漢方医学
新春漢方放談
大塚 敬節  北里研究所付属東洋医学総合研究所/所長
津村 重舎  株式会社津村順天堂/会長


大塚 新年おめでとうございます。いつも何かとお世話になっております。
津村 おめでとうございます。こちらこそ本当にお世話になりましてありがとうございます。
大塚 今日は一つ、不老長寿のお話でもしようと思います。お宅は大体長生きの系統で、池袋のおじ様は百才まで、あなたのお父さんももお母さんもみな長生きですし、あなたも当然長生きされると思います。私のうちではみな短命でして、私が一番長生きで    、どうやら今日まで生きてきたのは漢方のお陰だと思いますが、あなたの方から長寿の秘訣――というといい過ぎかも知れませんが、お父さん、お母さんたちは、どんなふうな生活をされていたか、そういうことをお聞きしたいのですが。
津村 そうですね。私の母の方の祖父も82才でしたし、父の方の祖父も84才で、昭和6,7年くらいですから、その当時としては割合に長命の方ですね。生まれは両方とも奈良県で、すぐ近くです。生活といいますと、父の方の祖父は、大正時代からずっと東    京へきて一緒に住んだりしておりましたから、食事はいつもおいしそうに、お酒は必ず2合と決めて、それが夕方になると待ちきれないというくらいおいしそうに飲んでおりました。今でもよくその話をするのです。ふだんは特に摂生しているようには見えま    せんでしたが、案外丈夫なのと、あまり肉食をしておりませんでしたね。食事は野菜と魚です。祖母も非常に長生きで、終戦後亡くなりましたが96才でした。それで死ぬ2、3年前にむし歯ができて、むし歯は痛いものだと私どもにいったものでした。
大塚 それまでむし歯がなかったのですか。これは驚きました。
津村 そして硬い豆をボリボリとよく食べておりました。
大塚 私も今年喜寿なのですが、まだむし歯がありません。全部自分の歯です。その点だけは似ていますね。
津村 それが長寿のもとでしょうか。私は歯が悪くてだめなのです。祖母もあまり肉は食べておりません。やはり魚と野菜が主ですね。祖母は特に魚が好きで、よく食べておりました。あとは運動するとか、そういう特別のことは今の人から見ると何もやってい     なかったように記憶しておりますが、割合にまめによく動いておりましたね。
大塚 やはりお宅には遺伝的な素質があるから、あなたたちも当然長生きするに決まっているけれども、私は努力です。
津村 私はお蔭様で今日まで非常に丈夫で、胃潰瘍はいたしましたが、あとはほとんど病気らしい病気はしないで今日まできました。今日割合に元気だといわれるのは、やはり運動にゴルフをやり出して、それがまず第一によかったのではないかと思います    。もちろん胃潰瘍のあと、先生に処方していただいた医の薬をずっと顆粒にして飲んでおりました。そのせいですか今は何を食べてもおいしいですし、酒もよく飲むのですが、といってもやはり昔ほどは飲めませんが、あとが非常に具合がよろしいのです    。私が考えるに、自分が今日元気なのはやはり運動を割合にしますし、旅行などをしますと、街の中を一人でブラブラとずいぶんの距離を歩くのです。外国などへ行きますと、文房具屋を見て歩いたりするのが好きですから、割合に歩きますね。
大塚 お宅はみな楽天家ですからね。
津村 それはありますね。
大塚 お父さんには朝8時に行かなければお目にかかれないといわれていましたね。
津村 朝は早かったですね。
大塚 だから朝起きというのは、不老長寿の一つのもとではないですか。8時前に行かないと面接を申し込んでも断られるという噂を聞いていました。
津村 実際にそうでございました。父は夜は早かったですし、大体5時ごろ起きまして散歩をしたりしていました。途中からは糖尿があったりしたものですから、亡くなったのは72才でして親類の中では短命でした。
大塚 お宅としては若死ですね。
津村 やはり糖尿があったためだと思います。途中から仙川へ薬草園を買いまして、そこへ朝5時に車で行き、1時間くらい歩行計を持ちまして何kmと必ず歩いてから帰ると7時ごろになりますから、食事をして会社へゆくので8時ごろには出てしまいます。
    母も一緒になって起きるものですから朝は早い方でした。母は、創業当時から工場の仕事を自分が一手に引き受けて、さらに家事もしてりしていましたから、非常にやせていました。しかし父は若い時は非常にふとっていました。
大塚 池袋のおじ様は非常に養生家で、漢方の薬が好きでよく飲んでいらして、服装は洋服を着ないで、いつも着物で袴を着けて下駄をはいていらっしゃいましたが、そういうところは面白いですね。
津村 叔父は統制になりましたころから「私はもう商売はやめた、財産が少しあるからそれを食べていればいい」といって息子に仕事をまかせてしまって、早くから隠居をしておりまして、何もしませんでした。
大塚 体は大事にしましたね。あれくらい体を大事にすれば長生きをするといっていましたが、やはり百まで生きたということは並大抵のことではありません。
津村 うちの親戚の中ではレコードです。
大塚 漢方薬が非常に好きでしたね。やはり化学約をあまり飲んだのでは長生きしない-などというと怒られるかも知れないが、私も漢方薬以外のものは飲まないようにしています。大体植物に親しんだ人は、牧野先生にしても、朝比奈先生にしても、お宅の     植物研究雑誌を主幹された二人の先生はみな90才以上生きられたのですから、植物を大事にするということが、不老長寿に関連してくるのではないでしょうかね。
津村 それは確かにありますね。それから植物採集などをなさって山野を跋渉しておられますから、自然運動もするわけですね。そういう点では朝比奈先生もずいぶんお元気で、晩年まではっきりしたお仕事をしておられました。
大塚 先生は非常に少食で、亡くなる前年に私がお訪ねした時に、僕は36kgだといっておられましたが40kgなかったのです。それで麦飯を一椀と、それに今の栄養学からいうと生きて行けないようなものを食べて、あれまで生きて仕事をされたのですから、    今の人は食べすぎだと私は思うのです。
津村 その点私はちょっと食べすぎなので、これでは早くいくのではないかと心配しまして、近ごろいくらか食を減らしております。終戦後ふとりましたが、最近お米をあまり食べないようにしておりまして、このごろふとらないのでいいと思っております。
大塚 貝原益軒が「少なく食べて少なく眠って、うんと働いたら長生きする」と書いています。大体5時間か6時間で、食べるものも軽くて、ごはんも一ぜん食べたことはないのです。そうすると調子がいいのです。どうもたくさん食べると、眠くて頭の働きがにぶっ    てきて、だめになるのです。
津村 私などは頭が悪いから、少し食べすぎかも知れませんね。
大塚 私は酒を飲めないので、夜、ワインを猪口に二杯くらい飲むという程度の酒ですが、酒は百薬の長だというから決して悪いものではないし、いいものですが、皆さん飲みすぎるのです。少なければ薬ですね。
津村 そうでしょうね。私は食事は多いし酒も多いですね。いつか先生といろいろなお話をしておりました時に、先生が昔の本で秦の始皇帝の使ったいろいろなお話をしておりました時に、先生が昔の本で秦の始皇帝の使ったいろいろな処方の本を持っている    とおっしゃいましたが。
