外科系-1
外科系疾患の漢方治療について
 
 外科的疾患は外科手術による治療を主な選択とする治療である。外科手術の特徴は、人体にメスを加えて病巣を切除し、あるいは人体の構造を変更して改善をはかる治療法である。その発展は比較的近代のことであり、麻酔法、栄養管理法、治療器械の開発によってめざまし進歩を遂げ、癌に対する拡大手術や臓器移植も行われている。しかし、一方では手術に伴う術後合併症、愁訴の出現もあるため、quality of life(QOL)を考慮した合理的治療の要望は大きな課題となっている。
 漢方は古代中国に起源をもつ経験医学で、その当時には今日のような外科的治療はなく、この病態に漢方治療を導入することは全く新しい分野ともいえる。しかし、漢方の陰陽、虚実、気血水などの調和をはかるという治療の基本理念は、外科手術の侵襲によって起こる全身状態、機能の低下を修復するのに有用な治療法といえるのである。すなわち、術前・術後における全身状態の修復には多くの補剤が用いられ、術後の電解質代謝異常は水毒と考えて利水剤が用いられ、術後のうっ血はお血として駆血剤を、貧血には血虚の補剤を、精神不安、無気力、不眠などについては気剤、補剤を選択して用いられるのである。
 さらに外科的疾患のなかにも、QOLの立場から合理的治療ということで考えるとき、従来外科手術を優先した疾患でも、漢方治療の適応となる疾患があることに注目したい。


外科系-2
術前・術後の異常

概念
 手術を安全に行うには、術前・術後を通して人体諸機能を維持すること、手術侵襲からの速やかな全身状態の回復が望まれる。術前・術後の異常に対する対応としては次のように考えられよう。
▼術前管理
 手術の安全性は局所所見にもよるが、全身状態によるところが大きく、手術に耐えられる諸機能の改善が必須である。近年、栄養管理の進歩は著しく、輸血、輸液、とくに中心静脈栄養法の効果は大きいが、漢方でも、副作用の少ない補剤の併用、精神不安定状態に対する眠剤の併用が望ましい。
▼術後管理
 術後は体力の低下からの速やかな回復のため、輸血、輸液が主となるが、経口食開始後は、補剤の併用が有用である。
▼術後愁訴
 手術侵襲の影響がなくなった時期においても、術後肝炎、貧血、下痢、便秘、頭痛、眩暈、不眠、そのほか多彩な不定愁訴があるものである。随証治之の漢方が期待される分野である。


外科系-3
打撲傷

概念
 鈍的外力を受けた場合に、皮膚は外力に対する抵抗が強いので破れずに、皮下組織、深部組織が損傷されたもので、非開放性損傷ともよばれるものである。
 皮下の浅い打撲傷としては、皮下出血、皮下剥離、皮下気腫がある。皮下出血のなかで少し広がりをもった出血を溢血、腫瘤を形成したものを血腫という。皮下剥離は強い外力で皮膚が広範囲にわたって剥離した状態であり、血液、リンパ液が貯留する。皮下気腫は気道系損傷によって、漏れた空気が皮下に侵入したものである。深部組織の筋肉、血管、神経、さらに骨の損傷も起こることがある。打撲傷は外力の程度によって軽重があるが、いずれも疼痛、出血、浮腫によって損傷部位の機能障害を伴ってくることが多い。
 漢方では、『金匱要略』に「馬墜および一切の筋骨を損じたるを治するの方」として馬墜一方がある。特異な構成であるが、そのなかの大黄、桃仁、甘草は今日でもよく打撲傷に用いられる処方に含まれる生薬である。


外科系-4
熱傷・火傷

概念
 高熱の気体、液体、固体に触れることによる局所の皮膚、粘膜の損傷の総称である。焚き火などの乾熱による損傷を狭い意味で火傷とも称する。受傷後、局所症状としての変化と全身症状としての異常が認められる。
 熱傷は受傷皮膚の深度から、第1度-表皮のみの熱傷(紅斑性)、第2度浅在性-表皮と基底層までの熱傷で、瘢痕を形成しない(水泡性)、第2度深在性-基底層をこえて真皮に達する熱傷で、瘢痕、色素沈着を伴う(壊死性真皮熱傷)、第3度-皮膚全層にわたって損傷され、皮膚再生は困難である(壊死性深部熱傷)に分類される。熱傷の重傷度は熱傷深度と熱傷面積(一般には9の法則)の両因子によって判定されるが、このほかにも熱傷の部位、年齢、合併症の有無などによって重傷度は異なってくる。2度20%以上、3度10%以上の熱傷は重症熱傷に分類され、専門施設での入院加療が必要である。気道熱傷は面積が小さくても重篤である。
 合併症としては、循環血液量減少による急性腎不全、蛋白漏出による栄養障害、創感染に続発する肺血症、ストレスによる胃潰瘍、精神障害、肺水腫などが発生するので、局所創傷の治療とともに全身管理は重要な課題である。
  漢方では、江戸時代の華岡青洲の創製した紫雲膏が外用薬として有名である。一方、熱傷に随伴する精神不安、不眠、動悸、疼痛、のぼせ、乏尿、全身倦怠感、食欲不振などの全身症状に対しては、早期から漢方を併用することにより改善がはかれるので経口摂食の時期から使用したい。


