消化器


消化管系-2
腹痛

概念
 腹痛とは、腹部領域に感じる疼痛の総称で、腹部にある臓器のすべての疾患にみられる症状である。消化器疾患において腹痛は、重要な意味をもつ。腹痛の治療に当たっては、腹痛をきたす原因の同定が大切で、とくに急性腹症への対応をあやまれば、患者の生命の予後への影響が及ぶ。まず腹痛の性状別分類を示し、漢方療法の適応の有無を明らかにする。
▼腹痛の性状別分類、内臓痛と体性痛
 1.内臓痛(true visceral pain)
 管腔、臓器の攣縮、伸展、拡張などによって起こる腹痛で、腹部中心線上対称性に痛みを感じ、限局することは少なく移動性である。患者は痛みの部位を漫然と示し、周期的、間欠的に痛むのを特徴とする。痛みの程度は、不快な鈍痛から疝痛性のものまで種々で、自律神経反応として、悪心、嘔吐、顔面蒼白、発汗などを伴う。体位の変換で軽快することがあり、患者は輾転反側する。原因としては消化管の炎症や潰瘍、神経性の痙攣、胆・膵系の炎症の初期や結石、腎盂尿管の結石や凝血塊による閉塞、月経困難症などがある。鎮痙剤が有効なことが多く、内科的治療、漢方治療の適応のものが多い。外科的治療は、早急には必要ない。
 2.体位痛(somatic pain)
 腹部内臓器に対して、重篤な侵襲の加わったときに起こる腹痛で、限局性の持続的な鋭い痛みとなって現れ、患者は体位変換によって痛みが増強するために動こうとしない。鎮痛剤が有効であるが、効果は一過性である。急性腹症として緊急手術の必要な疾患はすべて体性痛をとるほか、癌侵潤による疼痛や肝の炎症性腫大も体性痛をきたす。癌性疼痛の一部と肝炎以外は、漢方治療の対象外。
 内科的治療が可能で、かつ漢方治療の有効な腹痛をきたす疾患を通覧してみると、消化性潰瘍、消化管の炎症、結石、消化管の機能的な痙攣、胆膵の炎症の初期などである。虫垂炎は別の章に、また泌尿・生殖器由来の腹痛に関しては、腎・尿路系の疼痛に関する章で、婦人の血の道症や更年期障害に関連した腹痛に関しては、婦人科系の冷え性、月経異常(骨盤内うっ血症候群)、更年期障害を合わせて参照いただきたい。
 漢方医学の立場では、腹痛を上腹部痛と下腹部痛(小腹痛)とに分け、腹痛とは小腹痛をさす。上腹部痛は、胃○痛または心痛という。


消化官系-3
下痢

概念
 下痢をきたす疾患には、急性のものと慢性のものがあるが、いずれもその原因は多彩で、現代医学の治療法でも、すべてが内科的に軽快できるものではない。手術的に原因を除かねばならないものもある。一方、漢方治療が、現代医学的治療より有効な疾患もある。まず、下痢をきたす疾患を列挙して、漢方治療の適、不適を示す。
▼急性細菌性胃腸炎:食中毒を含む。病因となった病原菌を固定して、適切な抗生剤の投与を原則とする。漢方治療も有効である。頻回の下痢と嘔吐による脱水と電解質の喪失を考慮して、輸液を行うことが必要。
 ウイルス性腸炎:伝染性下痢といわれるもの。漢方治療有効。
 アレルギー性腸炎:漢方治療の効果は不明。
 過食による胃腸炎:漢方治療は、はっきり有効。

▼慢性下痢の原因疾患
 過敏性腸症候群:慢性下痢の原因としては最も多い。治療に当たっては、鑑別診断を厳密に行って、器質的疾患の除外に注意する。
 潰瘍性大腸炎:漢方療法がある程度有効。自験例と信頼のおける症例報告から、有効と考えられる漢方を示す。
 クローン病:クローン病が、漢方治療のみでコントロール可能かどうかは疑わしい。ただ現代医薬品だけでも、クローン病の内科的治療は不可能に近い。絶食と中心静脈栄養、または成分栄養の投与がすすめられている。漢方薬方を併用する場合は、むしろ再発再燃防止を目的とする。
 大腸癌:右側結腸癌が下痢の原因になるので注意が必要。
 腸結核:抗結核剤投与が原則。抗結核剤の登場で、腸結核は著しく減少し、急性の腸結核症はほとんどなく、慢性の腸結核は、手術される。
 膵性下痢:漢方治療単独でコントロールは不能。下痢をきたすほどに進行した慢性膵炎は、やはり消化酵素の大量投与が原則。
 原発性吸収不良症候群:漢方治療がかなり有効。消化管の悪性腫瘍の手術が増えるとともに、臓器欠損症としての慢性下痢の患者が増加しつつある。現代医薬品では、消化酵素と抗コリン作動薬の併用のほかには、あまり有効な薬物がない。漢方治療はこの分野ではかなり有効。

