漢方Q&A

期待される漢方治療
花粉症に小青竜湯
虚弱児に補中益気湯
更年期障害に加味逍遙散
足がつったら芍薬甘草湯
過敏性下痢に桂枝加芍薬湯
アトピーに黄連解毒湯
低血圧に人参湯と真武湯
ぜんそく発作に柴朴湯
性機能低下に八味地黄丸
習慣性便秘に麻子仁丸
変形性膝関節症に防巳黄耆湯
過呼吸症候群に半夏厚朴湯
高齢者の不眠に酸棗仁湯
肩凝りに大柴胡湯
慢性疲労症に人参養栄湯
頭痛に呉茱萸湯
めまいに苓桂朮甘湯
糖尿病に牛車腎気丸
尋常性乾癬に温清飲
腹痛と冷えに当帰四逆加吾茱萸生姜湯
激しいだるさに六君子湯
胸腹部痛に柴故桂枝湯
開腹後のトラブルに大建中湯
長引くセキとタンに柴陥湯
イボに半夏瀉心湯
関節痛に桂枝茯苓丸
風邪の症状に香蘇散
びくつきに柴胡桂枝乾姜湯
夜尿症に葛根湯




期待される漢方治療    慢性疾患に優れた効果

 漢方の歴史は三千年とも四千年ともいわれ、日本に伝わってからでも千年以上になります。そして今、漢方治療は国民の間に広く浸透し、日本の医療にとってなくてはならない役割を果たしています。
 その背景には、漢方薬の品質が向上して、医師や患者からの信頼性が高まってきたこと、厚生省が進める医薬品の再評価試験で、いくつかの漢方薬処方の効能、効果が確認されたことなどが挙げられます。
 多くの医師が、日常診療の中で、漢方薬を処方するようになりました。現代西洋医薬と漢方薬の双方の良いところを活用することによって、より効果的な医療を実現できるからにほかなりません。
 このように漢方薬に対する期待が高まったもう一つの背景として、疾患構造の変化が挙げられます。戦後、抗生物質など化学療法薬の開発によって、結核などの感染症が激減し、乳幼児の死亡率も大幅に低下しました。そして平均寿命が大幅に伸びました。
 特に、わが国は世界一の長寿国となり、高齢者人口も増え続けています。それとともに高血圧や心臓病、糖尿病、肝臓病などの生活習慣病(成人病)といわれる慢性疾患が増え、さらに生活習慣の近代化、モータリゼーションなどの普及で、ストレス病やアレルギー疾患に悩まされる人が増えています。
 こうした慢性疾患、ストレス病、アレルギー疾患に対して、現代西洋医薬が効果を挙げる場合もありますが、これらの疾患に対して漢方治療は得意とするところで、優れた効果を発揮することが少なくありません。
 現代西洋薬は、もともとは天然物(生薬)から出発したものですが、その有効成分だけを抽出(現在は化学合成している)して作られたものです。それだけに病気そのものを攻撃して治す“切れ味の鋭い”作用を示す反面、効き目が強く出てしまったり、好ましくない作用が出てしまうことがあります。
 それに比べて、漢方薬は生薬が主体で、成分も単一ではない複合剤です。そのため、病気に対する“効き目はゆっくり”ですが、一つの漢方薬でさまざまな症状に対して効果を発揮する、まさに病人に優しい薬といえます。
 漢方治療は病気を直接“攻撃”して治すというより、病人の全身状態を改善することによって、病気を治そうとするものです。この点が西洋医学的治療法と大きく違っているところといえます。
 しかし、漢方薬といえども副作用がないわけではありません。中にはまれに間質性肺炎を起こすものもありますので、医師、薬剤師の指示を守って正しく服用することが大切です。西洋薬、漢方薬のいずれを問わず、服用指導を通して、患者自身も積極的に医療に参加していくことが求められる時代になってきたと言えるでしょう。



花粉症に小青竜湯
 鼻水が出て花粉症で苦しんでいるA子さんの例
 A子さんは、色白で、もち肌の17歳の高校生です。「花粉症で鼻づまりがひどく、鼻水やくしゃみが出て夜も眠れない、朝は何となく顔がむくんでいる」と言います。舌を見ると、全体に腫れたような感じで、歯の痕が付いていました。

 このように、むくみやすいのは水毒体質の現れです。そこで気道や上半身の水毒傾向の人に用いる、小青竜湯を飲んでもらいました。すると、間もなく症状が軽くなって、鼻づまりも取れました。
 A子さんは、今まで抗アレルギー剤や抗ヒスタミン剤を飲んでいました。しかし、鼻水は止っても鼻づまりはよくならず、しかも口が乾き、眠くもなり不愉快でした。それが「漢方薬で体が普通の状態に戻ったようだ」と言います。
 小青竜湯は、厚生省の医薬品の再評価試験を通過して、科学的に有効性が確認されている漢方薬です。この薬は水毒体質の人を目標に用いますが、気管支喘息の治療などにも使います。しかし、体質を考えずに胃腸の弱い人に使うと、胃腸障害を起こしやすい薬ですから、その点、注意しなければなりません。
 このように、漢方薬には独特の考え方があり、西洋医学にはないものがたくさんあります。例えばこの「水毒」という考え方もその一つで、体の中の水分代謝の異常という意味です。花粉症のように、鼻水が出て止らないこともその一例と言えましょう。
 なお、漢方薬というとドクダミ、ゲンノショウコなど、民間薬をあげる人がいますが、これは誤り。漢方薬は複数の植物、ときには鉱物などを組み合わせて作られ、その組み合わせは勝手に変えられません。しかも漢方薬は漢方医学独特の考え方を尊重して使う必要があります。

小青竜湯
■効能・効果
気管支炎、気管支ぜんそく、鼻水、うすい水様のたんを伴うせき、鼻炎
■組成(含まれる生薬)
ハンゲ、カンゾウ、ケイヒ、ゴミシ、サイシン、シャクヤク、マオウ、カンキョウ



虚弱児に補中益気湯
 虚弱体質で風邪を引きやすい幼稚園児B子ちゃんの例
 B子ちゃんは、色白でおとなしい子です。お母さんの話では「風邪を引きやすく一度引くとなかなか治らない。幼稚園を休みがち」と言います。運動が不得意で、少し動くと「疲れた」と休んでしまうし、食も細く腹痛、下痢を起こしやすいということでした。
 身長、体重は普通。みぞおちの辺りを指先でたたくと水の音がしました。これは胃下垂で胃に胃液がたまっている状態で、虚弱体質の典型的な特徴です。
 そこで、虚弱で疲れやすい人の体質改善に用いる、補中益気湯を飲んでもらいました。すると「食欲が出て三ヶ月ほどで元気になり、風邪も引かず、疲れたと言わなくなった」と、お母さんが喜んでくれました。その後、約一年間飲み続けたところ、幼稚園も休まなくなり活発な子になりました。
 虚弱な人の体力を補う薬を漢方では補剤と呼びますが、補中益気湯は、その代表です。ただし、単純な疲労回復剤ではなく、体質を無視して飲むと、のぼせたり、血圧が上がったりするので、その点注意しなければなりません。
 虚弱な子供は疲れやすいばかりか、すぐに風邪を引きやすく一度引くと、ひどく悪化したり長引いたりしやすいので、家族は大変苦労します。
 漢方ではこうした虚弱体質を虚証と呼びます。虚証の人は筋肉が軟弱で、胃腸も弱く、胃下垂の人が多くいます。こうした人には漢方治療が向いているといわれます。
 漢方薬は現在、慢性肝炎、慢性腎炎、気管支炎、アトピー性皮膚炎など、慢性で治りにくい病気や西洋医薬が効かない人に用いられています。しかし、案外知られていないのが、虚弱児の体質改善に漢方薬が役立つことです。

補中益気湯
■効能・効果
消化機能が衰え、四肢けん怠感著しい虚弱体質者の次の諸症:夏やせ、病後の体力増強、結核症、食欲不振、胃下垂、感冒、痔(じ)、多汗症
■組織(含まれる生薬)
オウギ、ソウジュツ、ニンジン、トウキ、サイコ、タイソウ、チンピ、カンゾウ、ショウマ、ショウキョウ



更年期障害に加味逍遙散

 更年期障害で心身ともに不調だったC子さんの例
 C子さんは、48歳の主婦です。一年ほど前から月経不順になり、更年期に入ったと思っていたら、だんだん心身ともに不調になってしまいました。「疲れやすい、気力がない、けん怠感、夜中にカーッと体が熱くなる、時々ワッと汗が出る、食欲がない、熟睡できない」などの症状を訴えていました。

 自分の健康に自信がないというだけてなく、やせ気味で顔色も悪く、声や表情にも元気がありませんでした。
 そこで、更年期障害に最もよく用いる、加味逍遙散を飲んでもらいました。1ヵ月後には「熱感や発汗がなくなり、熟睡もできるし、体調にも自身が出てきた」と笑顔で感謝してくれました。
 加味逍遙散は、明の時代の名医が作った漢方薬で現在、最も使用頻度の高いものの一つです。ただし、虚弱者は胃腸障害を起こすことがあり得るので、この点の注意が必要です。
 最近、西洋医学で更年期障害に用いる女性ホルモンには、発がん性や肝障害などの問題ありと指摘されていますが、これに比べて漢方薬は安全な治療手段です。とはいうものの、重症の人では西洋医学的治療がよい場合もあり、専門医の判断が必要です。
 唐代の医書「千金要方」に「婦人の病は、これを男子に比すれば十倍療し難し」とあり、女性の治療は男性よりも難しいと言っています。その理由は、女性には月経、妊娠、出産、更年期があるからです。
 女性特有の病気とされるものに「血の道」があります。これは女性の生理時や流産後、あるいは更年期になると起こる自律神経失調症状、および精神不穏のことです。現代医学でいう、更年期障害、産褥神経症などです。
 この「血の道」の一種である更年期障害には漢方治療が向いています。