大塚 あれは清朝の皇族の不良長寿の秘密の処方を、日本の軍がいって孔版でうつしてきたものをもらったのです。しかし大したものではないですよ。
津村 そうでしたか。私としては運動をするのと漢方を飲むのとで体の調子はいいと思います。ですから先生が今おっしゃったように、寝るのは私も少ない方ですから、食事とお酒をお酒を少なくすれば、先生くらいか、もっと生きられるかも知れません。
大塚 私はまだ生きないと、やりかけている仕事がたくさんありますから。今年のお正月の年賀状に歌を作りました。「漢方の心をおのが心とし、若さに燃えて生きんと思う」若さに燃えてというところに力を入れて作ったのですが、これで病気になっがらもの笑     いになるからと思って、ますます大事にしています。漢方では、病気は調和が破れた時に病気になる、調和を整えることが病気の予防にもなるというので、食べ物もいいからといって無茶苦茶に多くとらないで、いろいろのものをとって調和が破れないよ    うにすることです。したがって、漢方薬は一つの薬だけではなくて、十もそれ以上も薬が入っているというところが面白いですね。調和のできたものをのむでしょう。ですから、民間薬のように一つの薬を飲むのではなくて、組み合わせがすばらしいのです    ね。調和というと、自分だけの問題ではなくて、対人関係の調和もありますから、人とけんかをして、いつもガミガミいっていてのでは不良長寿とはうまくゆきませんね。ですからこのごろはすぐ闘争という言葉を出しますが、あれは長生きとは反対の言葉    であり、もう少し円満にやるべきであると思います。
津村 そうですね。先生は非常におだやかにいろいろお話をなさいますし、患者さんのいわれることをよくお聞きになって診断をなさっておられるのですから、人のいうことに耳を傾けておられるという態度が、心をなごやかにしますし、先生のご健康にもいいの     であろうと思います。考え方としては人もそうですね。
大塚 やはり自分も患者さんも、ともに希望を持たなくてはいけません。患者さんは記号を持たなくては病気は治りませんから、希望を持たせるためには、よく患者さんのいうことを聞いてあげて、そして養生法を話して、治りますよという安心感を与えないといけ    ません。ところが若いお医者さんは「あなたの病気は治りませんよ」ということを平気でいうのです。患者さんが来て、何々病院でみてもらったら治らないといわれたといいますが、そんなことはいうべきではないと思います。私の腕には手に負えませんと    いえば話はわかります。その人が世界一の医者なら、治りませんという言葉も通用するかも知れないが、そうでもないのに治りませんとは何ごとかと私はいうのです。本当ですよ。自分の腕に負えないということはわかるけれども、治らないということは     なかなか簡単にいえないわけです。だから私も希望を持つし、患者にも希望を持たせるということです。
津村 それはやはり、人生というものは希望がなくなれば、健康も害しますし、生活自体も暗くなってきますからね。
大塚 そして調和のほかに、自然への順応ということが大切だと思うのですが、その点で漢方薬というのは自然に順応したものですからね。
津村 いつか武見先生とお話したら、漢方はいいのだが、これは東洋思想だから今の科学に対しては非常に理解がしにくい、今の科学を一応マスターした人は西洋医学的に考えるから、その中へ東洋的な思想を十分理解させるのは非常にむずかしいことだ    ということをいっておられました。
大塚 まるで反対ですからね。
津村 そうなのです。それで今先生がおっしゃったように、宗教的なものも、東洋的なものは必ず宇宙と人とが一体であるという解き方をしておりますね。必ず宇宙が入ってきます。神のみではないというのですね。
大塚 漢方では自分が宇宙なのです。私の体が宇宙なのです。私のへその中にお日様が入っているという考えなのです。天地が自分の体の中に入っているというのが漢方の考え方ですから、面白い考え方ですね。
津村 面白いですね。その辺で西洋的な考え方と非常に違うと思います。宗教でもそういう点ではかなり相違がありますね。しかし、これだけ科学が発達してきまして、したがって西洋的なものも非常に特徴があるわけですが、やはり人間の体と言うのは非常    に神秘的なところがありますから、そういう全体的な見方といいますか、いろいろなものを含んだ見方で、先ほどおっしゃったバランス、環境の調和というようなことも含めて漢方の治療ということをやっておいでになると思いますが、そういうことで健康にい    いということであろうと思います。
大塚 一つにはやりたいことがあり過ぎて、それをやるためには健康でなければならないから大事にするということですね。患者さんにも、自分の体験からこういうものを食べなさい、こういう生活をしなさいといいますが、それを守る患者さんと、守らない患者さ     んといろいろありますけれども、個人差があるから必ずしも私のいうことが一番いいのではないのです。漢方では個人差を非常に重んじますから、あなたが酒を飲んでも、私は酒を飲まないからいい、あなたは飲むから悪いということはいえないわけです    。酒をたくさん飲んでも丈夫な人は丈夫ですからね。
津村 そうですね。一番有名なのは、大観さんが亡くなるまでお酒を飲んでおられたというくらいですから。
大塚 大観先生は本当に少食で、私もお宅へ伺って夕食を一緒にいただいたことがありますが、「先生食べないですね」といいますと、「米のエキスを飲んでいるから米はいらんよ」というようなことをおっしゃっていましたが、やせて骨ばかりでしたね。お酒は飲    れたが少食でしたね。昔から大食は短命のもとなりといいますね。
津村 そうですね。私は食べることしか興味がないようで、下劣ですが、しかし健康のためには、大量にたべるのではなくて、おうしいものを少量食べることに転向するように心がけましょう。
大塚 それから年をとると、あまり不消化なものはとらない方がいいようですね。
津村 自然に食は少なくなりますがね。
大塚 それが当然だと思います。食べさえすれば元気になるなどというのは、唯物的な間違った考え方ですね。
津村 あまり食べないのもいけないでしょうが、今おっしゃったように、少食の方が健康的だということでしたら、食は控えた方が安全ですね。
大塚 私はそう思います。ですから食べさえすればいいという考えは、大変な間違いだと思います。しかし牧野先生は逆でしたね。日に4回食事をし、90才を越してもすき焼きばかり食べていましたから、私が注意しましたら、君はとわ人のくせに知らないのか    、土佐ではめしは腹の詰めであるという諺があるだろう、腹がすいたら詰め込んでおけばいいだろうと、ずいぶん非科学的なことをおっしゃいましたが、96才まで生きられましたね。そういう個人差がありますから、いちがいにはいえませんね。
津村 それでは私もうんと腹いっぱい詰めて、長く生きて、牧野先生のように大いに活躍できればいいと思います。先生は少食で大いに長生きをして下さい。
大塚 私はとても食べることはだめです。子供の時から胃腸が弱いから、食べようにも食べられないのです。ですから肝臓は弱いし、今日まで死なないで生きてきたのは漢方のお陰で、漢方をやっていなかったらとうに死んでいただろうと思います。
津村 本日はどうもありがとうございました。




