癌摘出術を行う。
 1848      オランダ人モーニッケ、牛痘苗を日本にもたらす。
 1858      〔ウィルヒョウ『細胞病理学』を著わす。〕
 1859      〔ダーウィン『種の起原』を著わす。〕
 1869      明治政府、ドイツ医学を範にとる方針を決定。
 1875      医術開業試験通達さる。漢方非合法化のはじまり。
 1882      〔コッホ、結核菌を発見。〕
 1883      医術開業試験規則、医師免許規則交布。
 1890      〔北里柴三郎、ベーリングとともに破傷風抗毒素血清を完成。〕
 1895      漢方存続をもりこんだ医師免許規則改正案が第八議会に提出され、27票差で否決される。
 1910      〔エールリッヒと秦左八郎がサルバルサンを合成し、化学療法時代はじまる。〕
           和田啓十郎『医界之鉄椎』を著わし、漢方復興の先駆となる。



■資料  漢方医学関係の典籍と先人略解

1)扁鵲(へんじゃく)
    中国の春秋末期の医師で西洋のヒポクラテスとほぼ同時代に活動し、中国医学の父と云われる。『史記』にその伝記がのせられているが、それによると姓は秦、名は越人で今の河南省のあたりに生まれ、長桑君より秘法を授けられたという。各地を巡遊し、医療を行ったが、この記載よりすると、すでに扁鵲の時代には中国医学の基礎倫理である気血、陰陽、経路などの概念が確立されており、薬物、鍼、按摩等の療法が行われていたようである。  〔大塚恭男〕

2)『山海経』
    著者、成立年次ともに不詳。現存本は18巻だが錯簡が多い。しかし、一部、特に五臓山経などはよく古型を伝えており、中国古代の山海に産する動植物に関する貴重な資料とされている。この中には人体に与える作用の記載もあり、食して薬効のあるもの、佩びあるいは服して薬効のあるもの、現われると吉兆または凶兆のあるもの、薬効あるいは他の効あるもの、(単に名をあげて用法の記載のないもの)、人に害を与えるもの、などが数多く記されている。 〔大塚恭男〕

3)『呂氏春秋』
    秦の呂不韋が賓客を集めて編集した書物で、道家や、儒家その他諸家の説がまじっている。  〔大塚敬節〕

4)『素問』
    『黄帝内経』素問、霊柩の中の素問で、この古典は漢方医学最初の古典で、前漢時代に春秋戦国以降の伝承を資料としてまとめたもので、『素問』では天地自然の変化がいかに人体に影響するか、人はいかに生くべきかを論じ、生理、病理等の基礎的な問題をとりあげて解説している。著者は不明である。   〔大塚敬節〕

5)『神農本草経』
    われわれが現在読むことのできる最古の本草書であるが、その書かれた年代ははっきりしない。おそらく後漢の頃のものであろう。ただ、現今のものがその頃のものと全く同じ内容のものではあるまいと考えられ、森枳園は、これの復元を試み、この森本が正しいとされているが、これにも異論がある。
 本草書は、薬物の効用を主として述べた実用博物学ともいうべきものである。   〔大塚敬節〕

6)『傷寒雑病論』
     傷寒とよばれる現在の腸チブスのような経過をとる熱病を例にとって、発病から治癒または死に至る時間的な経過とともに変化する症候をあげ、その変化にいかに対応して治療するかを述べ、その間に、医師の誤治による病症の変化と、それに対する処置を示した古典で、これによって変化の激しい急性病を例にとって、治療の法則を示している。このように疾病を時間的に観察して、その病状の変化を克明に記載した書物は、傷寒論以外にない。
     雑病論は、現代に伝承せられている『金匱要略』(きんきようりゃく)に相当するもので、傷寒論に合併せられて、傷寒雑病論とよばれた時代もあり、傷寒論の名称で雑病論が包括せられたこともある。宋代になって雑病論が『金匱要略』という名称になった。そのいきさつは『金匱要略』の序文が説明している。
     雑病論は、その名の示す通り急性熱病以外の一般の雑病をあげて、その症候と治療を述べている。
     この『傷寒雑病論』は、後漢の末年に、張仲景によって編著せられたことになっているが、この張仲景という人物は正史の上には出てこない謎の人物である。
     詳しいことは拙著『臨床応用傷寒雑病論解説』(大阪創元社刊)と、目下刊行準備中の『金匱要略講義』をご覧ください。  〔大塚敬節〕