加味逍遙散
■効能・効果
体質虚弱な婦人で肩が凝り、疲れやすく、精神不安などの精神神経症状、ときに便秘の傾向のある次の諸症:冷え症、虚弱体質、月経不順、月経困難、更年期障害、血の道症
■組成(含まれる生薬)
サイコ、シャクヤク、ソウジュツ、トウキ、ブクリョウ、サンシン、ボタンピ、カンゾウ、ショウキョウ、ハッカ



足がつったら芍薬甘草湯

 夜中に、たびたび足がつるというDさんの例
 Dさんは、63歳で会社役員をしています。数年前から、ゴルフ場に行った日の夜中などに突然足がつって痛み、その激痛で目が覚めるようになりました。その後、次第に足のつることが多くなり、「最近は毎晩にように起きて、困っている」ということでした。

 芍薬甘草湯を寝る前に1回だけ飲んでもらうことにしました。すると、「飲んだその晩から、足がつらくなくなった。まるでうそのようです」ということでした。
 芍薬甘草湯は、元来は足の「こむら返り」に用いられた薬ですが、今日では、体のどの部分であれ、筋肉の急激なけいれんを鎮める目的で使用されています。大変に即効性があり、飲むと十数分で筋肉のけいれんがなくなります。
 他の漢方薬のように、体質や漢方的考え方にとらわれることなく、単純に筋肉が「つる」という症状だけを取り除くために用いられ、一時的に症状を鎮めるだけが目的の薬です。しばらく続けてみた後、やめてみて症状が再び現れるようであれば、原因を調べたり他の治療法を考える必要があります。
 なお、芍薬甘草湯に入っている甘草には高血圧、むくみ、低カリウム血症などの副作用のあることが知られています。また最近、まれに筋肉組織を傷害することがある、なども報告されました。この点にも注意する必要があります。
 一方、芍薬甘草湯には、性ホルモンに似た効果のあることも近年明らかになってきました。不妊症などに応用されているようです。
 運動の後や、ゴルフ場から帰る途中の長い渋滞の中で、足がつって困った経験はないでしょうか。このようなときに使う漢方薬が芍薬甘草湯です。

■効能・効果
急激に起こる筋肉のけいれんを伴う疼痛
■組成(含まれる生薬)
カンゾウ、シャクヤク



過敏性下痢に桂枝加芍薬湯

 多忙になると腹痛、下痢をしやすくなるというEさんの例
 Eさんは30歳のサラリーマン。スマートな人で真面目、神経質そうな印象でした。数年来、多忙な時期になると便秘と下痢が交互に起こり、大便が出た後もすっきりしないということです。「最近は毎日のようにおなかが痛み、軟便、下痢で苦しみ、冷たい物をのむと悪化する」と大変困っている様子でした。

 桂枝加芍薬湯を処方して飲んでもらいました。一週間後には「おなかの痛みや下痢、残便感がすっかりなくなりました」と驚いていました。
 桂枝加芍薬湯は、過敏性腸症候群に即効性があり、しかも西洋医学の鎮痙剤のような、口渇、便秘などの副作用のない、飲みやすい漢方薬です。
 ストレスによって起きる体の不調は心身症と呼ばれますが、特に胃腸は心理的原因の影響を受けやすいことが古くから知られています。
 「断腸の思い」という言葉があります。はらわたのちぎれるほどの悲しみを、表現したものです。そのルーツは意外に古く、大漢和辞典に「普の桓温が山峡を過ぎたとき、その従者が猿の子を捕まえた。母猿がこれを気遣って哀号し、追行すること百余里、遂に悶死してしまった。その親猿の腹を割いてみると、腸がずたずたに断ち切れていた」という話が載っています。
 兼好法師の徒然草にも「もの言わぬは腹ふくるるわざ」とありますが、これは心理的原因で腹が張ることでしょう。また、関が原の戦いのときに、東軍の将、石田光成が、下痢に苦しんだという逸説は有名で、時代小説にしばしば登場します。
 漢方医学の中でも江戸中期の医師、香川修庵が、心理的原因により腹痛、下痢、便秘が起こると述べています。
 このように心理的ストレスにより便通異常が起こる過敏性腸症候群は、新入社員などによく見られますが、漢方治療の有用な病気の一つです。

桂枝加芍薬湯
■効能・効果
腹部膨満感のある次の諸症:しぶり腹、腹痛
■組成(含まれる生薬)
シャクヤク、ケイヒ、タイソウ、カンゾウ、ショウキョウ



アトピーに黄連解毒湯

 アトピー性皮膚炎に悩む18歳の高校生F子さんの例
 F子さんは、小さいころからひじやひざの内側に少し湿疹がありました。受験勉強のストレスのためか、一年ほど前から悪化、いまは顔、首の周りなどが真っ赤です。「こんな顔では外出できない」と深刻な表情で診察に見えました。

 「強いステロイド剤(副腎皮質ホルモン)を一年ほど続けているが副作用が心配。漢方薬で軽くできないでしょうか」と悩んでいました。
 そこで、黄連解毒湯を飲んでもらいました。2週間後かゆみが減って顔の熱い感じもとれてきたので、さらに続けました。その結果、だんだん赤みが引き、数か月後には弱いステロイドで済むようになりました。さらに数年後には、目の回りにうっすら赤みがある程度にまで回復、ステロイドもほとんど使わなくなりました。
 アトピー性皮膚炎、ぜんそく、花粉症などアレルギー性の病気になりやすい体質がアトピー体質です。古代ローマ皇帝アウグスツヌスはアトピー性皮膚炎だったそうですが、日本の古医書にも、頭瘡、頭部湿疹、胎毒、乳幼児の顔面、頭部湿疹などの言葉が残っています。
 アトピー性皮膚炎は近年非常に増えた病気です。漢方でもこの病気の治療は難しく、試行錯誤を重ねています。しかし、うまく効いたときは西洋医薬とはひと味違った効果があります。
 黄連解毒湯は皮膚の熱や炎症を鎮める漢方薬で、胃腸の丈夫な人向きのものです。ただし、これだけでアトピー性皮膚炎がよくなる人は実際は少なく、ステロイドなどの併用も必要です。スキンケアも不可欠です。
 場合によっては、漢方薬で悪化することもありますから、専門医への相談をお勧めします。

黄連解毒湯
■効能・効果
比較的体力があり、のぼせ気味で、イライラする傾向のあるものの次の諸症:かっ血、吐血、下血、脳卒中、高血圧、心悸亢進(しんきこうしん)、ノイローゼ、皮膚のかゆみ、胃炎
■組成(含まれる生薬)
オウゴン、オウレン、サンシシ、オウバク



低血圧に人参湯と真武湯

 胃下垂で胃腸の弱い40歳の主婦G子さんの例
 G子さんは、血色が悪く弱々しい感じで「10年以上前から血圧が低くて疲れ、めまいがする」と言います。ひどい胃下垂で下痢をしやすく、手足は氷のように冷たい、胃の中に胃液がたまり水音がします。明らかに胃下垂の症状でした。

 人参湯と真武湯を併用して飲んでもらいました。二週間後には「食欲が出て下痢もなくなし、体調も回復、体重が三キロ増えた」と喜んでくれました。
 低血圧症では、めまいや立ちくらみ、低体温などの症状があります。やせ型、胃下垂気味ですが、これは陰でかつ虚、すなわち陰虚証です。この陰虚証という概念は西洋医学にはありません。
 漢方では体質を陰陽、虚実にわけます。陰は新陳代謝低下で、顔面蒼白、寒がり、体温低めの人。陽は新陳代謝亢進で、血色よく暑がり、体温高めの人です。虚実は体力の有無を表し、胃腸虚弱で胃下垂の人は虚、胃腸丈夫で胃下垂のない人は実です。この分類は漢方薬を選ぶ重要な手掛かりになります。
 陰には、トリカブトの根、附子を用います。附子は大量では有害ですが、少量なら新陳代謝を盛んにして体を温めます。附子を含む漢方薬の代表は真武湯です。一方、虚つまり胃腸虚弱の人には、薬用ニンジンに入った、人参湯などを用います。
 附子中毒は、軽いうちは、のぼせ、吐き気、動悸、冷や汗、手足のしびれなど。大量では不整脈、ショックを起こし死に至ります。通常量では比較的安全ですが陽証の人や小児では、副作用が出やすく注意が必要です。
 この附子中毒は陰より陽の人に起きやすいとされます。逆に言えば、附子への感受性の違いが陰陽の違いともいえます。

真武湯
■効能・効果
新陳代謝の低下しているものの次の諸症:胃腸疾患、胃腸虚弱症、慢性腸炎、消化不良、胃アトニー症、胃下垂症、ネフローゼ、腹膜炎、脳いっ血、脊髄疾患による運動ならびに知覚マヒ、神経衰弱、高血圧症、心臓弁膜症、心不全で心悸亢進(しんきこうしん)、半身不随、リウマチ、老人性のかゆみ
■組成(含まれる生薬)
ブクリョウ、ショウキョウ、シャクヤク、ソウジュツ、ブシ末