和漢薬とその背景
武見 太郎 日本医師会/会長

 51年9月初めから、漢方薬が正式に健康保険で大量に使われることになりました。この新しい事実は非常に画期的なことでございます。
 健康保険制度のもとにおける医療は、従来すべて西洋医学でなければならないということでございました。したがって、それに使います薬も薬事審議会その他をへて、ダブル・ブラインド・テストというふうなことで、非常に厳重な動物実験、あるいはbiomedicalないろいろな実験をへまして、最後に人体実験が行なわれ、合格したものが選ばれて、薬として使われるということでございました。漢方薬はそのような道程をへないで使われていたということであります。
 この点で、私は、社会保険の一大進歩であると考えるのであります。なんとならば、国民の生命を救うということが究極の目的である以上、西洋医学に固執する必要はない、ひろく皇漢医法で効果のあるものは採用するという、行政的な大きな転換があったということだと考えなければなりません。
 それはどういうことが原因かと申しますと、一部には、西洋医学が行きづまっているから漢方によるんだ、それで難病、奇病というふうな、なかなか治らないものは漢方にすがるというような気持ちで漢方を許可したという節がありますが、私はこれはちがうと思います。また、このごろ漢方医学を、西洋医学流に分析、解析をいたしまして、その効果を決定しようとする考え方がありますが、私はこれについても問題が非常にまちがっていると思います。
 西洋医学はscientificな方法論を軸といたしまして、帰納法を中心とした論理で成立しております。そしてそれは、細胞学あるいは分子、原子の細かい世界から発しまして、臓器組織というふうなものの段階にはいっています。ですから、どちらかといえば、分析的な学問になっております。それとは全く別な立場で、生体機能というふうなものは生理学の領域でやられております。しかしながら、西洋医学といえども、最近は電子顕微鏡の進歩によりまして、形態と機能が同時に考えられるという。非常に革命的な要素が起きつつあるということが、案外忘れられているように思います。
 それならば漢方が見直されたのはどういうことかということになりますと、これはやはり数千年に亘る経験の医学というものを、現代において無視できないという事実が率直に認められた、というふうに解釈するのが当然であろうと思います。