▼下痢の漢方医学的理解
 熱を伴う急性下痢の場合は、多く裏急後重を伴い、痢疫とよばれている。一方、慢性の熱感にとぼしい裏急後重の少ない下痢を、泄瀉とよんでいる。いずれの場合も、患者は、虚した状態すなわち、体力の低下が背景にあることを考慮せねばならない。原因別の分類に従って、治療漢方の解説をすすめる。


消化管系-4
嚥下困難

概念
 嚥下とは、摂取した飲食物が口腔内より咽頭、食道を経て胃まで下がる運動で、この間の病変で障害を生じて、飲食物の胃への運搬が円滑に行われない状態を嚥下困難という。原因と漢方適応は次の通り。
 扁桃炎、咽頭膿瘍:漢方なりの治療法がある。
 食道神経症:よくみる原因の一つで、漢方治療は有効。咽頭異物感(咽中炙臠または梅核気)とともに軽い嚥下困難を訴える。
 食道異物:耳鼻科的処置または、経食道ファイバー的な摘出を行う。
 食道癌:可能な限り外科的手術を行う。放射線療法を行う場合は、漢方薬を併用することが望ましい。
 噴門部胃癌:外科的治療が原則。漢方治療は、抗癌剤投与時併用。
 食道潰瘍と瘢痕性食道狭窄:あまり多くない。瘢痕性食道狭窄をきたした場合は、内視鏡的拡張術か外科治療の適応検討が必要。
 アカラシア:内科的治療が可能な場合には、漢方治療の併用が有効。
 食道圧迫:大動脈瘤、胸膜炎、心膜炎、縦隔洞腫瘍、甲状腺腫など。外科的処置の検討が必要。
 球麻痺による嚥下困難:時折みかける。漢方治療の有効性は不明。


消化管系-5
 食欲不振

概念
 食欲不振は、消化器疾患の場合よくみられる症状であるが、食欲不振を単独で訴えるのではなく、多少ともほかのいくつかの消化器症状を伴う。また、他臓器の疾患においても、しばしば食欲不振は随伴する。ここでは下垂体疾患、腎疾患などに随伴して起こる食欲不振は除いて、神経的な食欲不振と、感染症や上部消化管と肝臓に原因があって、その結果としての食欲不振について述べる。


消化管系-6
悪心、嘔吐

概念
 悪心とは、嘔吐に先立って起こる上腹部や前胸部の不快な感覚で、嘔吐とは、食道、口腔を通じて、胃内容を排出する現象をいう。原因には多くの疾患があり、治療の対象にもならないものから、放置すると生命の予後にも関係するものまで種類がある。
▼悪心、嘔吐をきたす原因
 中枢性嘔吐:
 (1)化学薬品による刺激(モルヒネ、コデイン、ニコチンなど)。
 (2)中枢の機能的刺激(髄膜炎、脳出血、脳腫瘍などの頭蓋内圧亢進)。
 (3)精神的・神経的嘔吐:精神的ショックによる悪心と嘔吐。
 (4)片頭痛による悪心と嘔吐、など。
 反射性嘔吐:
 (1)科学的刺激→刺激物、腐敗物の飲食など。
 (2)舌、咽頭の機械的刺激(人為的なもの。治療対象でない)。
 (3)消化管粘膜の刺激(胃、小腸の病変による)。
 (4)他臓器からの刺激(肝炎、腎盂腎炎、膵炎、胆石胆嚢炎)。
 (5)腹膜よりの刺激(虫垂炎、腹膜炎、イレウスなど)。
 (6)高速度病(船酔い、車酔い)、など。