ぜんそく発作に柴朴湯

 気管支ぜんそくに苦しんでいたHさんの例
 Hさんは58歳、小太りの主婦です。10年以上前からぜんそくで、この数年、さらに悪化してきました。「ステロイドの点滴や吸入でも完全に収まらず、ゼーゼーして息苦しい、時々たんが絡んでせき込む」と言います。

 柴朴湯と麻杏甘石湯を併用して飲んでもらいました。服用後二週間ほどで「発作が軽くなり、せき込みもなく、息切れもなくなりました」と笑顔を見せてくれました。
 そこで、麻杏甘石湯を中止、その後は柴朴湯だけで一年半ほどになりますが、発作もなくなりました。「去年の今ごろを思うと、本当に天国です」と言っていました。
 この麻杏甘石湯に含まれる、生薬麻黄には気管支拡張作用を持つエフェドリンが含まれています。
 また、柴朴湯は直接ステロイド剤(副じん皮質ホルモン)に代わるものではありませんが、その使用量を減らしていく作用があります。
 漢方薬に期待されているのは体質改善効果です。副作用の起こりやすいステロイド剤などを使わないで、済ませることができることでしょう。
 最近では、アレルギーを研究する専門医の学会でも、ぜんそくなどのアレルギー疾患治療に漢方薬を取り入れています。漢方薬に対する認識が広く普及し、現代日本の医療に不可欠であることの証明といえる事例です。
 ただし、最近になって柴朴湯にも、ごくまれに副作用のあることが分かりました。これは間質性肺炎というもので、タンが出ないためにセキが続き、息切れや呼吸困難、発熱などが起こってきます。したがって、柴朴湯は専門医の指導を受けながら使う必要があります。

柴朴湯
■効能・効果
気分がふさいで、咽喉(いんこう)、食道部に異物感があり、時に動悸、めまい、吐き気などを伴う次の諸症:小児ぜんそく、気管支ぜんそく、気管支炎、せき、不安神経症
■組成(含まれる生薬)
サイコ、ハンゲ、ブクリョウ、オウゴン、コウボク、タイソウ、ニンジン、カンゾウ、ソヨウ、ショウキョウ



性機能低下に八味地黄丸

 性機能低下に悩み漢方治療に訪れた初老の男性I氏の例
 I氏は57歳、私立大学の職員です。奥さん同伴で診察室を訪れ、奥さんに促されながら「この一、二年、男としての力がすっかり低下しているのですが」と相談にみえました。奥さんの様子からも非常に仲のよいご夫婦という印象でした。

 八味地黄丸を飲んでもらったところ、数ヵ月後には「満足できる」と言ってくれました。現在も「薬を飲みたい」と来院されることがあります。
 実際の医療の場では、八味地黄丸は腰痛症、前立腺肥大症、尿失禁、高血圧症など、高齢者の病気に広く用いられます。一つの薬で多面的な効果が期待できる、医療経済学的効果の大きい漢方薬です。
 漢方で「腎虚」とは「房事過度のために起こる衰弱症」(広辞苑)とされますが、れっきとした漢方用語です。中国の古書-「黄帝内経素問」では、人体の成長老化を「腎」の働きの消長と関連づけて説明しています。
 腎の中に貯蔵されている精気(一種の生命エネルギー)すなわち腎気が満ちてくると性機能が成熟。反対に腎気が衰えてくると顔のしわ、脱毛、閉経、男性機能低下などの老化が起こるとしています。腎虚とは性機能低下に象徴される老化現象を指しているようです。
 腎虚の薬が八味地黄丸、別名「腎気丸」です。井原西鶴の「好色一代男」で、主人公・世之介が女護の島(女性だけの島)に向かって船出する際、牛蒡、薯藷、卵などと共に、地黄丸、すなわち八味地黄丸を積んでいる場面があります。当時から八味地黄丸は精力剤と理解されていたわけです。
 現在でも、老化によると思われる性機能低下に、八味地黄丸を用いることはよくあります。

八味地黄丸
■効能・効果
疲労、けん怠感著しく、尿利減少または頻数、口の乾き、手足に交互的に冷感と熱感のあるものの次の諸症:腎炎、糖尿病、性機能低下、坐骨神経痛、腰痛、かっけ、膀胱カタル、前立腺肥大、高血圧
■組成(含まれる生薬)
ジオウ、サンシュユ、サンヤク、タクシャ、ブクリョウ、ボタンピ、ケイヒ、ブシ末



習慣性便秘に麻子仁丸

 下剤を常用、慢性便秘に苦労していたJさんの例
 Jさんは、やや太った68歳の主婦。若いころから便秘症で下剤を常用してきました。ところが、「三年前から便秘が悪化、いろいろ下剤を変えてみたが、どうしても気持ちのよい便が出ない。おなかがシクシク痛むので、病院で検査してもらったが、大腸がんの疑いはありませんでした」ということです。

 麻子仁丸と飲んでもらいました。すると、おなかは痛まないし便もよく出る。1ヵ月後には腹痛もなくなり気持ちのよい便が出て、よく眠れる。「こんなによい気分になったのは数年ぶり」と喜んでくれました。
 麻子仁丸は、習慣性便秘に広く使用されている漢方薬です。今日、便秘に用いる漢方薬の多くは、生薬・大黄を含みますが、この大黄による排便は爽快感があります。
 江戸時代、蘭方の大家・大槻玄沢自身が、大黄を含む下剤を30余年も連用したという記録が残されています。
 大黄による効果は個人差があり大きく違います。これは大黄の成分のセンノサイドが、腸内細菌によってレイン・アンスロンに変わり、それから下剤として働くためです。腸内細菌叢は人によって異なりますから、センノサイドを分解する菌が少ないときには、下剤としての作用が弱くなるわけです。
 江戸時代は、感染性下痢の治療にも大黄を使いました。赤痢菌は大黄のセンノサイドを分解しないため、大黄の他の成分の働きが出てきます。
 近年の研究によると、大黄には抗菌作用を持つ成分や、強い抗炎症作用を持つリンドレイン、粘膜を保護して下痢を止めるタンニンなどが含まれているそうです。なお大黄には、この他にも鎮静作用などがあります。
 大黄を含む下剤の中で、今日、広く使用され喜ばれているのが、この麻子仁丸です。

麻子仁丸
■効能・効果
便秘
■組成(含まれる生薬)
ダイオウ、キジツ、キョウニン、コウボク、シャクヤク、マシニン



変形性膝関節症に防已黄耆湯

 変形性膝関節症で苦しむ主婦K子さんの例
 K子さんは54歳、色白で身長153センチ、体重60キロです。変形性膝関節症と診断されて西洋医学で消炎鎮痛剤を投与されましたが、胃が悪くなってしまいました。「いつまでもこのままでは困る」と考え、漢方治療を希望して診療所を訪れました。

 鎮痛剤のために食事もままらなず、4ヶ月の間に数回、ひざの水を抜く治療を受けたと言うことでした。「むくみやすい体質」だというので、防已黄耆湯を処方しました。
 服用後二週間目には「痛みが消失して普通の生活ができるようになりました」と喜んで話してくれました。一度だけ重い荷物を持って長時間歩いた後に、また痛みが出ましたが、今はひざに水がたまることもなくなって、普通の生活をしています。
 この防已黄耆湯には、鎮痛作用の強い生薬は入っていませんが、体内の水分代謝を調節することで、痛みがなくなる作用があります。そのため、服用後に体が軽く感じることも多いようです。
 ただし、この漢方薬で病気自体が治るというわけではありません。ひざの変形が強い場合には、外科的治療を必要としますが、比較的初期であれば漢方治療が有効なことが多いと言われます。
 このように、中年期以降の人で漢方治療が向いている病気に、変形性膝関節症があります。ひざの痛みがひどく、正座はもちろん、歩行も困難になり、ひざ関節に水がたまって、頻繁に水をぬいてもらわないと痛くてたまらないという病気です。
 この病気になる患者は、色白でやや肥満傾向の人が多いようです。漢方医学的には、このような人は体格がよく見えても胃腸虚弱であることが多く、作用の強力な薬を使っての治療ができにくいことがよくあります。

防已黄耆湯
■効能・効果
色白で筋肉柔らかく水太りの体質で、疲れやすく、汗が多く、小便少なく、下肢にむくみをきたし、ひざの関節が腫れて痛いものの次の諸症:腎炎、ネフローゼ、肥満症、関節炎、筋炎など
■組成(含まれる生薬)
オウギ、ボウイ、ソウジュツ、タイソウ、カンゾウ、ショウキョウ



過呼吸症候群に半夏厚朴湯

 息苦しい呼吸に苦しむ26歳のL子さんの例
 ある日の夜中、1時ころ、急に息苦しくハアハアと呼吸が荒くなり、止めようと思っても止められず、息苦しい呼吸が続きます。やがて手足がしびれて「このまま死んでしまうのではないか」という恐怖に、L子さんはとらわれたそうです。