■漢方医学の基本は機能学
 漢方は診断と治療が一体になっております。はなはだ独断的でございますけれども、漢方では人間の解剖学は、むしろ体表解剖学(体の表面の解剖学)というような名称で呼ばれる解剖学であり、そしてそれは、あくまでも機能との関連において、昔、顕微鏡のない時代から考えられていたというわけで、漢方医学の基本的な考え方は、私は機能学であるというふうに考えます。それで人間の体の機能というものを考えるときに、漢方医学はどのような態度をとったかと申しますと、相関関係の医学というふうにいえると思います。臓器の相関、これは非常に大きな現象でございまして、西洋医学でも自律神経系統などというのは、一つの相関の医学の基本を成す考え方でありますが、漢方医学は、自律神経の概念なしに、相関の医学というものを機能学的な立場から考えていたということは注目しなければならないと思います。
 また、その機能学というみかたで人間をみていくということでございますが、私は漢方の人間観というのは、中国哲学の人間観であり、そして現象学は易学のような一つの別の意味におきますところの確率論というふうなものから出てきていると思います。漢方は人間をとらえますのに、人間全体としてとらえております。これは相関関係の医学としては当然でなければなりませんが、常に全体として把握するということであります。全体的な把握と申しますのは、人間のbehavioral scienceも、それからbiomedicalのscienceも全部包括いたしまして、そういうことを考えているわけであります。
 『傷寒論』は漢方医学のバイブルといわれておりますが、私は一人で暇なときにコツコツ読んで、全体を読んだことがあります。その結果、医の哲学というものについて、西洋医学の医の哲学とは異質のものが東洋にあるということを発見したわけであります。それがいろいろなところに応用されまして、たとえて申しますと、診断学の中にはsymptomatology(症候論)というのがございますが、漢方医学では症候論もないことはないのでありますが、同じ症候論と申しましても、これは人体の現象学としてとらえているというふうに考えた方がいいと思います。ですから漢方の症候論は非常にダイナミックであります。それから診断法もですね。まあ、脈診の法とか腹診の法とかいろいろ専門家はむずかしい診断法をご採用になっているようでございますが、私は脈診の法だけは少し考えさせられることが多いのであります。
 西洋医学では血圧を計ります。漢方医学では血圧は昔は計らなかったわけでありますが、脈診の法で血圧の概念をおさえていたということが考えられると思います。それから、その人の精神状態によりまして脈搏の変化が大きくなってまいります。それをとらえたということは、西洋医学の脈搏の概念にはあまり出てこないことであり、ことに脈搏の診断学の中にはそういうことはございません。それからまた脈が、呼吸などと相関いたしましていろいろな現象が起きてくる、あるいは呼吸性不整脈が起きてくるというような時には、漢方ではどう考えるかということが教えられております。
 それから、血管壁の性質も脈診の法ではわかるわけであります。脈診の法というのは漢方の診断学の一つのエッセンスを成していると、私は思うのでありますがこの脈診の法というもので、循環器病関係の器械が非常に進歩いたしました今日といえども、循環血液量、循環時間、あるいは精神的な影響、血管壁の抵抗、それから呼吸との相関、あるいは腹部の膨満というふうなものとの相関、そういう相関関係が非常にうまく考えられております。現在のどんな精密な器械装置を使いましても、それらを同時に測定することはできません。ところが漢方医学は、それらのものを一つの大きなまとまった概念といたしまして、人間と人間との和、つまり医者と患者との間にできる一つの場というものの中で、複雑なものを複雑ななりにとらえていこうというとらえ方でありまして、このとらえ方は西洋医学の概念にはなかったことだと思います。
 そういうふうに、西洋医学の現象学は孤立的な現象学であるのに対して、漢方医学の現象学は、人間の体の相関関係の現象学であるというふうに私は理解したいのであります。

■東洋哲学を基礎にした漢方医学の人間論
 その次に大きな問題として、治療というもののいろいろな例を考えてみますと、人間全体としてみますときに、内臓諸器官の機能状態が体表面にはどういう形で現われるかという体表解剖学的な観察が、非常に行き届いていると思います。体表解剖学的な観察をこのように緻密にいたしますことは、非常な努力を必要といたします。これは患者さんの方は無意識に考えておりましても、医学の面から、ことに相関関係の現象学の立場から申しますと、そこに新しい意義を見出してくるわけであります。
 西洋医学は経験医学というものを軽視いたしますけれども、漢方医学は経験医学というものを人体の現象学としてとらえるという、別のとらえ方をいたしますので、単なる経験医学にとどまらないで、その人の体全体との関係において一つの現象学が成り立ってくるというところに、深遠な診断学と治療学とが一体になっているということであります。私は、易の哲学というようなものがこうした考え方に大きく影響したことは当然であろうと思います。西洋医学の哲学と漢方医学の哲学との間には、そのような大きな違いが、素人の私でも考えられるのであります。
 それならば理論がないのかといいますと、理論は立派にございます。漢方医学は経験の単なる寄せ集めではなくて、現象学として一つの理論体系をもち、そしてそのなかで機能学的立場をとっています。現象学にも解剖学的な立場の現象学と、機能学的な立場の現象学がありますが、そこには相関関係の医学がちゃんと入ってまいりまして、機能学的な現象学というふうな立場はとらえております。
 ですから漢方は、一つの理論体系をもっておりますけれども、演繹的な方法の場合に近いものが相当にございます。帰納的な論理は、漢方医学の論理としては非常に少ないようであります。しかし私は、それらの帰納と演繹のほかに漢方医学が考えております人間論というものを、大きく考えていったほうがいいのではないかと思っております。漢方医学の人間論には、ヒューマニティというものがエッセンスとして存在していると私は考えます。漢方医学それ自体はヒューマニティであるというふうにいってもさしつかえないと思います。そういう立場で医者と患者との人間関係が考えられ、そして患者の生活環境の問題その他が全部入りまして、今まで申し上げましたような形が生まれてくるわけであります。ですから私は、漢方医学を理論医学として考えようとするならば、中国哲学を深く勉強して、東洋哲学的な立場にたって人間を考えてゆき、そして漢方医学はヒューマニティであるという考え方が必要になるであろうと思います。
 薬の方の漢薬だけの問題でなく、鍼灸の問題にいたしましても、経路などというものは西洋医学には考えられなかったものでございますが、漢方医学に理論があるという一つの証拠だと思います。経路というような考え方はどういうところから生まれてきたかといいますと、これはたくましい想像力の人々が、人間の五感というものを適切にとらえて、そしてそれを組み立てていった一つの理論でありまして、その背後に漢方医学の人間観がなければ、あの経路の地図は生まれてこなかったろうと思います。今日、西洋医学の麻痺と、漢方医学の針(鍼)麻酔というものは接近してきたようにみておりますけれども、私は経路を離れて漢方の鍼は存在しない、同じように麻酔の効果が得られたとしても、それは理論が違うというところで、大きく反省をしなければならないのではないかと思うのであります。
 この経路というものを、もし漢方の方々が捨ててしまいますならば、漢方の鍼は衰退の一途をたどるだろうと思います。そこに私は、西洋医学との安易な妥協というものはあってはならないし、中国哲学を離れてしまった漢方医学は、学問の背景を失ったテクノロジーにすぎなくなると思うのです。もっと徹底的に経路の理論というものが発展してまいりますと、新しい人間の感覚を中心とした一つの神経支配というものが考えられてきまして、行動科学的な観察が可能になるのではないかと私は思います。