7)『諸病源候論』
     隋の大業6年(610)に巣元方らによって著わされた病理の専門書で50巻よりなる。現行本は67門、 1726論よりなっており、病気の原因、病理が記されているほか、一部には養生方についても言及されている。  〔大塚恭男〕

8)孫思ばく(そん しばく)
     唐代を代表する名医で、『備急千金要方』、『千金翼方』などの大著述があり、『千金用法』が漢方医学全書の形態の最初のもので、漢方を学ぶものの必読の書でありながら、かい解書が少なくて難解であったが、最近、毎日新聞社から景嘉先生等の手で現代語訳が完成して、容易に読めるようになったのはありがたい。        〔大塚敬節〕

9)『外台必要方』
     唐の天宝11年(752年)に王Zによって著わされた一大医学全書で40巻よりなる。同じ唐代の大著『千金要方』、『千金翼方』と違う点は、著者の王Zが専門医師でなく、王室図書館の官吏であったため、著者の個性があまりでない反面、広く諸書を渉猟し、かつ一々出典を明示してあるので、六朝隋唐の医学を知る好個の文献として珍重されている。日本の山脇東洋が廷享3年(1746)に明版善本を得て翻刻し、広く行われるに至った。  〔大塚恭男〕

10)『註解傷寒論』
     金の成無己の著書で厳器之による皇統4年(1144)の序文がある。傷寒論の註解書として最古のものであるばかりでなく、傷寒論の有力な異本の一つとして珍重されている。   〔大塚恭男〕

11)李時珍(り じちん)1518-1593
     正徳13年(1518)湖北省き州東門外の瓦硝はで生まれ、萬暦21年((1593)に没した。臨床医であるとともに大本草家として知られ、その著書『本草網目』は中国本草としては最大の規模を誇り、古くより海外にも知られた。   〔大塚恭男〕

12)『本草網目』
     李時珍の著わした本草書。本書は嘉晴31年(1552)に着手され、萬暦6年(1578)に完成したが、その後も晩年に至るまで増補訂正が続けられた。初版には王世貞の序(1590)があり、萬暦21年(1593)頃の刊行とみられる。これによると薬物は16部62類に分けられ、計1880種が記されている。フランス人宣教師、J.B. du Haldeの『シナ帝国志』(1735)に部分訳がなされて以来、多くの翻訳書がなされた。   〔大塚恭男〕

13)後藤 艮山(ごとう ごんざん)1659-1733
     独学によって大成し、万病は一気の留滞によって生ずるという説を提唱し、古方派の大家として後進を導き、徳川時代の医学に多きな影響を及ぼした。名を達、字を有成、通称を佐一郎といい、艮山または養庵と号した。  〔大塚敬節〕

14)香川修庵(かがわ しゅうあん)1683−1755
     後藤艮山の門人で、治術は山脇東洋に劣るとされているが、『一本堂行余医言』のような大著述が残っている。  〔大塚敬節〕

15)山脇東洋(やまわき とうよう)1705−1762
     後藤艮山の門人中の第一人者として治療にすぐれ、また宝暦4年(1754)、わが国最初の解剖を実施し、『蔵志』を著し、親試実験を提唱した。  〔大塚敬節〕

16)吉益東洞(よします とうどう)1702−1773
     安芸の人で、名を為則、字を公言、通称を周助(介)といい、初め東庵と号し、後に東洞に改めた。
     万病唯一毒を提唱し、病気は毒が体にあるから、その毒を体外に排除することによって病気は治るといい、この毒を排除するには毒である薬を用いるといい、薬はすべて毒であるといった。
     また一方で、目に見えないものは相手にしないと主張するからには、「毒」も見えなければならない。東洞は、この難問題を切り抜けるために、「毒があれば、その証拠が腹証に現れる。たとえば二本棒は毒のある証拠である」といった。二本棒というのは、左右の腹直筋の攣急をさしている。
     この説にたいして、和田東郭は、ある日、東洞をたずねて、先生は多年にわたって毒をとる薬をおのみになっているから、さだめし毒はとれているでしょう。私にその毒のとれた腹はどんな形をしているか診せてくださいとたのむ。
     東洞は、言を左右にしてなかなか診せないので、それでは患者さんの腹でもよいから診せてくださいとたのむと、門人になったら診せてやると東洞が言うので、東郭は東洞の門人になったと、『薫窓雑話』の中で話して、二本棒は、体を支えている大切な柱であるから、それがなくなるはずがないと、追加している。      〔大塚敬節〕