 L子さんは発作当初、救急車で病院に運ばれましたが、着いたときは症状が治まっていました。薬を処方され、翌日検査を受けるようにと帰されました。
 翌日の検査では問題なく、苦しくなったら紙袋で息をして酸素を多く取り込みすぎないように指示され、精神安定剤を処方されました。しかし、その後も数回発作が起き、また、精神安定剤の副作用が心配になって、漢方治療を希望したようです。
 半夏厚朴湯を処方し、現代医学でもいわれるように、過呼吸で苦しくなったら紙袋を使うよう指導しました。
 服用後、次第に発作も起きなくなり、約1年間服薬を続け治療を終了しました。
 急に呼吸困難になる不安感から呼吸が早く深くなり、それでも空気が入ってこないように感じ、さらに速い呼吸を続けてしまうことを過呼吸症候群といいます。手足がしびれ、時には意識がなくなることもあります。比較的若い女性に多く、救急で病院を受診することも少なくないようです。検査を受けても呼吸困難となる所見は見られません。
 半夏厚朴湯は、呼吸や精神的なことを意味する「気」が鬱滞しているときに用いる処方です。漢方では「気鬱」と言いますが、息苦しく感じたり、憂うつな気分をもたらすことを指します。現代医学的には神経科や心療内科で治療しますが、このような症状のときには、半夏厚朴湯が有効となる場合が多いようです。

半夏厚朴湯
■効能・効果
気分がふさいで、のど、食道部に異物感があり、ときに動悸、めまい、吐き気などを伴う次の諸症:不安神経症、神経性胃炎、つわり、せき、しわがれ声、神経性食道狭窄症、不眠症
■組成(含まれる生薬)
ハンゲ、ブクリョウ、コウボク、ソヨウ、ショウキョウ



高齢者の不眠に酸棗仁湯

 寝付きが悪く不眠症に悩む71歳Mさんの例
 睡眠誘導剤を処方してもらい飲んでみたが、寝付きはよくなったものの熟睡感が得られず、嫌な夢を見ることが多くなった。「かえって気分の悪い日が続いてしまう」と、Mさんは薬の服用を中止しました。ところがその後、不眠が続くために漢方治療を希望され診療所を訪ねてきました。

 身長168センチ、体重60キロ。穏やかな印象です。若いころから寝付きが悪く、不眠がちで定年退職後は睡眠時間が短くなったということです。初めのうちは苦にしていなかったそうですが、翌日に頭重感が残り、気分も悪くなってきたと言うことでした。
 酸棗仁湯を投与し、経過をみることにしました。初めは眠れたという言葉は聞かれませんでしたが「体調はよい」と言われ、しばらく継続したところ、3カ月ほどたったころから「熟睡できるし、よく眠れる日が増えました」と言ってきました。経過は順調ですが、2年たった現在も継続治療中です。
 いわゆる不眠症の人はたくさんいます。特に高齢者では大きな悩みの一つになっています。原因がなく、眠れないことを苦にする神経質性不眠が多いようです。
 このような患者は、睡眠誘導剤で眠れるようになります。しかし、眠れることは眠れても翌日だるさなどが続くことがあります。寝覚めが悪いなどの訴えがある場合や、薬物に弱いという人の場合には、できるだけ漢方治療を試みた方がよいでしょう。
 酸棗仁湯は、虚労による不眠に用いる処方です。虚労とは「病気で心身が衰弱、疲労すること」(広辞苑)ということです。大病をしたり、高齢になって体力が落ちてきて、眠れないときに有効な処方です。長期に服用しても習慣性はありません。さらに深い睡眠をとれるようになります。

酸棗仁湯
■効能・効果
心身が疲れ弱って眠れないもの
■組成(含まれる生薬)
ブクリョウ、センキュウ、チモ、カンゾウ、サンソウニン



肩凝りに大柴胡湯

 肩凝りに悩む、45歳のサラリーマンN氏の例
 N氏は、首都圏に住むサラリーマン。身長172センチ、体重85キロのがっちりした肥満傾向の体格です。この数年、「肩凝りが強くなり、うなじを動かすと、ギシギシするようで頭が重い」というNさん。腹部はかたく筋肉質、みぞおち辺りの緊張が強く「便秘がち」とのことでした。

 大柴胡湯を処方し、飲んでもらうことにしました。服薬後、快便となり肩凝りが改善して「体から余計な力が抜けたように感じる。仕事のことでストレスが強く悩んでいたが、大した問題ではないと考える余裕ができた」と喜んでくれました。
 大柴胡湯は、柴胡剤の代表的な処方で炎症の強いときに使いますが、慢性疾患では、みぞおちに何か詰まったように感じ、うつうつとしている時などにも用います。ただし、体力の弱い人の場合、下痢、脱力感の心配があるので、誰にでも向くという訳にはいきません。
 肩凝りを漢方医学的にみると、原因はたくさんあります。また、凝る部位によっても使う処方が異なり鍼灸と併用した方が早く効果が現れることが多いようです。
 よく使われる処方は、@柴胡という生薬を主にした小柴胡湯や、柴苓湯などの柴胡剤と呼ばれる一群。Aうなじを中心にした凝りに用いられる葛根湯。B胃腸が悪くて張り付いたような凝り方に半夏瀉心湯。C凝りが長引いてうっ血している場合、滞った血の流れをスムーズにする駆於血剤といわれる桂枝茯苓丸などの処方を使い分けます。
 現代医学では、頸椎や胸椎に異常がない場合、筋弛緩剤を使用しますが、漢方治療の方が有効な場合があります。

大柴胡湯
■効能・効果
比較的体力のある人で、便秘がちで、上腹部が張って苦しく、耳鳴り、肩凝りなどを伴うものの次の症状:
胆石症、胆のう炎、黄だん、肝機能障害、高血圧症、脳溢血、じんましん、胃酸過多症、急性胃腸炎、悪心、おう吐、食欲不振、痔疾(じしつ)、糖尿病、ノイローゼ、不眠症
■組成(含まれる生薬)
サイコ、ハンゲ、オウゴン、シャクヤク、タイソウ、キジツ、ショウキョウ、ダイオウ



慢性疲労症に人参養栄湯

 全身倦怠感が激しく起き上がれないN子さんの例
 大学を卒業後、事務の仕事に就いて3年間働き、ある時、風邪症状で仕事を休み、その後、全身倦怠感が激しく起き上がれなくなりました。「退職して静養していましたが、良くならない」と漢方治療を受診してきました。

 N子さんは26歳。慢性疲労症候群の診断には当てはまりませんが、この症候群に近い状態にありました。人参養栄湯を処方し、十分休むことに専念すれば、回復するからと話しました。
 人参養栄湯は、有名な十全大補湯に似ている構成成分を含みセキに使う処方ですが、精神安定作用を期待できる生薬も入っています。「うつ症状」を伴う人で、体力の回復のためにしばしば用いる漢方です。
 N子さんは、特別痩せ型でもなく、一見、虚弱には見えません。しかし、精気に乏しく、話し方がゆっくりで力のないものでした。食事は母親に作ってもらい、睡眠時間が十数時間にもなり気分も憂うつになっていました。漢方療法を続け、波はありましたが3カ月目から少しずつ働けるようになり、半年後にはパートの仕事を始めました。1年後に「再就職できました」と、お母さんが喜んで教えてくれました。
 慢性疲労症候群という疾患が、最近よく取り上げられます。この病気の診断基準に当てはまる患者数は、それほど多いものではありません。しかし、仕事を続けられないほど疲れ、起き上がることが困難になるなどが、半年以上続くという大項目。さらに、咽頭炎、頭痛、微熱などの小項目11のうち8項目以上を満たすと慢性疲労症候群と診断されます。
 原因は、まだ解明できていませんが、漢方治療によって多くの有効例も出ています。

人参養栄湯
■効能・効果
病後の体力低下、疲労倦怠、食欲不振、寝汗、手足の冷え、貧血
■組成(含まれる生薬)
ジオウ、トウキ、ビャクジュツ、ブクリョウ、ニンジン、ケイヒ、オンジ、シャクヤク、チンピ、オウギ、カンゾウ、ゴミシ



頭痛に呉茱萸湯

 頭痛が激しく動けなくなり、来院したO子さんの例
 O子さんは67歳。2月の寒い日に、当院の近くのビルに用事で来ましたが、突然、頭痛が激しくなり動けなくなって、緊急に運ばれてきました。「顔色は青白く、目をつぶってまゆをしかめ返事はゆっくり、やっとできる状態」でした。

 脳血管性の傷害や器質的な障害はなさそうでしたので、詳しい検査は後にして、まず漢方治療で様子を見ることにしました。頭痛はズキンズキンとくる拍動性で吐き気があり、横になって休んでもらい、体と手足を温めながら診察しました。
 O子さんは若いころから冷え症で頭痛もちでした。小柄で痩せ型「首筋から肩にかけて硬く張り気持ちが悪い」と言います。みぞおちを触診すると、少し膨らんでいました。
 この状態から、呉茱萸湯が適応する偏頭痛であるのではないかと考え、そのエキス製剤を服用してもらいました。服用後、体が温まって気持ちがよい、と眠ってしまいました。2時間後「頭痛がすっかり取れ、鎮痛剤では経験したことのない気持ちのよい治り方をした」と言って帰宅しました。
 その後断続的に呉茱萸湯を服用、今では頭痛も起きなくなったそうです。この漢方薬は、体を温めて治す作用がありますが、苦くて飲みにくい薬の代表です。
 頭痛は、脳に問題がある場合を除き、多くは偏頭痛という「ズキンズキン」という拍動性の頭痛、あるいは締め付けられるような痛みの筋緊張性頭痛です。
 漢方医学的には、原因は気の上衝(のぼせること)、水毒、於血(血流の滞留)などさまざま。その中で比較的多いのが、水毒といって冷えたり、のぼせたり、体内の水分代謝が悪いことから起こる場合で、これらは漢方治療の有効な領域です。