■漢薬の背景を知ることで新しい時代を拓く
 現代の西洋医学が万全だという考え方ではなく、物の考え方、哲学的な背景を異にした社会というものが人間にはあっていいのだということがはっきりいえると思います。また私は、いろいろな臨床経験におきましても、漢方医学がすばらしい効果をおさめた例をいくつか知っております。心不全、それから心臓喘息、そして心筋障害というものがある患者で、西洋医学のいろいろな方法でやってもうまくいかないものが、漢方のある薬によってきれいに治るということを何例か私は経験させれれております。これは私だけの経験でなく、何人かのすぐれた心臓病学者が認めているところでもあります。
 しかし、そういうふうに断片的な効果だけをねらうことはまちがいでありまして、そうなってきますと、同じ心臓喘息の症状を呈する心不全の場合でも、漢方薬の適応にあったものと、あわないものとを鑑別しなければなりません。西洋医学はその点は別の鑑別方法でまいりますが、漢方医学の先生方は証という言葉でいっていますが、これは漢方医学の一つの倫理体系の重要な拠点だと思います。そのほか針(鍼)麻酔というようなものは事実行なわれておりますし、また私は鍼によって利尿がつくというような現象も十分観察する機会をもっております。
 今後、漢方医学の講座が開かれまして、次々にそれぞれの講師によって漢方医学の内容が披瀝され、西洋医学を勉強した我々に新しい世界が与えられる、そしてそこで考えが固定することなく、フレキシブルな立場でこれを受け取っていく、さらに臓器相関ということは、内分泌には非常に影響いたしますから、私はホルモン学説などというものも、漢方医学では大きくはいってくると思います。ホルモンの学説のないときにそういうことを考えた思考能力をもつ医学というものを、私は改めて取り入れる必要があると考える次第です。
 西洋医学の教育をうけた我々は、現象とその説明にはずいぶん努力と関心をもち、分析哲学の背景を知らないでも科学の路線を歩んでいます。しかし、漢方医学の場合は中国哲学といってもずいぶん幅広いものですが、思想的にはその影響下にあって人間観が成立し、疾病観が成立し、健康観が人間観の中に生きていることをまず知るべきだと思います。そして漢方医学の手技を学び、漢薬の背景をたずねることによって、新しい時代を創め得るのではないかと思います。
 漢薬の健保採用を機会に、私のささやかな印象をまとめる機会を与えられたことを感謝します。




漢方薬の基礎知識(1)
大塚 敬節 北里研究所付属東洋医学総合研究所/所長

 これから漢方薬の基礎知識という題でお話し申し上げます。
 漢方薬といわれているものは、植物と、動物と、鉱物を材料にしたものでありまして、現在では大部分が植物です。今から1400〜1500年くらい前には、鉱物を非常に多く使った時代がありましたが、それは長くは続かなかったのであります。