▼悪心、嘔吐の治療に当たっての注意
 嘔吐の激しい場合には、血清電解質の失調と脱水を考慮して輸液を行い、細菌感染が疑われれば、抗生剤を投与。嘔吐は、それを抑える努力をするとともに、原因疾患を検索してその治療をすること。ここでは、精神的神経的嘔吐と消化管粘膜の刺激による悪心と嘔吐を詳述する。


消化管系-7
胸やけ、おくび(酸症状)

概念
 胸やけとは、胸骨下部より心窩部にかけて、一種特別のやけるような感覚をいい、その程度もさまざまである。発生機序に関しては、胃液の食道への逆流によると考えられ、大部分の症例で、食道裂孔ヘルニアをみとめ、食道炎や食道潰瘍を伴うことも多い。
 おくびとは、胃内より口へとガスが排出されるものをいい、酸味をもつ液が逆流してくることもある。胸やけ、おくびは相伴って現れることが多く、一般に過酸症状とよばれていつが、必ずしも胃散分泌苓の過多とは関係がなく、胃粘膜に萎縮を伴い胃散分泌の少ない慢性胃炎の患者に、多くみられる症状である。さらにおくびを訴える患者のなかに無意識に飲み込んだ空気を吐き出しているだけのことで、病的意識のほとんどない場合(空気嚥下症)もある。
 胸やけ、おくびは、悪心、嘔吐、上腹部痛などほかの症状を伴っている場合に意味があり、胸やけやおくびだけでは鑑別診断上の意義は少ない。
 ▼胸やけ、おくびをきたす疾患
 食道裂孔ヘルニア、食道炎と食道潰瘍。現在の見解では、胸やけは大部分がこれらの疾患による、食道への胃酸の逆流によると考えられている。
 胃潰瘍や慢性胃炎、幽門狭窄(前庭部胃癌、前庭部潰瘍による)、胆嚢疾患などでも起こりうる。


消化管系-8
吐血、下血(消化管出血)

概念
 食道から胃、十二指腸、小腸、大腸のいずれの部位からでも出血をきたすと、吐血および下血となって発症する。消化管出血の患者を診断するにあたっては、まずどこから出血しているかをできる限り急速に診断する必要がある。また吐血をみた場合、喀血との鑑別も的確に行うことが必要である。消化管出血は、直ちに適切な治療を行わなければ、出血死という生命の危険にさらされるので、十分な注意が必要である。
 消化管出血のうち漢方治療の対象となるのは、主に消化性潰瘍と胃炎からの出血、潰瘍性大腸炎と痔核からの出血である。腫瘍性病変からの出血も、漢方治療で止血が可能であるが、食道静脈瘤からの出血は、適応外である。播種性血管内凝固症候群(DIC)による、全消化管からのびまん性出血に対する漢方治療の有効性は、未確定で報告もない。
 吐・下血で受診する患者は、多くの場合、胃・十二指腸潰瘍か出血性胃炎で、若干数の食道静脈瘤破裂がある。下部消化管からの出血では、粘血便か鮮血様の下血をみとめる。ここでは、痔出血は別項の解説(p.211)にゆずり、消化性潰瘍と胃炎からの出血および潰瘍性大腸炎の粘血便に対する治療について解説する。
 上部消化管出血と考えられる患者が受診した場合、可及的速やかに緊急内視鏡検査を行って、出血部位を確認する。胃潰瘍からの出血であれば、内視鏡下にクリッピングを行う。大部分の胃潰瘍出血は、これで止血する。十二指腸潰瘍や胃炎での出血なら、散布チューブからトロンビン液を出血部位に散布する。以上の処置で、胃・十二指腸からの出血は、いったんは止血が可能である。食道静脈瘤からの出血は、いったんは止血が可能である。食道静脈瘤からの出血の場合は、内視鏡的に静脈瘤の硬化療法を行う。その後、S-Bチューブで圧迫を続ければ、いったん止血させることは可能である。
 消化性潰瘍からの出血の場合は、シングルチューブを胃内に留置して、再出血に対応する。冷水または冷却生理食塩水での胃洗浄でも止血に有効である。黄連解毒湯の2.3袋を微温湯で溶解して、胃内に注入すれば、止血はさらに確実になる。