呉茱萸湯
■効能・効果
手足の冷えやすい中等度以下の体力のものの次の諸症:習慣性偏頭痛、習慣性頭痛、おう吐、かっけ、衝心(のぼせ)
■組成(含まれる生薬)
タイソウ、ゴシュユ、ニンジン、ショウキョウ



めまいに苓桂朮甘湯

 めまいがひどく、寝込むこともあったという、P子さんの例
 P子さんは48歳、標準体重の主婦。以前からめまいを繰り返し、その度に数日寝込むような状態でした。ところが、「最近、用事が多くなり、何とか寝込まないで済むようにならないだろうか」と、診療所を訪れてきました。

 P子さんのめまいは「天井が回り、おう吐を伴うが、数日間寝込むと治る。」また「体が揺れる感じのときもある」と言います。前者は年に1、2回疲れたときに、後者はしばしば起こるそうです。
 中肉中背、血色はよいが舌の周囲に凹凸がはっきり付いていて、上腹部を揺らすようにすると水の音がしました。また朝はむくんでいることが多いそうです。
 これらの症状から、水毒体質で疲れが引き金になって回転性のめまいを起こすものと考え、苓桂朮甘湯を処方しました。
 服用後2週間目には、「体の揺れる感じが軽くなった」と言い、その後2年間継続していますが、回転性のめまいを起こすこともなくなったと言うことでした。
 苓桂朮甘湯は、茯苓と朮という、水毒を治す生薬と、桂皮(薬用シナモン)という、のぼせを治す生薬を組み合わせたものです。
 その他のめまいも、漢方医学的に原因をみると、気鬱や気の上衝(のぼせること)によるもの、於血(血流の滞留)によるものなどがあります。
 更年期の人のめまいには、於血が関係していることが多く、加味逍遙散が有効です。ストレスが強く気分が憂うつな人のめまいは気鬱が原因と考えられ、半夏厚朴湯が効果的です。
 突発性難聴に伴うめまいなどで早期に入院治療した方がよい場合を除けば、漢方治療が効果的な場合が多くあります。

苓桂朮甘湯
■効能・効果
めまい、ふらつきがあり、または動悸(どうき)があり、尿量が減少するものの次の諸症:
神経質、ノイローゼ、めまい、動悸、息切れ、頭痛
■組成(含まれる生薬)
ブクリョウ、ケイヒ、ソウジュツ、カンゾウ



糖尿病に牛車腎気丸

 糖尿病の治療中だが、漢方療法を併用したいと訪れたQさん
 Qさんは、62歳の会社役員。医者から厳重な食事指導と血糖降下剤の内服を指示されています。「失明の危険もある」と指摘され、本人は真剣に節制を始めたが症状に変化がなく、漢方治療を併用したいと受診してきました。

 検診で10年以上前から糖尿病と指摘されていましたが、忙しさにかまけて食事療法も運動療法もしませんでした。2年前から「両足がしびれて、つまずきそうになり、腎障害も出て両足にむくみがある」と言います。また視力も落ちてきたとのことで、真剣な表情でした。
 そこで、牛車腎気丸を処方。血糖降下剤を併用し、食事と運動療法を指示して経過をみました。
 1カ月目にはしびれ感が減り、視力も少しずつ改善してきました。その後2年ほど漢方治療を続けています。
 牛車腎気丸は八味丸という処方に牛膝と車前子という水分代謝の改善や鎮痛に使う生薬を加えた漢方薬です。
 紀元2世紀の漢方治療の書物に「消渇」という病気が出ています。のどが渇いて水分を大量にとって尿量も多いという、これが糖尿病に相当すると考えられます。
 そして、この「消渇」の治療に用いられていた、八味丸や牛車腎気丸が糖尿病の合併症である、しびれやまひなど神経障害、腎障害、網膜症などの治療や予防に有効であると書かれています。
 糖尿病患者さんから、漢方でよい薬はないかと相談されますが「漢方治療では、血糖値はあまり下がりません」と返事するとがっかりされます。
 しかし、漢方が糖尿病治療に意味がないわけではありません。漢方治療は合併症の予防という点で意味があるのです。

牛車腎気丸
■効能・効果
疲れやすくて、四肢が冷えやすく尿量減少、または多尿で時に口渇がある次の症状:
下肢痛、腰痛、しびれ、老人のかすみ目、かゆみ、排尿困難、頻尿、むくみ
■組成(含まれる生薬)
ジオウ、ゴシツ、サンシュユ、サンヤク、ジャゼンシ、タクシャ、ブクリョウ、ボタンピ、ケイヒ、ブシ末



尋常性乾癬に温清飲

 皮膚炎が治らず漢方治療を希望してきた、Rさんの例
 Rさんは42歳の男性会社員。接待や会議が多く、疲れたときに腕に赤い円形の皮膚炎ができたので、自分でステロイド軟こうを買って塗りました。一時はよくなったものの、両手足から腹部まで広がり、心配になり皮膚科を受診しました。ところが「あまり改善しない」と漢方治療にみえました。

 やや太り気味ですが顔色は良い方です。皮疹は四肢に紅色の点状のものから、直径2センチ程度のものまで多発し、中心部は粉がふいていました。ひじにも縦5センチ、横3センチほどの大きい皮疹があり、腹部にもいくつかあります。
 この皮膚の状態と身体的診察から、温清飲を処方しました。2カ月ほど続けたところ皮疹の数が少なくなり、半年後の夏には「半そでの服を着ることができた」と大変喜んでくれました。
 この尋常性乾癬という病気は円形の紅色皮疹が多発するもので、ときには関節炎を併発する難治性の疾患です。かつては、日本人には少なかった病気ですが、最近は多く見られます。
 現代医学の治療により劇的に改善することが多いようですが、副作用の心配から投与できない人も少なくありません。Rさんの場合も、よく効く薬はあるが、精子に異常が出るかもしれないと言われ、それでは不安だと漢方治療を希望してきたのでした。確かに、漢方治療で劇的な効果を見ることは少ないようです。しかし、長期に服用することにより、ほとんど消失してしまうこともあります。
 温清飲は、黄連解毒湯と四物湯という二つの処方が組み合わされたものです。炎症を抑える効果の黄連解毒湯と、乾燥を抑える作用の四物湯との組み合わせが、このような皮膚疾患に有効です。

温清飲
■効能・効果
皮膚の色つやが悪く、のぼせるものに用いる:月経不順、月経困難、血の道症、更年期障害、神経症
■組成(含まれる生薬)
ジオウ、シャクヤク、センキュウ、トウキ、オウゴン、オウバク、オウレン、サンシシ



腹痛と冷えに当帰四逆加吾茱萸生姜湯

 頻繁に腹痛を起こし心配して来院したS子さんの例
 S子さんは31歳で大企業の受付嬢。身長172センチ、体重48キロの痩せ型で青白い顔色をしています。「頻繁に腹痛を起こし、何度かCTや内視鏡、腹腔鏡など検査を受けたが、異常は見つからなかった」そうです。知人の紹介で漢方治療を希望されて受診してきました。

 腹痛は絞られるように下腹部が痛み、「鎮痛剤も効かず、動けないほど」だと言います。診察すると、手足が冷たく、腹部も下腹部が冷えていて、わき腹下部の鼠径部に近いところに圧痛が認められました。冷えが原因だと説明すると、納得され、ほっとしていました。
 当帰四逆加吾茱萸生姜湯を処方し、冷えに注意して、冷たい食事や果物、生野菜を控え、冷房のある職場では「ひざ掛けを使う」ことなどを指示しました。
 服薬後「ひどい痛みは出なくなったが、時々下腹部が苦しくなる」と言うことでした。しかしその後、転職することになり職場環境が変わってからは元気になりました。
 冷えを訴える患者さんは非常に多いものです。ところが現代医学では、特殊な場合を除いて治療対象となりません。
 一方、漢方医学では体質的な問題、病気の起こり方などからみて重要と考え細かく対応します。冷えを感じたことのない人は理解しにくいものですが、冷えから関節痛や腹痛などを起こすことは珍しいことではありません。
 この漢方処方は霜焼けや冷えを訴える患者さんによく使われます。特に緊張したり精神的ストレスが多い人で、冷えを伴うときに有効なことが多いようです。
 虚弱な女性には時々見られる現象で、漢方治療と生活面の見直しが必要ですが経過はよいものです。

当帰四逆加吾茱萸生姜湯
■効能・効果
手足の冷えを感じ、下肢が冷えると下肢または下腹部が痛くなりやすいものの次の諸症:
しもやけ、頭痛、下腹部痛、腰痛
■組成(含まれる生薬)
タイソウ、ケイヒ、シャクヤク、トウキ、モクツウ、カンゾウ、ゴシュユ、サイシン、ショウキョウ



激しいだるさに六君子湯

 肝硬変の症状で悩んでいた60歳T子さんの例
 T子さんは「だるさがひどく、ほとんど横になっているばかりで、家事もできないほど」と言うことでした。ある大学病院の腹腔鏡・肝生検で肝硬変と診断され、いろいろな治療をしましたが「自覚症状が改善しない」と、漢方治療に訪れました。