■修治という作業
 これらの動物、植物、鉱物はなるべく天然に近い性状のままで用いるというのが、漢方薬の建前になっております。しかし、天然のままそのままではいろいろ用いるのに不便なことがあったり、また副作用のあるものがありますから、簡単な修治という作業を行ないます。修治とは、例えば漢方薬の大事なものに麻黄という薬物がありまして、「麻黄節を去る」と書いてあります。麻黄という薬物はエフェドリンの原料で、これにエフェドリンが含まれていることは皆さんご承知だと思いますが、麻黄は利尿作用と発汗作用があり、喘息にも使われますが、節の所と、節でない所とでは作用が反対になっています。それで節を除くのだということになっております。
 それから「附子炮ずる」ということがあります。附子とはトリカブトの根の母根(もとの根)に着いた子で、そのため附子と呼ばれるわけですが、これは毒薬というよりは、むしろ劇薬といった方がいいでしょうが、昔はこの附子を煮た汁を酒に加えて相手にのませて人と殺すというふうに毒殺に使われたり、アイヌが熊を射る時に矢の先につけて熊を殺すという、あの猛毒のアコニチンが含まれているのであります。ところがアコニチンは熱を加えると分解しますので、炮ずるということをやります。炮ずるというのは、和紙を濡らして附子を包んで熱灰の中に長く置いておきますと、附子の中のアコニチンが分解してきますが、その分解を狙ったもので、こうすると附子の中毒作用を防ぐ働きがあります。
 それから甘草は炙るということをします。炙るとはどういうことかと申しますと、甘草を炙りますと粘液質のものが減るわけです。甘草は非常に甘いので、人によっては胃にもたれるけども、炙って粘液質を減らしますと、あっさりして胃にもたれなくなるということがあります。ところで甘草は喉の痛みなどに非常によく効くのですが、その時には粘液質が必要ですから、炙らないで使います。これはみな傷寒論に出てくるのですが、なかなか合理的なことを今から2000年も前の本に書いてあるわけです。
 蜀椒とは山椒の実ですが、これは汗を出すと書いてあります。汗を出すということは炙って油を出すということで、油を出すということは、新しい山椒の実は刺激が強すぎて副作用がありますので、少し油を減らそうというわけです。こういうようなものがたくさ出てきます。こういうのは本当に簡単な、自然の姿をそんなにひどく歪めたものではないわけです。漢方薬というものはこういうふうにして調整されたものであります。
 こうした漢方薬には種々雑多な成分が含まれております。昔は、有効成分だけ取り出したら、その有効成分がその漢方薬の成分であって、それがその漢方薬の作用を示すように考えられておりましたが、このごろは漢方薬の分析が進んできて、有効成分と思われているもののほかに、いろいろの微量の成分が含まれているということがわかるようになってきました。
 このように、結晶として取り出される有効成分のほかに、微量成分がたくさん含まれているということが漢方薬の一つの特徴でありまして、そのために作用が非常に温和で、あとで述べるように数種の薬を組み合わせて処方として用いる時に、いろいろの成分が含まれておりますので、相手の薬の次第によって、その薬のある作用は非常に強化されて強くなり、またある作用は抑えつけられて弱くなるというように、相手次第でその薬の働きが違ってきます。場合によっては、その組合せ次第ではまるで反対の作用さえ起こるというようなことも出てくるわけです。
 たとえば今申しあげました麻黄ですが、麻黄は桂枝と一緒になると発汗作用がありますが、石膏と一緒になると汗を止めるという反対の作用になってくるというように、非常に面白い現象があります。
 この組合せの上手で巧妙なことは、漢方の薬物療法の最古の古典でありまして、また最高の古典でもある『傷寒雑病論』が第一等でありまして、これ以上の組合せの巧妙な処方が出てくる書物はありません。この『傷寒雑病論』は、後漢の末に著されたものですから、今から1700年ほど前のことですが、この本はそれより前のいろいろな治療法を集成してつくったものですから、実際はもっと古い経験の上に立っているわけであります。

■解析不明な成分
 私はよくお医者さん方から、「あなたの使っている漢方薬にはどういう成分があるか、そしてその成分にはどういう薬理作用があるか」ということをよく聞かれるのですが、漢方薬ではまだよくわからないものがたくさんありまして、有効成分では説明のつかないような働きがあるわけです。それは微量成分と有効成分といろいろ総合して出てくる薬効ですから、わかっている有効成分だけで云々するということはちょっと問題があると思います。
 ところで、この有効成分だけを取り出した、たとえば麻黄からエフェドリンだけを取り出して、さらにそのエフェドリンと同じ化学構造のあるものを合成して作ったものをのむ場合と、麻黄そのものを煎じてのむ場合、その両方にエフェドリンが含まれているわけですが、漢方薬を煎じてのんた場合にはみられないような副作用が、合成したエフェドリンには出てくるということが多いのであります。このように考えてきますと、漢方薬に含まれている微量成分というものは、昔は不純物として捨て去られていましたけれども、実は不純物ではなくして、むしろ重要な成分であるということがだんだんわかってきたのであります。
 たとえば葛根は有効成分が澱粉です。そこでひどいことをいう人は、葛根が澱粉なら、じゃがいもでもいいだろうという暴論を吐く人もありました。それはそれまではっきりしたことがわかっていなかったからそうでしたが、戦後になって東京大学薬学部生薬学教授の柴田先生たちが、葛根の中からいくつもの微量成分を検出しまして、その中に筋肉の緊張を緩和する作用のある微量成分のあることがわかってきたのであります。そうしますと、そこで初めて葛根湯が肩のこり、筋肉の緊張をとく働きのあることとむすびついてくるわけです。澱粉ではどうしても肩のこりをとるという説明はつかなかったのでありますが、この微量成分がわかってみると、なるほど葛根は肩こりに使ったり、腰の痛みに使ったり、筋肉の緊張をやわらげる働きがあるということがやっと証明されたわけであります。漢方薬にはまだまだわからないことがいっぱいありますので、どうも成分でものをいう時期にはなっていないのであります。
 漢方薬は産地によって、また採集の時期によって、あるいはその保存状態によって品質に上下が出てきます。そのため規格を定めることが非常にむずかしく、また類似品(にせもの)があります。それからまた本物とまぎらわしいために、にせものが横行しているということがありまして、これが漢方薬を使う場合の大事なことになるわけです。たとえばオオツヅラフジの根を漢防已といいまして、これは鎮痛作用もあるし、利尿作用もあるし、心臓病にもよく使う薬ですが、これがアオツヅラフジの幹が漢防巳として市場に出まわることがあって、木防巳、すなわちアオツヅラフジとオオツヅラフジとでは植物が違いまして、成分が違いますから、作用がうまく出てきません。そういうにせものがあるということであります。それから細辛というウスバサイシンの根が土細辛というカンアオイの根にまぜこまれて売られていることがありますが、これも作用が違ってきます。また滑石というのがありまして、これは尿道のあたりの刺激をなくして尿を円滑に出す作用があります。漢方では、たとえば淋疾のようなものでなくても、小便が淋瀝する病気は全部淋といいまして、尿道炎でも膀胱炎でも、あるいは膀胱結石でも淋になるのですが、滑石はそういう場合の治療に非常に大事な薬物であります。これは鉱物ですが、淋には日本薬局方の滑石は効きません。日本薬局方の滑石はタルクであって、われわれが使うのは唐滑石で、薬が違うわけであります。ですから同じ名前で呼ばれていても、いろいろ問題があるということです。また、柴胡というのは漢方で一番大事な薬物ですが、これなどは産地によって成分が非常に違ってくるというような問題もあります。
 それから漢方薬は、ものによっては非常に虫のつきやすいものやカビの生えやすいものがありまして、したがって保存状態が悪かったり、また長く貯蔵しすぎたものは効力が少なくなるということがあります。これは保存の問題が大事であるということであります。