17)山県大弐(やまがた だいに)1725−1766
    大弐の『医事撥乱』は荻生徂徠の『素問評』との合刻になって刊行されたが、これを書いたのは、その序文から推察すると1761年である。東洞が一番初めに医説を発表したのは1759年であるから、大弐は『医断』を読んでから『医事撥乱』を書いたものと考えられる。         〔大塚敬節〕

18)永富 独しょう庵(ながとみ とくしょうあん)1732−1766
    山脇東洋の門人。35歳の若さで吉益東洞に先立って逝ったが、東洞をして「陰として一大敵国の如し」と嗟嘆せしめたほどの実力を備えた名医であった。『漫遊雑記』の名著がある。    〔大塚敬節〕
 
19)亀井南溟(かめい なんめい)1743−1814
    少年時代に吉益東洞の門人となったが、「英雄人を欺く」の捨てぜりふを残して、東洞の許しにとどまること数日で門下を辞し、永富独しょう庵の門人となる。東洞のひととなりを欣慕したが、その学説には承服せず、『続医断』『続管豹俚言』『万病一毒弁』『古今斎いろは歌』等で、さかんに東洞を攻撃した。

20)和田東郭(わだ とうかく)1744−1803
    『焦窓雑話』は門人が筆記した東郭の言葉を全5巻にまとめたもので、漢方の研究を志すものの必読の書である。   〔大塚敬節〕

 


認知症の周辺症状(BPSD)と抑肝散
 監修  島根大学医学部精神医学教授  堀口 淳

高齢社会の到来に伴い、認知症患者が増加し、知的機能低下といった認知障害以外の興奮や攻撃性などの周辺症状(BPSD)が医療や介護の現場で大きな問題となっている。これまでBPDSは主に抗精神病薬で治療されてきたが、過鎮静などの副作用により日常生活動作(ADL)が障害されることなども問題となっている。最近、このBPSDへの有効性の報告がある抑肝散は、元来は神経症や不眠症に対する保険適応が承認されている薬物である。BPSDの中には、焦燥、不安、抑うつといった神経症的な症状もあり、また睡眠障害も重要な一症状である。抑肝散はこれらの神経症的なBPSD症状や、攻撃性を始めとするさまざまな他のBPSDを改善することが報告されており、抗精神病薬による過鎮静やパーキンソニズムなどの副作用も出現しにくい極めて使用しやすい薬物である。今後は、認知症以外の統合失調症や境界型人格障害などの衝動性や対人接触性が問題となる精神疾患への臨床応用も期待されている。

虚弱な体質で神経がたかぶるものの
神経症、不眠症に ツムラ抑肝散 エキス顆粒(医療用)
※ツムラ抑肝散エキス顆粒(医療用)の「効能又は効果」、「用法及び用量」、「使用上の注意」等については裏面DIをご覧ください。


認知症の周辺症状(BPSD)と抑肝散
 抑肝散は認知症患者の日常生活動作(ADL)を低下させることなく、周辺症状(BPSD)を改善します。

対象 BPSDを有する軽度〜重度認知症患者52例
方法 ツムラ抑肝散投与群(27例)と非投与群(コントロール群:25例)のいずれかに無作為に割付け、4週間治療を行った。ツムラ抑肝散は7.5g/日(分3)食前に投与した。治療1週間後にコントロール不十分な症例には塩酸チアプリドを追加投与した。
評価 治療開始及び治療終了時にBPSDの評価として、NPI(Neuropsychiatric Inventory)、日常生活動作(ADL)の評価としてBarthellndexを実施した。
安全性 試験期間中、試験に関連する有害事象は認められなかった。しかし、試験終了後もツムラ抑肝散を継続投与した2例で過鎮静の傾向がみられたが、1日量の減量を(7.5g/日→5.0g/日)することにより治療継続が可能であった。