 食欲がなく、胃がもたれると言います。おなかを見ると力がなく弱い感じです。クモ状血管腫や手のひらに紅斑があり、一見して肝硬変を疑わせる所見でした。
 疲れやすい、だるいという症状が強い場合には、補中益気湯という処方を漢方ではよく用います。しかし、この女性の場合、食欲不振や胃のもたれがありましたので、まず、こちらの症状をよくすることを考えて、六君子湯という処方をしました。
 二週間後に来院されたときには、胃の症状の改善ばかりでなく、だるさが取れ家事ができるようになった。「バス停から歩いてここまで来ることができました、疲れも感じません」と初診時と比べ、表情も明るく話してくれました。
 その後も六君子湯を続けて服用しています。肝機能検査所見はあまり改善しませんが、体調はずいぶん良くなりました。
 六君子湯はいわゆる慢性胃炎に多く用いられる代表的な処方です。しかし、慢性胃炎以外でも特に胃のもたれ、食欲不振を訴える、いろいろな病気に応用が可能です。
 一般に、このような症状の場合、小柴胡湯が使われてきました。しかし、この例のように、肝臓病治療の場合に漢方治療では、まず、自覚症状の改善から取り組むことが第一だと考えます。この立場からみると、小柴胡湯以外にも多くの漢方薬が、こうした考えで使われています。

六君子湯
■効能・効果
胃腸の弱いもので、食欲がなく、みぞおちがつかえ、疲れやすく、貧血性で手足が冷えやすいものの次の諸症:
胃炎、胃下垂、消化不良、胃痛、おう吐
■組成(含まれる生薬)
ソウジュツ、ニンジン、ハンゲ、ブクリョウ、タイソウ、チンピ、カンゾウ、ショウキョウ



胸腹部痛に柴故桂枝湯

 「胆道ディスキネジー」で来院した38歳U子さんの例
 U子さんは、20歳のころから右のろっ骨の下部から右脇の下、背中にかけて月に一回程度痛みが出ます。いったん症状が出ると一週間ほど続くという。一年前に大学病院で「胆道ディスキネジー」と診断され、治療を続けたが「よくならない」と漢方治療を希望し来院しました。

 右のろっ骨の一番下の部分や、脇の下から背中にかけて重苦しかったり、痛みの症状があると胆石や胆のう炎が疑われます。しかし、超音波検査をしても異常は認められません。こんな場合、胆道ディスキネジーという病気が考えられます。
 自覚症状と腹部の診察結果から柴胡桂枝湯を服用してもらいました。二週間後に再来院し、一度だけ痛みが出たということでしたが、その後も同じ処方を続けたところ、全く痛みが出なくなったということです。
 柴故桂枝湯は、胸腹部に急に来る痛みによく用いられ、慢性の痛みにも応用されます。ことに上腹部の痛みに使われますが下腹部の痛みにも応用できます。
 この例のように、ろっ骨の一番下の部分に抵抗感があり、圧迫すると苦しく感じる場合を胸脇苦満と呼んで、柴胡の入った処方をします。柴故桂枝湯は、さら腹直筋が緊張している場合にもよく用いられます。
 また柴故桂枝湯は応用範囲の極めて広い処方の一つで、消化器疾患のみならず、呼吸器疾患、精神神経疾患など、ことにストレスによるものによいとされています。
 この病気は自律神系や、消化管ホルモン失調からの胆道の運動障害を起こしたもので、西洋医学的治療ではよくならない例が少なくありません。このような患者には漢方治療が効くことがあります。

柴故桂枝湯
■効能・効果
発熱汗が出て、悪感がし、身体痛み、頭痛、吐き気のあるものの次の諸症:
感冒・流感・肺炎・肺結核などの熱性疾患、胃かいよう・十二指腸かいよう・胆のう炎・胆石・肝機能障害・すい臓炎などの心下部緊張疼痛
■組成(含まれる生薬)
サイコ、ハンゲ、オウゴン、カンゾウ、ケイヒ、シャクヤク、タイソウ、ニンジン、ショウキョウ



開腹後のトラブルに大建中湯

 手術後、腸閉塞を心配して来院した男性Vさんの例
 65歳の男性Vさんは、大腸がんの手術をしてから半年後に腸閉塞で入院し、再手術を受けることになってしまいました。
 そこで「腸閉塞の予防を希望して」漢方治療を受診して来られました。

 便が硬くなりやすく、強い下剤を飲むとつらいと言います。そこで大建中湯を出しました。
 二週間後に再診した際「この薬を飲むと体が温まるし、便通がよくなった。その後、気力があふれるようで大変よい効果を感じる」と喜んでくれました。
 開腹手術後に、腹痛や便秘がちで体調が良くない、という人は多いと思います。これは、腸管癒着症と呼ばれることが多く時に腸閉塞を起こします。このような開腹手術後のトラブル改善に、最近、大建中湯が注目されてきました。腸閉塞患者の西洋医学的治療に、この大建中湯を併用することで腸閉塞の予防に効果があるというわけです。
 腸閉塞までに至らなくても、冷えるとガスがたまってきて腹が強く痛む、また、腸がモクモクと動くなどを自覚するときも、この大建中湯を使うポイントになります。
 紹介した男性のように刺激性の下剤(大黄やセンナなど)では、かえって具合が悪いという便秘を、漢方では一般に「虚症の便秘」というとらえ方をして、大建中湯をよく処方します。なお最近、向精神薬の副作用の一つである便秘にも有効であると報告されています。
 大建中湯は乾姜(ショウガを蒸してから乾燥)、山椒、水あめ、朝鮮人参からなる薬です。ほとんど台所にあるものですが、激しい症状を、しかも即効的に改善する作用があるとは大変不思議な気がします。

大建中湯
■効能・効果
腹が冷えて痛み、腹部膨満感のあるもの
■組成(含まれる生薬)
ニンジン、サンショウ、カンキョウ



長引くセキとタンに柴陥湯

 セキとタンが止らず、苦しんでいたW子さんの例
 W子さんは53歳、約二ヶ月前に感冒にかかり、近くの病院で診察を受けたところ、抗生物質、解熱剤を投与されました。
 ところが「熱は下がったものの、セキとタンが続いて止らない」と受診してきました。

 この女性は体格は普通、腹の力も中等度で、胸部エックス線は異常ありません。しかし、タンは黄色で切れが悪く、いったんセキが出始めるとなかなか止らない。セキの度に胸に響いて痛むということから、小柴胡湯を小陥胸湯を合わせた、柴陥湯を飲んでもらいました。
 服用して二日後には「セキもタンもぴったり止まった、不思議です」と喜んでくれました。劇的に効いた例といってよいでしょう。
 患者は、右のろっ骨の一番下の部分を触ると少し抵抗があり、押してみると苦しいということでした。漢方医学ではこの人のように、ろっ骨の一番下の部分に抵抗や押すと苦しい感じを覚えるのを、胸脇苦満と呼んで、柴胡の入った漢方薬を処方する目標にします。
 柴陥湯の構成要素である小柴胡湯は、わが国では、もっぱら慢性肝炎など肝疾患に使われています。
 漢方薬治療でバイブルともいえる「傷寒論」には、熱性病の急性期を過ぎて口が苦しく感じたり、粘ったり、食欲がない、そしてセキが出たり、腹が痛んだりという症状に使用するとなっています。
 また、小柴胡湯は呼吸器疾患にも使う機会の多い漢方薬です。ことにタンが黄色になって、炎症があると考えられる例には、この小柴胡湯を他の薬と併用することが多くあります。
 西洋医学的治療が効かない、こうした患者に漢方治療を行ってみると、あっさり解決することが結構あるのです。

柴陥湯
■効能・効果
セキ、セキによる胸痛
■組成(含まれる生薬)
サイコ、ハンゲ、オウゴン、タイソウ、ニンジン、オウレン、カンゾウ、ショウキョウ、カロニン



イボに半夏瀉心湯

 白眼に異物を感じ漢方治療を受けに来た、X子さんの例
 X子さんは45歳の家庭の主婦。十数年前から翼状片(白目に肉状のものができる症状)と診断され、西洋医学的治療をしていました。ところが、2年ほど前から角膜にかかりはじめ「漢方治療でなんとかならないだろうか」と、心配になって来院してきました。

 眼を使い過ぎたときに痛むほか、すぐ胃腸が悪くなるという。この症状を聞いて何を使ったらよいか迷いましたが、翼状片を漢方でいう「肉極」と考える説に従って越婢加朮湯を投与しました。
 ところが三週間後、胃から酸っぱい水が上がってきて、舌先が赤く痛むとのこと。薬が合わないと判断して服薬を中止してもらいました。
 その結果、酸っぱい水は出なくなりましたが、舌はまだ痛いと言います。そこで、今度は半夏瀉心湯を投与しました。「舌の痛みがなくなり、胃腸の調子が良い」というので継続しました。
 その後は落ち着き順調に推移。新聞を30分くらい読むと眼が充血して痛かったのが、2時間以上も読めるようになりました。ちょうどそのころ、思いがけなく「足や背中の老人性のイボが消えました」と、驚いて報告してくれました。
 もともと、イボや眼の症状を治療しようとしたわけではなく、胃腸を整えようと考えての処方でした。漢方医学では胃腸を重要な臓器と捕らえ、胃腸は「気」、すなわち元気の「源」の一つとして考えています。治療に困ったときは、この胃腸を丈夫にしてみようと発想することがよくあります。
 これは漢方療法でよくとる手段の一つで、西洋医学では理解の困難な治療効果を得ることがあります。このように漢方療法をしていると、目的とした治療以外の思わぬ症状の改善まで得られ、びっくりすることがあります。