■漢方薬のよし悪しの見分け方
 ところで、漢方薬のよい悪いはどうして見分けるかということになりますが、漢方薬は刻まないでそのままで見るとよし悪し非常によくわかるのでありまして、私たちは開業した当時は自分で刻んだものです。自分で刻むとその薬に親しみがわいて、その薬のよし悪しがよくわかったものです。そのようにして慣れてきますと、一目見てにせものか、よい悪いかもだんだんわかってくるわけであります。ところが丸薬にしたり、エキス剤にしたりしますと、どういう材料を用いたかということの区別がむずかしくなってきます。
というのは、まだ成分がよくわかっておりませんので、分析してみたところで、分析の結果によって、いい薬を使ってあるとか、悪い薬を使ってあるとかいうことがはっきりしません。場合によっては入れなくてはいけない薬を入れなくても、それを入れなかったという証明ができないというようなことも出てきます。したがって丸薬やエキス剤は分析してみたところであまり信用はできません。そうなれば、結局製剤を担当している会社を信用するか、あるいは実際に用いて効いたからあれはよかったというようなことによって、その会社の薬は信用できるというようなことになるわけであります。
 私たちが日常用いている薬物は250〜300種類くらいのものでありますが、その80%近くが国外、とくに中国からの輸入品であります。ところが今年は日本への輸入がひどく制限されましたために、品物によっては昨年の5倍〜10倍の値段になったものもあります。中にはだんだん入手ができなくなったものもあります。そこで問題は、いつまでも国外依存では漢方の行く先が心細いのではないか、日本で自給自足の体制を整える必要があるだろう。北海道から沖縄まで、寒いところから暖かいところまでの気候を利用すれば、漢方薬の栽培は必ずしもできないことはないのではないかという気運がだんだん高まってまいりまして、私もことあるごとにこれを強調しておりますが、今まで日本で栽培が困難だとされておりましたものの、すでに試作に成功したものも若干ありまして、今後の見通しは明るくなってきました。そこで、このような重大な仕事を民間にまかせきりにせずに、政府が積極的にこの指導とか援助に力をかさなければならないのではないかと私は考えております。
 戦争中から戦後にかけて、中国からの漢薬の輸入がほとんどなくなりまして非常に困りました。その当時、日本にあるもので間に合わせようということで、私は民間薬を研究しましたが、また一方で、お百姓さんに頼んで漢方薬を栽培してもらったことがあります。そしてできあがっていよいよ売るという段階になりますと、中国からきたものが安くて、日本のものが高いということになって売れなくなりまして、お百姓さんに非常に迷惑をかけたことがあります。ですから、これは政府の力によって、向こうのものには税金をかけるとか、政府が経済的な援助をしなければ、今後はできないのではないかと思うわけであります。これは今、北里研究所でも北海道で栽培を計画しておりますが、こういう仕事を指導する人がまだあまりありませんので、今後の重要な問題の一つであります。




漢方薬の基礎知識(2)
大塚 敬節 北里研究所付属東洋医学総合研究所/所長

■漢方薬と民間薬の違い
 前回に引き続きまして漢方薬の基礎知識ということでお話しをいたします。
 漢方薬と民間薬というのがありまして、よく「げんのしょうこを飲んでおります」、「どくだみを飲んでおります」といわれまして、そして患者さんはそれが漢方薬であると思っているようです。中には「便秘するからセンナを飲んでおります」という患者さんもあります。しかしセンナというのは西洋の生薬で、漢方薬ではありません。ところが漢方薬と日本の民間は薬は、材料的に区別することは非常に困難でありまして、漢方薬として私たちが用いているものを、民間薬として素人が用いているものもずいぶんあります。また逆に、民間薬として素人が用いていたものを、私たちが漢方薬として取りあげる場合もあります。したがって、漢方薬も民間薬を母体にしてだんだん発達してきたものでありますから、その使用法によって両者は区別されます。
 たとえて申しますと、自然食の店へゆきますと人参茶というのを売っております。朝鮮人参を材料にした顆粒状のものやエキス剤があり、これは元気が出ますとか、不老長寿の効があるとかと効能をいって売っております。丈夫になりたかったらどうですかなどといって私にもすすめてくれました。それで「私は丈夫だからいいです。どうもありがとう」といって笑って帰って来たのですが、こうなりますと朝鮮人参はもとは漢方薬であっても、ただ丈夫になりたいというのでお茶として飲むなら、これは民間薬として用いることになるわけです。どくだみは民間薬として非常にすぐれたものであり、これは生のものと乾燥したものとでは働きがまるで違うという、非常に面白い作用を持っておりますが、ここで詳しいことを申しあげる時間はありません。しかし私たちはこれを漢方薬の中に取り入れて、漢方の薬と一緒に処方として用いております。
 漢方ではどくだみを魚腥草という名で呼びます。これに甘草を加えて、漢方で心不全などによく使う木防已湯という処方に加えて狭心症の患者にやりますと、狭心症の発作が起こらなくなったり、非常によくなります。そうして見ますと、どくだみも漢方薬となるというのはということになります。ただ、どくだみをお茶代わりにして飲むというのでは、これはやはり民間薬ということです。したがって民間薬と漢方薬との違いは、漢方薬は漢方流の診断によってほかの薬と組み合わせて処方として用いる、民間薬は素人判断で民間伝承薬として用いる、ということによって区別ができるわけであります。