※ツムラ抑肝散の効能:効果は、虚弱な体質で神経が高ぶるものの、神経症、不眠症などです。

認知症の心理症状・行動症状と抑肝散
 抑肝散は認知症患者の不眠・焦燥感などの心理症状※と行動症状※を改善することが確認されました。

対象 心理症状・行動症状を有する認知症患者18例
方法 既存治療に加えてツムラ抑肝散7.5g/日(分3)を4週間投与した
判定 投与2週後及び4週後に心理症状・行動症状(攻撃的行動、その他の行動)の重症度を判定した。
安全性 本試験における副作用は認められなかった。
評価項目 
  心理症状 次の6項目を4段階で評価(合計18点)幻視、幻聴、妄想、不眠、アパシー(無気力、無関心)、焦燥感
  行動症状 攻撃的行動:次の11項目を5段階で評価(合計44点)
  つばを吐く、悪態をつく(攻撃的発言)、叩く(自分を叩く場合も含む)、蹴る、人や物につかみかかる、押す、奇声を発する、叫ぶ、かみつく、ひっかく、物を引き裂く その他の行動:次の3項目を4段階で評価(合計9点)
  奇異な行動、性的脱抑制、徘徊

●虚弱な体質で神経がたかぶって、怒りやすい、イライラする、眠れないなどの症状を訴える場合に使用します。
●日常生活動作(ADL)と認知機能に影響を与えることなく、興奮性、焦燥感などの神経症症状(認知症患者にみられる周辺症状〈BPSD〉を改善します。
 ※BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia
●神経系(グルタミン酸、セロトニン)への作用が認められ、BPSD様モデル※での攻撃性を抑制します。(in vitro、マウス、ラット)
 ※認知症状発症モデルの中で中核症状とともに周辺症状(攻撃性)を併発する動物モデルと総称をBPSD様モデル動物と呼んでいる(※1、※2)
※1 村田篤信ほか、日本神経精神薬理学雑誌、2004、204、p.93. 
※2 Vloeberghs.E.et al.Eur J Neuroscl.2004,20.p.2757.
●主な副作用は間質性肺炎、偽アルドステロン症、低カリウム血症、ミオパシー、肝機能障害、黄疸などです。
・一般に高齢者では生理機能が低下しているので減量するなどご注意ください。
・グリチルリチン酸製剤、利尿剤などとの併用にご注意下さい。
[文献] 1)Iwasaki.K.:Arai,H.et al.J Clin Psychiatry.2005,66(2)、p。248.
     2)Mizukami,K.:Asada,T.:Toba,K. et al. Int J Neuropsychopharmacol.2009,12(2),p.191.
     3)Takeda,A. et al Nutr Neurosci.2008,11(1),p.41.
     4)Takeda,A. et al.Neurochem Int.2008,53,p.230.
     5)Kawakami,Z.et al.Neuroscienci.2009,159,p.1397.
     6)Egashira,N. et al.Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry,2008,32(6),p.1516.
     7)Sekiguchi,K. et al.Phytother Res.2009,23,p.1175.
     8)Kanno,H. et al. J Pharm Pharmacol.2009,61,p.1249.

日本標準商品分類番号 875200
薬効分類名 漢方製剤
名称 製品名 和名 ツムラ抑肝散エキス顆粒(医療用)
         洋名 TUMURA Yokukansan Ixtract Granules for Ethical Use
    一般名 和名 抑肝散
         洋名 yokukansan
薬価基準   収載
開発の経緯及び特徴  本剤は、漢方の古典(保嬰撮要)に記載されている漢方(抑肝散)をツムラ独自の乾式造粒法により服用しやすい顆粒剤として製剤化し、これを「厚生省薬務局薬審二第120号通知(S.60.5.31付)」に基づき製造承認申請し、承認された医療用漢方エキス製剤「ツムラ抑肝散エキス顆粒(医療用)」である。本剤は7種類の生薬(ソウジュツ、ブクリョウ、センキュウ、チョウトウコウ、トウキ、サイコ、カンゾウ)を水のみで煎出し、噴霧乾燥法により製した乾燥エキスを、有機溶媒や水を一切使用しないツムラ独自の乾式造粒法により顆粒剤とした漢方エキス製剤である。

組成・性状
組成 本品7.5g中、下記の割合の混合生薬の乾燥エキス3.25gを含有する。
日局 ソウジュツ(蒼朮)…4.0g   日局 トウキ(当帰)…3.0g   日局 ブクリョウ(茯苓)…4.0g   日局 サイコ(柴胡)…2.0g   日局 センキュウ(川きゅう)…3.0g  日局 カンゾウ(甘草)…1.5g  日局 チョウトウコウ(釣藤鈎)…3.0g
添加物 日局ステアリン酸マグネシウム、日局乳糖水和物
性状 剤形 顆粒剤
    色  淡灰かっ色
    におい 特異なにおい
    味  わずかな甘味と渋味
    識別コード ツムラ/54

