抗がん漢方薬


第7章
漢方薬はがん治療にこのように活用する

 がんの診断や治療においては西洋医学を優先すべきです。手術などで確実にがんを除去できるときには漢方治療や代替療法にこだわるのはまちがいです。漢方治療はどのような時に役立つかを正しく理解しておくことがたいせつです。

《どのようなときに漢方薬を用いるか》
 がんといってもさまざまな状態がありますから一概にはいえませんが、初期のがんの場合には手術での摘出など西洋医学を優先すべきです。術後の体力回復や再発予防の目的には漢方治療が役立ちます。1つのがんが発生したときには、体はほかのがんも発生しやすい状態にあるといえます。このようながん体質を改善する目的にも漢方治療は役立ちます。
 手術による摘出が困難で、化学療法や放射線療法しかできない場合には、副作用の防止や体力回復の目的で漢方治療を積極的に併用するほうがよい効果が得られます。がん治療に耐えられる体をつくることは治療の効果を高めることになります。抗がん剤の効果が低いがんの場合には、抗がん生薬を併用した漢方治療を試してみることも1つの選択肢となります。
 末期がんの場合には、漢方治療を主体とした治療のほうが、生存期間を高めたり、生活の質(QOL)を改善することができます。がん細胞の増殖を抑え、免疫力を十分活性化できればがんとの共存も可能ですし、がんの縮小も期待できます。(表8)。
 がんを攻撃する方法しか知らない医者は、たとえ末期に近い場合でも化学療法を使って治療しようとします。高齢者の早期がんでも手術を行おうとします。悪いものは取り除かなければ治療にならないという考えに支配されていると、体力を低下させて死を早める可能性を無視しがちです。漢方の考え方と治療法を知っていれば、もっとよい治療ができるはずです。

表8 どのようなときに漢方薬を使用したらよいか

1がん細胞への攻撃がもはや必要ないとき 
    再発予防、がん体質の改善

2侵襲的治療を行っているとき
    副作用の予防、体力回復、効果増強

3がん細胞の攻撃を主眼とした西洋医学ではもはや望みがないとき
    体の治癒力や免疫力を主体とした漢方治療への期待⇒がんとの共存 がんの退縮 QOLの改善



《がんの漢方治療の目的とは》
(1)がん治療に耐える体の土台をつくる
 外科手術や化学療法、放射線療法などは適応がある場合は積極的に行うべきです。これらの攻撃的な治療によって生じる体力や抵抗力の減弱を防止し、合併症の発症を回避し、体力回復をはかる目的に漢方治療は有用といえます。免疫力低下の防止や回復促進に有効な補剤は、外科手術などの攻撃的な治療の結果引き起こされる種々の副作用を防止あるいは軽減することができます。感染に対する抵抗力を高めて日和見感染(免疫力や抵抗力が低下したときに細菌やウイルスに感染すること)を予防することもできます。栄養状態や免疫力が高いと抗がん剤はよく利き目をあらわします。体全体の治癒力を高めることはがん治療に耐える体をつくり、治療効果を高めることになります。

(2)生体機能調節によりQOLを高める
 体の異常を是正することにより、全身状態の改善やQOL(生活の質、生命の質)を高めることができます。痛みや食欲不振や倦怠感などさまざまな症状の改善に有用です。

(3)がんの化学療法や放射線療法の増感作用
 直接局所のがん巣を完全に取り除くためには漢方薬は理想的な薬とはいえず、西洋医学の治療手段には及びません。漢方薬は放射線・化学療法あるいは手術による生体機能の障害を防止・矯正することにより、これらの治療効果を高めることができます。駆お血剤は血行改善による治療効果の増強が期待できます。ある種の生薬には、がん細胞の悪性度や増殖速度を抑えたり、アポトーシス(細胞死)を起こさせる作用なども認められています。

(4)がんにならない体質への改善
 たとえ1つのがんを克服しても、またすぐ別のがんが発生するようでは元も子もありません。体ががんになりやすい状態では再発や転移も起こりやすくなっています。免疫力や生体防御力の低下や、炎症やフリーラジカルの発生は、がんの発生や再発のリスクを高めます。つまり、がんになりやすい体質傾向を引き起こします。
 補剤による免疫増強作用や、清熱剤・駆お血剤による抗炎症作用、組織の血行を改善する作用、フリーラジカルを消去する活性などは、がんの発生予防や再発予防の目的に効果が期待できます。



【メモ】 抗がん剤と漢方薬併用のメリット
 がん患者の死亡原因のうち、がんそのものの要因ではなく抗がん剤や手術などの治療の副作用が関連しているものがかなりを占めています。放射線・化学療法はがん細胞を抑制・殺傷しますが、同時に正常な細胞までをも傷害します。がんに対する放射線・化学療法による副作用はやっかいな問題であり、治療効果にも大きく影響しています。
 抗がん剤の多くは骨髄に影響を与え、病原菌と戦う白血球などの細胞をつくる働きを低下させるため、感染症にかかりやすくなります。そのため化学療法を受けている間は繰り返し何度も白血球の数が測定され、数が少なくなりすぎた場合には、次の治療が延期されるか、薬剤の投与量が減らされます。そのほかにも消化管の粘膜を障害して下痢を起こしたり、食欲を低下させます。肝臓や腎臓の機能を障害することもあります。そのような副作用を治療する薬も開発されて臨床で使われていますが体力や抵抗力の低下を防止するという点ではまだ十分ではありません。
 近年、多くの報告により、漢方薬、特に補剤と抗がん剤を併用すると、抗がん剤の副作用を軽減し、患者の免疫力を低下させることなく、所定の濃度と期間の抗がん剤を投与できることがあきらかとなってきています。中国および日本における多くの臨床的研究において、化学療法や放射線療法のみの場合にくらべて、同時に漢方薬治療を併用した場合には、治療の有効率が高くなること、副作用もより軽度になり、QOLがすぐれていることが報告されています。