外科系-5
化膿性疾患、下腿潰瘍

概念
 抗生物質の著しい進歩によって、化膿性疾患は大いに減少した。すなわち、抗生物質の感受性試験によって、適切な抗生物質が選択されるようになったからである。一般に皮膚の化膿性疾患は、黄色ブドウ球菌によって発生するもので、せつ、ろう、面疔などがある。せつは毛嚢炎の深部が膿瘍をきたしたものであり、ろうはせつが多数集合した大きな膿瘍である。面疔は顔面にできたせつである。さらに、皮下に膿が限局せた貯留したものを皮下膿瘍、結合組織の化膿性炎症は蜂窩織炎とよばれ、皮下、粘膜下、筋膜下、縦隔、肛門周囲などに発生する。手足の指の化膿は○疽とよばれる。
 これら化膿性疾患に特有な症状は、発赤、腫脹、疼痛、発熱があり、全身的に疲労倦怠感、食欲不振などがみられることである。また、抗生物質の長期投与が行われた場合は、免疫抵抗力の減少がみられ、創傷治癒の遷延が起こる。
 下腿潰瘍は下腿に発生する慢性難治性潰瘍の総称で、下腿の血行状態が不良であることが主因と考えられている。これらの潰瘍は肉芽形成が不良であり、化膿性疾患における創傷治癒の遷延に似ているので、同じように治療される。
 漢方では、同一の病原微生物に感染しても、発症は患者の体力、抵抗力によって大いに異なることから、消炎、排膿作用をはかるとともに、患者の免疫抵抗力を増強させる処方も重要な適応と考えている。


外科系-6
虫垂炎

概念
 虫垂炎は特殊な菌によるものもあるが、一般には腸内細菌による急性化膿炎症である。臨床病理学的病型として、カタル性、蜂窩織炎性、壊疽性、穿孔性に分類され、途中経過で慢性化したものを慢性虫垂炎と称する。近年、抗生物質の進歩によって手術対象は大いに減少したが、カタル性以外は早期手術の適応とされている。その理由として、反復再発する虫垂炎では、根部が瘢痕狭窄をきたして穿孔性になり、虫垂炎性汎発性腹膜炎を起こしやすいためだとしている。しかし、諸般の事情で手術せずに経過し、限局性腹膜炎から虫垂膿瘍を形成しても腸管内に穿孔して自然治癒する例も経験されている。
 漢方では、古くは『金匱要略』に腸ろうの文字があり、今日の虫垂炎に相当するものと思われる。そのなかに、虫垂膿瘍を形成したものはよく苡附子敗○散の適応であり、膿瘍のまだ形成されないものは大黄牡丹皮湯の適応であるとの記載がある。当時すでに病態に応じての処方選択の指示が述べられていることはすばらしい。虫垂炎に対する漢方治療の適応については、手術か漢方か、いずれが安全で後遺症なく治療できるかを、患者の病態に応じて選択すべきと考えている。


外科系-7
イレウス

概念
 いわゆる急性腹症に含まれる疾患で、このなかには緊急手術を要するものが含まれ、診断治療方針を誤ると重篤になりうる疾患である。機械的なイレウスと機能的なイレウスに大別され、機械的なイレウスのなかでも、絞扼性イレウス、腸重積症、ヘルニア嵌頓、腸捻転症などは血行障害をきたすので緊急手術の対象となる。単純性癒着性イレウスと、機能的はイレウスは保存に適切な治療を選択する。イレウスではいずれにしても腸管内容の搬送が障害されるため、腹満、腹痛、嘔気、嘔吐、排ガス、排便の停止などの症状が特徴的である。
 漢方では、腹満のほか腹腸満の文字もみられるが、これは虚証の人にみられる腹満をさす場合が多く、張っているが底力のない虚満ともいうべきものである。これに対して、腹力の充実した腹満は実満というべきで、この虚実の判定が処方の選択にきわめて重要である。実満には大黄、芒硝を含む処方が用いられるが、虚満には山椒、乾姜などの熱薬を含む処方が用いられる。嘔吐などによって水分・電解質の異常をきたしやすいので、輸液による補正を併用することが望ましい。