効能又は効果 虚弱な体質で神経がたかぶるものの次の諸症:神経症、不眠症、小児夜なき、小児疳症
(参考)使用目標=証 監修:大塚恭男(日本東洋医学会名誉会員)  体力中等度の人で、神経過敏で興奮しやすく、怒りやすい、イライラする、眠れないなどの精神神経症状を訴える場合に用いる。
1)おちつきがない、ひきつけ、夜泣きなどのある小児。
2)眼瞼痙攣や手足のふるえなどを伴う場合。
3)腹直筋の緊張している場合。

用法及び用量 通常、成人1日7.5gを2〜3回に分割し、食前又は食間に経口投与する。なお、年齢、体重、症状により適宜増減する。
使用上の注意  1.慎重投与(次の患者には慎重に投与すること)
          (1)著しく胃腸の虚弱な患者[食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等があらわれることがある。]
          (2)食欲不振、悪心、嘔吐のある患者[これらの症状が悪化するおそれがある。]
          2.重要な基本的注意
          (1)本剤の使用にあたっては、患者の証(体質・症状)を考慮して投与すること。なお、経過を十分に観察し、症状・所見の改善が認められない場合には、継続投与を避けること。
          (2)本剤にはカンゾウが含まれているので、血清カリウム値や血圧値等に十分留意し、異常が認められた場合には投与を中止すること。
          (3)他の漢方製剤等を併用する場合は、含有生薬の重複に注意すること。
          3.相互作用
           併用注意(併用に特に注意すること)
          薬剤名称等 (1)カンゾウ含有製剤
                  (2)グリチルリチン酸及びその塩類を含有する製剤
          臨床症状・措置方法 偽アルドステロン症があらわれやすくなる。また、低カリウム血症の結果として、ミオパシーがあらわれやすくなる。(「重大な副作用」の項参照)
          機序・危険因子  グリチルリチン酸は尿細管でのカリウム排泄促進作用があるため、血清カリウム値の低下が促進されることが考えられる。
          4. 副作用 本剤は使用成績調査などの副作用発現頻度が明確となる調査を実施していないため、発現頻度は不明である。
          (1)重大な副作用 
           1)間質性肺炎:発熱、咳嗽、呼吸困難、肺音の異常等があらわれた場合には、本剤の投与を中止し、速やかに胸部X線、胸部CT等の検査を実施するとともに副腎皮質ホルモン剤の投与等の適切な処置を行うこと。
           2)偽アルドステロン症:低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等)を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し             、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
           3)ミオパシー:低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
           4)肝機能障害、黄疸:AST(GOT),ALT(GPT),AI-P,γ-GTP等の著しい上昇を伴う肝機能障害、黄疸があらわれることがあるので、観察を十分に行い、、異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。
          (2)その他の副作用
             頻度不明
          過敏症 注1) 発疹、発赤、掻痒等
          消化器     食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等
           注1)このような症状があらわれた場合には投与を中止すること。
          5.高齢者への投与
           一般に高齢者では生理機能が低下しているので減量するなど注意すること
          6.妊婦、産婦、授乳婦等への投与
           妊娠中の投与に関する安全性は確立していないので、妊婦または妊娠している可能性のある婦人には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。
          7.小児等への投与
           小児等に対する安全性は確立していない。[使用経験が少ない]
薬効薬理    1.抗不安様作用(マウス)
          2.攻撃性抑制作用(ラット、マウス)
          3.作用機序
           (1)グルタミン酸放出抑制作用(ラット)
           (2)グルタミン酸取込是正作用(in vitro)
           (3)セロトニン2Aダウンレギュレーション作用(マウス)
           (4)セロトニン1A受容体アゴニスト作用による攻撃性抑制(ラット)
取り扱い上の注意 貯法:遮光・気密容器
            使用期限:容器、外箱に表示
包装 ●ボトル品 500g、5kg(500g×10)
    ●分包品  2.5g×42包、2.5g×189包
承認番号(61AM)1133
承認年月 1986年3月
薬価基準収載年月 1986年10月
発売年月 1986年10月
製造販売会社 株式会社ツムラ

2010年7月改定の添付文書より作成


  










































































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