これから先は、具体的な症例を提示しながら、漢方薬をどのように活用するかを解説していきます。
これから説明する各論の全体を把握するため、がん治療に有用な常用生薬と漢方方剤としてどのようなものがあるか列記しておきます。くわしい内容はあとの章で順次説明していきます。(巻末付録も参照)。


がん治療に有用な生薬
(1)補益薬(体力や抵抗力を増す生薬)
@補気・健脾薬(消化吸収を高めて元気をつける生薬)
  人参、黄耆、白朮、蒼朮、山薬、甘草、大棗、膠飴、粳米、茯苓

A補陽薬(体をあたためて新陳代謝を高める生薬)
  附子、桂皮、乾姜、杜仲、蛇床子、淫羊かく、丁子、山椒

B補血薬(貧血や栄養不良を改善して抵抗力を高める生薬
  当帰、芍薬、熟地黄、何首烏、阿膠、枸杞子、竜眼肉、遠志、酸棗仁、小麦、鶏血藤

C滋陰・生津薬(体液を生成し体のうるおいを増す生薬)
  麦門冬、天門冬、か楼根、山茱萸、五味子、地黄、玄参、百合、胡麻、阿膠

(2)理血薬(血液をよい状態にする生薬)
@止血薬(出血を止める生薬)
  艾葉、阿膠

A活血化お薬(駆お血薬)(組織の血液循環をよくする生薬)
  当帰、川きゅう、延胡索、欝金、が朮、益母草、紅花、牛膝、蘇木、桃仁、牡丹皮、赤芍、大黄、山ざ子、山稜、丹参、地竜

(3)理気薬(気のめぐりをよくして気分や体調をととのえる生薬)
   陳皮、青皮、き実、き穀・香附子、木香、蘇葉、薄荷、烏薬、柿てい、半夏、厚朴、縮砂、大腹皮、びん榔子、柴胡、しつり子、か楼仁、   欝金、延胡索、川きゅう、山ざ子、が朮、三稜

(4)清熱薬(炎症を抑え、解熱させる生薬)
@清熱瀉火薬(熱をとる生薬)
  石膏、知母、山し子、夏枯草、決明子、大黄、木通、柴胡

A清熱解毒薬(炎症を抑え、抗菌作用がある生薬)
  金銀花、連翹、忍冬、菊花、牛蒡子、升麻、山豆根、よくい仁、冬瓜子

B清熱涼血薬(体液を補いながら熱をとる生薬)
  地黄、玄参、牡丹皮、赤芍、紫根、地骨皮、丹参

C清熱燥湿薬(さん出液を伴う炎症を抑える生薬)
  黄連、黄ごん、黄柏、竜胆、苦参、いんちんこう、沢瀉

(5)利水薬(体の水分の分布と代謝をよくする生薬)
   茯苓、猪苓、沢瀉、防巳、麻黄、蒼朮、白朮、車前子、よくい仁、木通、黄耆、大腹皮、呉茱萸、益母草、牛膝、桑白皮、びん榔子

(6)その他(抗がん生薬など)
   白花蛇舌草、半枝蓮、蒲公英、牛蒡子、虎杖根、山豆根、拳参、鶏血藤、冬虫夏草、五味子、霊芝など



がん治療に頻用される漢方エキス剤

ここでは、がんの状態および治療に伴う合併症などに対して、一般的に使用される漢方エキス製剤をまとめています。個々の病気の状態に合わせて、もっと多くの漢方薬が使用されます。煎じ薬で処方するときには、前述の種々の生薬を加えることによって、多様な状況に対応でき、さらに効果を高めることができます。詳細はそれぞれの章で解説しています。

(1)体力低下やがん悪液質(毒素がたまって全身衰弱した状態)の改善
   補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯

(2)手術後の体力回復促進
   補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯

(3)抗がん剤や放射線療法に伴う副作用の防止および回復促進
   下痢 : 五苓散、半夏瀉心湯、真武湯、人参湯
   悪心・嘔吐 : 小半夏加茯苓湯
   放射線障害 : 柴苓湯
   造血機能障害 : 十全大補湯、人参養栄湯、加味帰脾湯

(4)術後合併症の改善
   術後イレウス(腸閉塞) : 大建中湯
   食欲不振 : 四君子湯、六君子湯、補中益気湯
   消化管運動障害 : 半夏瀉心湯、六君子湯、平胃散、小建中湯
   便通異常(下痢) : 半夏瀉心湯、啓脾湯、六君子湯、真武湯、人参湯
   術後不定愁訴 : 補中益気湯、半夏厚朴湯、加味しょう遥散、加味帰脾湯
   咳嗽・痰喀出障害 : 麦門冬湯、清肺湯、二陳湯
   感染性発熱 : 小柴胡湯、黄連解毒湯、滋陰降火湯

(5)発がん高リスク患者(慢性炎症など)の発がん予防
   ウイルス性肝炎 : 小柴胡湯、柴胡桂枝湯、補中益気湯、(+駆お血薬)

(6)がん治療後の再発予防
   補剤(十全大補湯、補中益気湯、人参養栄湯)
   (そのほかに駆お血剤、理気剤、抗がん生薬などの併用)

(7)精神的失調(がんノイローゼ、抑うつなど)
   加味しょう遥散、加味帰脾湯、半夏厚朴湯

(8)難治性がんの治療
   抗がん生薬、補剤、駆お血剤などの組み合わせによる抗がん漢方薬(煎じ薬として)


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