半夏瀉心湯
■効能・効果
みぞおちがつかえ、ときに悪心、おう吐があり、食欲不振で腹が鳴って軟便または下痢の傾向のあるものの次の諸症:急性・慢性胃腸炎、醗酵性下痢、消化不良、胃下垂、神経性胃炎、胃弱、二日酔い、げっぷ、胸やけ、口内炎、神経症
■組成(含まれる生薬)
ハンゲ、オウゴン、カンゾウ、タイソウ、ニンジン、オウレン、カンキョウ



関節痛に桂枝茯苓丸

 関節の痛みが取れず、困っていたY子さんの例
 患者は50歳の女性で、約1年前から手の指や手首の関節が痛み出し、特に左より右のほうが痛みが強いという。慢性関節リウマチではないかと専門の施設を受診したが、「リウマチではない」と診断され来院しました。

 手の関節を診ると、はれも赤みも熱感もありません。体型は脂肪太りの傾向ですが、おなかをみると右ろっ骨の一番下の部分からみぞおちに掛けてと、下腹部に圧痛と抵抗が認められます。
 過去に関節に特別異常な所見がなかった例に、桂枝茯苓丸を処方し効いた経験があったこと。また特に、下腹部に圧通が認められたので、お血(漢方でいう血のめぐりが悪い状態)と考え、桂枝茯苓丸を投与しました。
 11日後に来院したときは著しく改善、しかし「また疲れたときに痛みはあるが、普段は感じない」と言うことでした。その後、もう一度だけ薬を取りに来ましたが以後来院していません。
 西洋医学では、原因を究明できないと積極的な治療は避け、特に副作用の強い薬の使用は、ちゅうちょします。この場合も、西洋医学的には副じん皮質ホルモン剤でなく、鎮痛消炎剤が使われたことでしょう。
 鎮痛消炎剤は胃腸障害を起こしやすく、結果的に薬剤の使用が増えることにもなりかねません。これに対し漢方薬は、副作用が少なく高齢者にも使いやすい。また、診断が確定できないとか、副作用上問題のある薬剤を使いたくない場合などに、漢方治療を考えるとよいでしょう。
 種々の検査をしても異常がなく、症状が改善しないということがあります。こうした患者に漢方治療がよく効く例をしばしば経験します。

桂枝茯苓丸
■効能・効果
体格はしっかりしていて赤ら顔が多く、腹部は大体充実、下腹部に抵抗のあるものの次の諸症:子宮およびその付属器の炎症、子宮内膜炎、月経不順、月経困難、こしけ、更年期障害、冷え症、腹膜炎、打撲傷、痔(じ)疾患、こう丸炎、
■組成(含まれる生薬)
ケイヒ、シャクヤク、トウニン、ブクリョウ、ボタンピ



風邪の症状に香蘇散

 風邪症状が長引き、漢方療法で治療したZ子さんの例
 Z子さんは62歳で、特発性門脈圧亢進症という肝臓病の患者です。受診の度に病気のことが不安でたまらず「小声でボソボソ」話すので、度々聞き返さなくてはならないほどです。体格も小柄でおなかを触ると軟らかく、ふだんから胃腸が弱く、表情も暗い印象です。あるとき風邪をひきました。

 西洋医学の風邪治療は、通常、風邪そのものの症状のみを対象に薬が投与されます。つまり解熱剤や抗ヒスタミン剤、鎮痛剤などを症状に合わせて組み合わせるわけです。胃腸虚弱や精神状態などが薬の選択に影響することはまずないと言ってよいでしょう。
 ところが漢方治療では、風邪そのものの症状以外に体質や精神状態まで勘案して薬を選びます。Z子さんは漢方でいう虚症で陰うつな感じがあり、葛根湯は無理と思い、香蘇散を出しました。大変よく効いて、その後も風邪をひくと香蘇散を飲んでいるようです。
 この香蘇散は、Z子さんのように胃腸虚弱で陰うつな印象を与える人の風邪に処方してみるとよく効きます。殊に、葛根湯が使用できそうにない高齢者に対して処方することが多くあります。
 香蘇散は単に胃腸虚弱の風邪ばかりでなく、他の薬が効かない胃疾患、あるいは過敏性腸症候群、さらに耳の詰まった感じ、じんましんなどにも応用されます。
 香蘇散には、その名前の中にある蘇、すなわちシソのほかにもハマスゲ(香附子)、ミカンの皮など香りのよいものが多く含まれています。
 なお、このシソが刺身に添えられるのは単なる飾りではなく、シソに魚の毒を消す作用があるからです。これらの生薬は気の巡りをよくし、うつを発散させる作用があると考えられています。

香蘇散
■効能・効果
胃腸虚弱で神経質の人の風邪の初期
■組成(含まれる生薬)
コウブシ、ソヨウ、チンピ、カンゾウ、ショウキョウ



びくつきに柴胡桂枝乾姜湯

 肩、腕、背中、腰の凝りと痛みで来院した、Aさんの例
 Aさんは65歳の男性です。腹部の腫瘍摘出手術を受け、その病院で肝臓病の治療を継続しています。ところが、「首、肩、腕、背中、腰の凝りと痛みがとれない」と来院してきました。

 話を聞くと「寒がりで冷房が嫌い、よく眠れない、のどの奥が乾く、物音に敏感でびくっとする」と言います。
 診察すると、おなかが少し軟らかく、へその上部に大動脈の拍動を感じます。これらの所見を総合して、柴胡桂枝乾姜湯を投与しました。
 二週間後の診察で「この薬を飲んでから、びくっとすることが少なくなった」と話してくれました。その後、体の緊張感が取れて、首、肩などの凝りが少しずつ軽くなったと言います。
 物音に「びくつく」という訴えは、一般に神経過敏の一症状と考えられています。「傷寒論」に柴胡加竜骨牡蛎湯という処方がありますが、「胸満煩驚」に使用すると書かれています。びくつきはこの「煩驚」に相当すると考えられます。
 柴胡桂枝乾姜湯は牡蛎のみで、竜骨は入っていませんが、柴胡加竜骨牡蛎湯を使う人より体力がない、というような場合に用います。一般に、腹部で大動脈の拍動が亢進している場合に、竜骨や牡蛎の入った薬を処方します。
 この二つの処方には、いずれも柴胡が入っています。こうした精神神経症状を腹部の所見と結び付けて考え、治療するところにも、心身一如という考え方が、単に観念の上だけでなく、実際の治療の場で実践されている良い例でしょう。
 西洋医学では、どう考え、治療したらよいか分からないケースがよくあります。こうした場合でも、漢方治療の立場からみると問題が解決することがあります。

柴胡桂枝乾姜湯
■効能・効果
体力が弱く、冷え症、貧血気味で、動悸、息切れがあり、神経過敏のものの次の諸症:
更年期障害、血の道症、神経症、不眠症
■組成(含まれる生薬)
サイコ、オウゴン、カロコン、ケイヒ、ボレイ、カンゾウ、カンキョウ



夜尿症に葛根湯

 修学旅行を控え、夜尿症が心配で相談に来たB君の例
 B君は12歳の小学6年生。今だに「夜尿症があり、これから修学旅行もあるので」と心配したおばあさんから相談を受けました。漢方薬がよい効果をもたらす場合もあることを話しましたら、早速B君を連れて来ました。

 診察すると、体格はよく、食欲も普通にあり元気な子供でした。普段から鼻がよく詰まり、尿を漏らしても目が覚めないと言います。そこで、葛根湯を飲んでもらったところ、一週間後にはほとんど漏らさないようになりました。
 葛根湯は夜尿症の中でも、胃腸が丈夫で元気のある子供。睡眠が深く、尿を漏らしても起きないタイプに処方します。鼻にトラブル(特に鼻づまりが強い)がある場合にも考える漢方薬です。
 葛根湯の中にはマオウ(麻黄)という生薬が配合されています。このマオウの成分の一つであるエフェドリンという物質は、覚せい作用や膀胱出口部の圧を高めて膀胱に尿をためる作用を強めることが知られています。
 このエフェドリンは1887年、長井長義によって、漢方薬に使用される生薬の中で初めて、その有効成分の構造が明らかにされたものです。
 葛根湯は風邪、夜尿症のみならず、化膿する病気の初期、肩凝り、五十肩、腰痛などの凝りや痛み、じんましんなどに用います。珍しくは、舌なめずり、横なで症(手の甲で鼻の下をなでる)にも効果的な場合があると言います。
 「金匱要略」という本には、破傷風のような頸部が硬直する病気にも使うことが書かれています。葛根湯が風邪に使われることは知られていますが、西洋医学的には関連性があるとは思えない病気にまで、効果を発揮する場合の良い例です。

葛根湯
■効能・効果
自然発汗がなく頭痛、発熱、悪感、肩凝りなどを伴う比較的体力のあるものの次の諸症:
感冒、鼻風邪、熱性疾患の初期、炎症性疾患(結膜炎、角膜炎、中耳炎、へんとう腺炎、乳腺炎、リンパ腺炎)、肩凝り、上半身の神経痛、じんましん
■組成(含まれる生薬)
カッコン、タイソウ、マオウ、カンゾウ、ケイヒ、シャクヤク、ショウキョウ