消化管系-9
消化不良、ガスおよび鼓腸

ここでは、鼓腸とガス症状を伴い、結果的に消化不良症状を訴える疾患に付いて述べる。鼓腸やガス症状にも慢性のものと急性のものがあり、急性の鼓腸は、穿孔性腹膜炎、イレウス、腸管膜血栓症などの急性腹症に伴うもので、速やかな外科的処置を必要とする。内科的な治療対象となるものは、慢性の鼓腸およびガス症状をきたす疾患で、空気嚥下症、いわゆる慢性胃炎(non-ulcer dyspepsia),過敏性腸症候群、術後腸管癒着障害、慢性膵炎、慢性肝障害などである。

◆空気嚥下症
概念
 鼓腸およびガス症状を訴えるもののうち、原因として最も多い。消化器神経症の一種。治療が必要かどうかは問題だが、とにかく上腹部の不快感を除くという目的ならば、次の薬方を用いる。

◆いわゆる慢性胃炎(non-ulcer dyspepsia)
概念
 慢性胃炎として治療されている患者のほとんどが、non-ulcer dyspepsiaと考えられている。

◆過敏性腸症候群と術後腸管癒着障害
概念
 腹部手術の既往のあるものにみられる。腸管の切除術を受けたものや、婦人科疾患で手術を受けたものに多い。腹痛と便通異常(便秘や下痢の交代)を伴うことが多い。消化管の切除や泌尿・生殖器系の手術を受けた後に、ガス症状とともに腹痛や便通異常を訴える患者は、意外と多い。これも広い意味では、過敏性腸症候群に含まれる。

◆慢性膵炎
慢性膵炎では、消化液の分泌低下で腹満や消化不良を訴える。消化酵素と漢方薬の併用は、腹満を解消する。

◆慢性肝障害
概念
 慢性肝炎や肝硬変症の患者でも、鼓腸や消化不良を訴えることがある。腹水をきたす前駆症状のこともあるので、要注意。慢性肝障害の患者で、胸脇苦満とともに心窩部のつかえ感や腹満を訴える場合には、柴胡剤を用いることによって、症状の軽快をえる。


消化管系-10
便秘

概念
 排便は、通常1日1回有形便の排出をみるものであるが、数日に1回のこともあり、規則的に排便をみる場合には便秘とはいわない。便秘という場合には、数日以上も排便がなく、かつ排便間隔も不規則になった場合をいい、糞便は水分含有量が少なくなって硬くなっている。自覚症状としては、腹部膨満感や左下腹部の鈍感を訴え、時には頭痛やめまいも訴える。
 便秘は、器質的疾患の結果起こるものと、機能的に起こるもとのがある。内科的治療の開始に当たり、適応をあやまらないのが大切。
▼便秘をきたす原因
 1.器質的便秘
 直腸癌、S状結腸癌:外科手術の適応。
 巨大結腸症:外科手術の適応を検討の要。
 虫垂炎:別項“虫垂炎(腸癰)”を参照。
 反射性便秘:原因疾患の治療が優先。
 (胆嚢炎、尿路疾患、婦人科疾患の結果起こるもの)。
 術後腸管癒着障害→漢方療法の適応。

2.機能性便秘
 直腸型便秘:漢方療法の適応。
 弛緩性便秘:漢方療法の適応。
 痙攣性便秘:漢方療法の適応(過敏性腸症候群)。
 ここでは、主として機能性便秘の治療を述べる。


消化管系-11
腹部膨満感、腹水と腹壁皮下脂肪の沈着

◆腹部膨満感、腹水
概念
 腹部膨満感とは、腹壁が前方または側方に強くふくらみだした状態をいう。
その原因として次のものが挙げられる。
 (1)鼓腸
 (2)腹水
 (3)腹腔内腫瘤
 (4)腹壁皮下脂肪の沈着(重症の肥満)
 (5)妊娠
 以上のうち、鼓腸については、“消化不良、ガスおよび鼓腸”に詳述してあるので参照されたい。腹腔内腫瘤による腹部膨満は、当然原発臓器の同定と外科的摘出が必要で、内科的治療の対象外である。
 妊娠も生理的現象で、異常事態のない限り治療の対象とはならない。
 腹壁に過度の皮下脂肪が沈着すれば、腹部膨満となって現れ治療対象となるが、それは肥満の治療ということになる。ここでは、腹水の治療と肥満の漢方療法に関して説明する。
 腹水のうち滲出液は、多くの場合薬物の経口内服のみによる治療は困難である。現在最も多くみるのは癌性腹膜炎である。この場合は、腹水の排除と抗癌剤の腹膜内投与で、一過性の腹水の消退をみるが、長期予後は不良である。結核性腹膜炎は、現在ではほとんどない。膠腹病や壊死性膵炎で腹水をきたす状態になれば、漢方療法の対象外である。
 漏出液をきたす場合は、肝硬変症が最も多くみられる疾患で、しかも利尿剤のよい適応疾患である。うっ血性心不全は、ジギタリス療法を考慮するべきで、漢方療法は不適応である。Pick病は、手術適応を考慮する。
 以上のごとく考えていくと、腹水の治療として漢方療法が適応するのは、肝硬変症や門脈圧亢進症による漏出液ということになる。