外科系-8
腫瘍

概念
 腫瘍には良性、悪性の別がある。良性腫瘍では発生組織、臓器による特徴があり、またその腫瘍による出血、圧迫、通過障害、さらに悪性化の危険性がある場合に外科的治療の対象となる。消化管ポリープ、乳腺腫瘍、子宮筋腫なども、治療の適応は随伴症状によって異なるところである。
 一方、悪性腫瘍では進行度のほか発生組織、臓器によって治療法の選択が異なるものの、進行癌では外科的治療、化学療法、放射線療法の併用が一般的である。しかし、これら治療法では、治療後にしばしば合併症、副作用の発生をみる場合が多く、その対策は重要課題である。
 さて、漢方における腫瘍の概念は、『素問』において隔証が今日の食道癌、胃癌に相当するものとして表現され、痼か、ちょう痼、ちょうかは胃癌を含む腹部腫瘍を意味する概念であった。悪性腫瘍に対する漢方の役割は、随伴症状、全身状態の改善および癌の化学療法、放射線療法の副作用(別項にあり)に対する緩和、防止が主なものといえよう。今日、漢方補剤をはじめとするいくつかの処方について、実験的に免疫賦活作用、直接抗腫瘍作用のあることが報告され、漢方の役割は大いに期待されている。


外科系-9
癌の化学療法と放射線療法の福作用、癌患者のターミナルケア

概念
 癌の化学療法と放射線療法の副作用は、共通する面もあるが必ずしも同一には論じられない。癌の化学療法の主な副作用を挙げてみると、@骨髄障害-白血球数減少、血小板数減少、貧血など、A胃腸障害-食欲不振、悪心・嘔吐など、B腎障害-蛋白尿、BUN上昇、血清クレアニチン上昇など、C肝障害-GOT,GPTの上昇など、D肺毒性-肺機能低下から間質性肺炎、肺線維症への進行、E心障害その他が発生する。また、放射線療法に伴う副作用では、@骨髄障害、A胃腸障害、B皮膚障害が主なものである。これらの副作用に対しては、対症療法が主体となり、水分・電解質補給、鎮痛、利尿、整腸剤などが病状に応じて用いられる。
 癌のターミナルケアでは、社会的にもきわめて重要な問題であり、癌の告知のあり方、身体的苦痛の軽減、全身状態の改善をはかる緩和医療を優先すべきであると考えられる。末期癌では随伴する疼痛緩和と経口摂食が最も望まれる対策である。
 漢方では、基本理念である随症治療の立場から、前述の副作用の内容に対応する処方を選択する。病態としては陰虚証になっている場合が多く、一連の補剤が用いられる。最近の研究では、これらの補剤が免疫能を賦活し、生体の防御機能を調節するなど、癌化学療法と放射線療法による体力の低下を回復させることが知られている。


外科系-10
リンパ炎、リンパ節炎、リンパ浮腫

概念
 組織内に細菌が侵入して感染すると、リンパ流を介して炎症が広がっていく。リンパ管炎は赤い線条としてみとめられることがある。炎症は局所のリンパ節にまで進み、リンパ節炎を起こすと発赤、腫脹、疼痛を伴ってくる。多くは溶連菌か黄色ブドウ球菌が多く、炎症を抑えきれないと敗血症に進展することがある。
 リンパ流の障害を起こすとリンパ浮腫をきたす。以前は乳癌根治術後によく発生した。姑息的治療を主とするが、浮腫が高度で機能障害が強い場合は、筋膜切除、大網移植などのリンパ流改善手術が行われる。
 漢方では、“化膿性疾患”と重複するところが多いが、リンパ管炎、リンパ節炎に対し熱性ととらえ、初期には表証の葛根湯を、数日を経過した場合は半表半裏の小柴胡湯などを選択する。リンパ浮腫は水滞ととらえて利水剤を用いるが、浮腫のある組織、部位によって選択される。


外科系-11
ダンピング症候群、胆嚢摘除後症候群

概念
 ダンピング症候群は胃切除後に本来の胃機能が低下、脱落する胃切除後症候群のなかで、最も重要な合併症の一つである。食後30分以内に起こる早期症候群と、食後2〜3時間に起こる後期症候群に分類されるが、一般には早期症候群をさす。症候は全身的心血管症状であるめまい、動悸、冷汗などと、胃腸症状としての腹痛、腹満、悪心、嘔吐、下痢がある。治療としては、食事の1回量を少なくする、高蛋白食、食後横臥、薬物療法などが行われる。
 胆嚢摘除後症候群は、疝痛、発熱、黄疸、悪心、嘔吐などの愁訴の総称である。遺残結石、遺残胆嚢管、胆管狭窄、胆汁瘻などが原因となることがある。このような器質的変化がないときは、対症療法が行われる。
 漢方では、これらの多彩な症状を示す特殊な症候群を、気・血・水の不調和によるものととらえ、証にしたがって処方を選択する。漢方の証としては、臍上・臍下の動悸、胃内停水、めまい、冷汗、悪心、嘔吐、下痢など多彩であるが、漢方の得意な分野といえる。


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