漢方Q&A

Q.漢方薬を西洋薬と一緒に飲んでも大丈夫でしょうか?
A.互いの作用を強めあう相乗効果がある反面、相性の悪い場合もあります。薬によっては危険ですから、医師や薬剤師に相談して服   用しましょう。

Q.漢方薬の効き目はどれくらいで現れますか?
A.病気の程度や個人差もありますが、風邪の初期であれば一回の服用で効果の現れることもあります。反対に慢性疾患などの場合は  、すぐには効果が現れにくく症状の改善に、2〜4週間くらいの期間を必要とすることが多いようです。

Q.漢方薬が適しているのは、どんな病気でしょうか?
A.患者さんの自覚症状、プラス医師が感じ取る他覚症状を重要視、漢方的に処方することを得意としています。そのため、虚弱体質と   か更年期障害など、からだ全体のバランスがくずれているような機能的な疾患に特に有効です。また、肩こりや頭痛、不眠などの不   快症状にも適しています。

Q.漢方療法が高齢者に向いているのはなぜでしょうか?
A.その理由として、@高齢者の場合、症状の個人差が大きいが漢方は個々の体質や症状に合った処方がしやすいAいくつもの病気   をかかえている場合、西洋薬は数種類の薬が必要となり副作用が心配。一方、漢方薬は複数の生薬で構成されているため複合的な  効果が期待できるB漢方薬には、体力回復、免疫機能を高める働きのあるものが多いため体力の低下している高齢者に向いている  C漢方薬は薬効がおだやかなため、高齢者に多い慢性疾患などに長期に用いても副作用が少ない。―などの理由からです。

Q.漢方療法は、どのように利用されているのでしょうか?
A.全国の大学病院や総合病院に漢方外来を設けているところが増えています。現在では、内科をはじめ外科、小児科、産婦人科など   あらゆる分野で漢方治療が取り入れられています。また、がんや消化器の腫瘍などの手術後の体力回復にも使われています。



漢方薬の処方はこうして決まる
漢方医学には、西洋医学と異なる観点に立つ独特の病気のとらえ方があり、漢方薬もそれに基づいて用いられます。漢方治療の特性を知り、適切に生かしていきましょう。

漢方医学では、病気を全身の働きのゆがみととらえる

 漢方医学では、体のどの部分に起きた病気でも、全身の働きのゆがみから生じていると考えます。そこで、まず、患者さんが熱に支配された「陽」の状態であるか、寒さに支配されている「陰」の状態であるかを判別します。また、体力のある「実」タイプか、虚弱な「虚」のタイプかを診ます。この「陰・陽・虚・実」を基本として、ゆがみをとらえていくのです。
 診断に当たっては、まず、受診のきっかけになった主訴ばかりでなく、全身の症状やその現れ方などを詳しく聞きます(問診)。そのなかで、患者さんが「陰」の状態なのか「陽」の状態なのかなどを判別するのです。舌を診たり(舌診)、顔色が青白いか赤ら顔かを診たりするのも、陰・陽の判定に役立ちます。
 さらに、脈がしっかりしているか、弱々しいかを診たり(脈診)、おなかをさわって、腹壁ががっちりしているか、軟弱かを診たり(腹診)することによって、虚・実の判定を行います。
 こうした診察から、一人一人の患者さんの全身の状態を把握し、ゆがみ方を見極めます。これが漢方薬の処方を決める基本になります。

同じ病気・症状でも、人によって用いる処方が違う

 漢方治療では、胃の病気だから胃を治すというのではなく、ゆがみを正すことで、全身の働きを整え、人間がもっている、ひとりでに治っていこうとする力(自然治癒力)を高めることを目指します。
 たとえば、体が冷えて働きが悪くなっている人なら、温めて治していこうとし、暑がっている人なら、冷ましながら正常な状態にもっていこうとするわけです。
 したがって、同じ病気、同じ症状のある人でも、一人一人のゆがみ方によって、用いる薬は違ってきます。誰にでも同じように効く漢方薬はないのです。

漢方医学の得意分野を知って上手に生かそう

 西洋医学と漢方医学は、それぞれ異なった性格を持ち、得意・不得意があります。たとえば、早期の胃がんは西洋医学的な検査をしないと見つけることはできませんし、外科手術が必要な病気では、西洋医学が力を発揮します。
 一方、検査をしてもこれといった異常はないのに、体の働きが乱れて症状がある場合などは、漢方が得意とするところです。体の内部環境を整えて、西洋医学的な治療をサポートすることもあります。
 それぞれの得意分野を知って、いちばん適切な方法を選択し、両者のあわせ技で病気に対処していくことが、最良の結果をもたらしてくれるはずです。


あなたは陰?陽?

陰=寒さに支配されている
 ●冬に電気毛布を使う
 ●使い捨てカイロを使う
 ●冷房がつらい、きつい
 ●寒さで症状が悪化する

陽=熱に支配されている
 ○首から上に汗をかく
 ○冷水を好んで飲む
 ○顔面が紅潮、眼球が充血
 ○舌の先が赤い

「寒さに支配されている」の項目に該当することが多ければ「陰」、「熱に支配されている」の項目に該当することが多ければ「陽」のタイプと考えられる。陰と陽が混じったり、どちらともいえない中間のタイプもある。



Q.子宮内膜症があり、体外受精を予定しています。

卵管摘出、子宮筋腫、子宮内膜症の手術後、体外受精を試みましたが、子宮内膜症が再発し、現在ホルモン薬を使っています。また体外受精を予定していますが、漢方薬を併用できますか。(36歳・女性)

A.体外受精による不妊治療などは、まさに西洋医学の優れたところといえます。こうした治療は西洋医学にまかせるとして、それがうまく子宮に着床するように環境を整えるのは、漢方が得意とするところです。両方のよいところを合わせたら、最良の結果も望めるのではないでしょうか。ホルモン薬と漢方薬の併用も問題ありません。
 ご相談の方は、「陰」の状態で、肌はあれやすいほう、便秘傾向はないとのことでしたので、まず、「温経湯」をおすすめします。皮膚をうるおしながら、子宮や卵巣などの内部環境を整えていく薬です。2週間ほど使ってみて、なんとなく体が温まり、皮膚の乾燥感がとれてくるようなら、しばらく続けるとよいでしょう。

Q.夏になると、腹痛や下痢を起こし、疲れやすくなります。

毎年6月ごろになると、腹痛、下痢、ガスがたまりやすいという状態が続き、体が疲れやすくて、食べても体重が増えません。秋になると落ち着きます。胃腸の検査では、胃下垂ぎみというだけでした。(29歳・女性)

A.ご相談の方は、冬は電気毛布や使い捨てカイロを使い、冷房が苦手という「陰」の状態と、手足に汗をかいたり、冷水を好んで飲むような「陽」の状態が混じっているということでした。しかし、毎年暑い季節になると悪くなるというのは、「陽」の状態が疑われます。胃下垂があって、疲れやすいというのは、「虚・実」でいえば、「虚」の側になります。
 こうした人の腹痛や下痢にまず考えられるのは、「柴胡桂枝湯」という処方です。疲れやすく、ストレスを受けやすい、ときどき肩こりや頭痛もするというような症状であれば、この薬あたりが合うかと思われます。
 半年以上前から少しずつ飲んでいって、6月に備えるとよいでしょう。

Q.腹部の膨満感に苦しめられています。

10年以上前に喉頭がんで喉頭の全摘手術手術を受けました。日常生活では支障はないのですが、おなかにガスがたまって、膨満感で苦しんでします。漢方薬ですっきりさせることはできませんか。(58歳・男性)

A.この方のように喉頭の手術をしたという人でなくても、腹部の膨満感を訴える人は多いものです。だいたいはストレスが関係しているようです。
 ガスが多く、おなかが張って困る、少し気分がうっとうしい、食欲も不振であるという人には、「香蘇散」という処方をよくおすすめしています。
 ご相談の方は、現在、コレステロールを下げる薬、不整脈の薬も飲んでいるとのことでしたが、香蘇散の「蘇」というのは赤ジソの葉のことで、食べ物のような薬ですから、ほかの薬との併用もしやすいのです。
 ストレスがたまる人、心身症的な胃腸症状のある人にも、香蘇散はよいと思います。



漢方薬の効果的な用い方
 漢方薬を効果的に用いるためには、上手な飲み方を知っておくことも大切です。

●空腹時に飲むのが理想
 最近の研究によると、漢方薬のある成分は、私たちの腸内にすむ細菌によって分解され、有効な成分になることがわかっています。ほかの食べ物といっしょになると、それだけ分解能力が落ちて、漢方薬の効きめが悪くなります。また、腸から吸収されて血液中に入る率も低くなってしまいます。そのため、漢方薬の効果を十分に発揮させるには、空腹時に飲むのが理想です。

●西洋薬と併用してもよい
 漢方薬は、多くの場合、西洋薬との併用が可能です。飲み合わせによる問題を防ぐため、医師と相談して用いてください。併用する場合は、時間をずらして飲むようにするとよいでしょう。

●エキス剤はお湯に溶かして飲む
 現在、一般に使われている漢方薬はエキス剤が主流になっていますが、もともとは煎じ薬ですから、お湯に溶いて元の形に戻して飲んだほうが、本来の効果が発揮されやすいのです。特に冷え症や胃腸虚弱の人は、温かくして飲むことがすすめられます。

Ads by Sitemix