◆腹壁皮下脂肪の沈着
概念
 肥満の治療の根本は、やはり接取総カロリーの制限である。糖尿病の食事指導で用いられる、1日1,200カロリーの食事を厳重に1ヵ月間守り通せば、必ずや体重は減少し、腹壁の皮下脂肪は減少する。しかしこれは患者に多大の苦痛を強いることになる。もっとも軽い食事制限(1日1,600カロリー)で体重減少の可能な方剤はないかとの問題が掲示される。これまでに著者が、体重減少に成功した漢方を挙げて説明する。


消化管系-12
過敏性腸症候群
(Irritable bowel syndrome:I.B.S.)

概念
 過敏性腸症候群(I.B.S.)とは腸管(主として大腸)の緊張や運動、分泌などの機能異常によって、便通異常をきたす疾患をいう。本症は、腹痛、腹鳴、悪心、腹満感、食欲不振などの消化器症状とともに、頭痛や頭重感、めまい、発汗、のぼせ感、肩こりや全身倦怠などの不定の全身症状を伴う。
 病型としては、@便秘・下痢交代型、A持続下痢型、B粘液分泌型、Cガス型、の4型に分けられる。@の便秘・下痢交代型が最も多くかつ典型的である。便秘のみという症例はなく、一時期便秘に傾いても、大部分は下痢を伴う。本症を漢方的にみると、下痢を主とする便秘異常に、腹鳴、腹痛、腹満、食欲不振などを訴える病から、太陰病で、内傷(気の病)により脾胃が虚し、裏に寒ある状態と考える。
 本症の患者は実証のことは少なく、大部分は中問証から虚証である。


消化管系-13
胃・十二指腸潰瘍(消化性潰瘍)

概念
 ヘリコバクター・ピロリ(Hp)の発見により、消化性潰瘍の原因と病態生理、治療方針は大幅な変更を余儀なくされている。
 消化性潰瘍を瘢痕化させるだけであれば、漢方治療はほとんど不要なほどに、現代医薬品の抗潰瘍剤は優れている。ただHp感染症の問題が起こり、その除去と潰瘍の再発予防に、漢方治療の意義が再確認されている。
 ここでは、消化性潰瘍を漢方医学で治療するとすれば、どういう漢方を用いるのかという観点から説明する。漢方医学的には、胃潰瘍と十二指腸潰瘍は、同一には扱わない。若年者に多い典型的十二指腸潰瘍と、壮年期から老年期の典型的胃潰瘍は、その証を異にする。前者は、裏、熱、実証であり、後者は、裏、寒、虚証に傾く。


消化管系-14
ヘリコバクター・ピロリ感染症

概念
 ヘリコバクター・ピロリ(以下Hpと略)の発見により、多くの上部消化管疾患の原因と治療の概念が大幅な変更を余儀なくされている。今後現代医学の教科書も、胃疾患の原因と病態に関しては、根本的に書き直されると予想されている。漢方医学の分野でも、Hp感染症はまったく新しい分野なので、確固たる治療方針ができあがっているものではなく、模索中である。現在判明している治療方針について、解説する。
 Hpとはどんな特性のある細菌かを、解説しておく。Hpは、1983年にオーストラリアのWarren,J.RとMarshall,B.J.により、慢性胃炎の患者の胃粘膜から偶然に分離された、螺旋状桿菌である。胃粘膜の表面の強い酸性の環境下で生息し、体外に排泄されるとコッコイド型となって、臨床的に通常用いられている菌の検索方法では検出が不可能で、このことがHpのライフサイクルの研究を困難にしている。コッコイド型の菌が、水や食物に付着して胃内に接取されると、再び有尾性の螺旋状の菌型となって活発な活動を始める。
 通常胃前庭部から胃粘膜の表面に生息し、強い酸性の胃酸から身を守るために、尿素からアンモニアを合成して胃酸を中和しながら生息している。Hpの出すアンモニアは、胃粘膜を阻害しかつミューカスバリアーを破壊するため、胃液が胃粘膜を阻害する結果となり、胃粘膜に慢性の炎症をもたらす結果となる。こうしてHpの感染を受けると、まず急性胃炎が起こり、菌が除去されぬ限り慢性胃炎へと進展し、その過程で一部の人は胃潰瘍や十二指腸潰瘍になり、さらに慢性胃炎患者の一部から胃癌が発生すると推定されている。Hpは、いったん感染すると自然に除去されることはなく、慢性胃炎が進んで胃粘膜が荒廃して胃酸分泌が激減すると、消滅していく。そして慢性胃炎の大部分、十二指腸潰瘍の大部分、胃潰瘍の7割余りがHp関連疾患であり、胃癌もHp感染症の可能性が高い。
 さてHpの除菌効果の証明されている漢方方剤は、柴胡桂枝湯、半夏瀉心湯、四逆散、黄連解毒湯、六君子湯、安中散であり、生薬エキスでは、黄連、黄柏、芍薬、半夏、連翹、山梔子、苦参、柴胡などである。著者の経験では、生薬の莪朮に、臨床的にHpの除去作用を認める。
 以上の事実を考慮に入れて、Hp感染の除去治療を、漢方治療を中心に行おうとすると、次のようになる。


消化管系-15
急性・慢性胃炎(non-ulcer dyspepsiaを含む)

概念
 ヘリコバクター・ピロリ(Hp)の発見により、消化性潰瘍とともに胃炎の原因と治療の概念が大幅な変更を余儀なくされている。とくに慢性胃炎として治療されている患者は、一体どのように考えればいいのかという問題が、現代医学的にも未解決である。胃アトニー、胃下垂などの病名は、内科学書から消滅してしまって三十年余りにもなる。一方上部消化管の内視鏡検査の普及とともに、胃粘膜に明確な萎縮性胃炎の所見を認めながら、消化器疾患に関連する自覚症状はまったくない人も、多数いることが判明している。そのため、上腹部症状を訴えて受診して検査した結果、慢性萎縮性胃炎以外の異常所見のみられない患者をどう診断するかが問題となるが、現在の見解では、nonulcer dyspepsia(以下NUD)とする考え方が有力である。ただNUDと上部消化管神経症は、大幅に重なり合っているのも事実である。
 胃炎の治療は、現在医学でも対症療法であり、多くが消化性潰瘍として開発された薬剤を援用している。急性胃炎は、急性胃粘膜病変(AGML)とされる急性多発性胃潰瘍を含めて、胃潰瘍と同じ治療で対応する。慢性胃炎は、心窩部痛と酸症状を伴う場合(胃内視鏡所見では、びらん性胃炎が多い)と、もたれ感と吐き気などの胃運動不全型(NUD)で対応している。対症療法であれば、漢方治療も十分に対応しえている。


消化管系-16
クローン病、潰瘍性大腸炎

概念
 慢性腸炎を代表する疾患は、クローン病、潰瘍性大腸炎および腸結核である。腸結核は、現在ではきわめてまれな疾患で、しかも抗結核剤がよく反応するので、漢方治療は治療の主薬とはなりえず、外科的に腸結核病変の切除を受けたあとの補助療法の意味しかない。その場合には、補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯などを用いる。
 クローン病と潰瘍性大腸炎の内科的治療では、現在医学でも用いる薬剤は基本的に同じで、ステロイド剤とサラゾスルファピリジン、メサラジンである。ただクローン病の場合は、主に成分栄養剤が用いられ、潰瘍性大腸炎の場合は、ステロイド剤の注腸療法が用いられるほどの差である。両疾患に漢方治療を行う場合でも、食事療法が大切なことは同じである。
 潰瘍性大腸炎の場合、軽症例は漢方治療だけで、中等症例では、漢方薬と現代医薬品の少量で、寛解導入と維持が可能である。重症例では、現代医学的治療の後、漢方薬を併用してステロイド剤の減量に望む。
 クローン病の場合は、食事療法を正しく行ったうえでの漢方治療である。潰瘍性大腸炎の漢方治療とクローン病の漢方治療の可能性を示す。




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