■漢方薬の性質による分類法
 漢方薬は、その性質によって温、熱、寒、冷(涼)、平の五つに分けております。温は体を温めて新陳代謝を促進する作用のある薬物をいうのであります。たとえば桂枝ですが、これは肉桂に似たもので、辛温と書いてありまして、こういうものが温薬です。それから五味子、細辛も温薬であります。大体温薬は刺激性がありまして、口に入れるとピリッとする揮発分の含まれているものが多いわけです。それから朮というのはオケラの根ですが、これは苦くて温ということになっております。そうしますと温薬というのは、冷え症であるとか、胃腸の働きが弱いとか、要するに新陳代謝が衰えている場合に、それを奮い起こすという目的で用いるわけでありますが、もちろんこれだけ用いるのではなくて、ほかの薬物と組み合わせて使うわけであります。
 熱薬ということになりますと、さらに温の程度の高いもので、温める程度も強く、新陳代謝を亢進させる力も強い薬物であります。これは附子(トリカブト)が代表的な薬物になっております。これは非常に冷えて、危篤の状態で脈などもやっと触れるような患者を目標に附子を用いることになっております。
 寒と冷は消炎、鎮痛というような作用があるものが大部分でありまして、たとえば石膏があります。石膏細工の石膏は無水ですが、漢方で使う石膏は、天然の含水硫酸カルシウムでありますから、これは熱の非常に高い場合とか、非常に興奮してさわぐ場合とか、あるいは湿疹などでひどく体が痒いとか、要するにすべて炎症でも興奮でも、こらえられないくらい厳しい状態を目標にして使う薬物でありまして、昔から附子と石膏を上手に使えば名医であるといいますが、これは温める方と冷やす方の両極端の薬ですから、それを上手に使えばたしかに名医であると思います。それから地黄という、血をふやし、体にうるおいをつけたりする一種の強壮剤ですが、これもやはり冷薬に入っております。黄連は、非常に苦いもので苦味健胃剤として使われることがよくありますが、これが鎮痛、消炎の作用があります。
 それから平というのは寒、熱、温、冷どちらにも片寄らない中立の薬物で、これには甘草、大棗(なつめの実)、茯苓(松を切った根の中に出てくる一種のきのこで、マツホドという)、阿膠(馬、ロバなどの皮からとったニカワ)、葛根、木通(あけび)などは平になっております。これらのものをうまく組み合わせることによって漢方の処方ができるわけであります。

■処方に名前があるのは漢方のみ
 漢方薬の処方は薬方と呼ばれておりますが、ここでは処方という名前で呼ぶことにいたします。西洋の薬は処方に名前はありません。医者が勝手にバラバラに用いておりまして、飲ませる薬を組み合わせて名前をつけるということがありません。ところが漢方の処方は、君、臣、佐、使というように分けて薬を組み合わせるわけです。これは中国の医学というのは非常に政治的な色彩が濃厚で、処方にもこのような名前がついておりまして、そういうような組み合わせによって処方をつくります。
 たとえば葛根湯という処方を例にとってみますと、葛根湯というから葛根だけ入っていると思う方がありますが、そうではなくて、葛根湯では葛根が君薬です。一番分量が多くて大事ないわゆる君薬です。それから麻黄と桂枝が臣薬です。そして生姜、甘草、芍薬の根が佐薬です。それからなつめの実の大棗が使薬となって組み合わせができておりまして、それによって葛根湯の働きがどのようになるか決まっているわけです。このように処方に固有名詞で名前がついているということは、世界中で漢方薬の処方以外にはないのではないかと思います。
 その処方の名前も非常に面白いもので、たとえば葛根湯、桂枝湯、麻黄湯、呉茱萸湯というような名前は、これは処方の中の一番重要な薬物をとって名にしてあります。たとえば葛根湯は葛根が一番大事で君薬、桂枝湯は桂枝、麻黄湯は麻黄、呉茱萸湯は呉茱萸が一番大事というふうに君薬の名を処方の名前にしたものがあります。また中には処方の中の割合大事なもの2味をとって処方の名前にしたものもあります。たとえば当帰芍薬散です。これは婦人病の薬として有名で、当帰芍薬散、桂枝茯苓丸といえば婦人病の薬であるとピンとくるほど大事で、生理不順とか冷え症だとかいう時によく使う薬であります。当帰芍薬散といっても、当帰、川きゅう、芍薬、茯苓、朮、沢瀉とが入っておりまして、そのうちの当帰と芍薬をとってあります。桂枝茯苓丸は桂枝、茯苓、桃仁、牡丹皮、芍薬とが入っておりますが、桂枝と茯苓をとって名づけております。それから防已黄耆湯というのは、防已と黄耆がこの処方の一番中心になるからこの名前がついています。きゅう帰膠艾湯は止血薬で、非常に面白い薬効のあるもので、これは川きゅうと、当帰と、先ほどの阿膠(にかわ)とよもぎの葉とが入っておりまして、このような名前のものもあります。
 また簡単な組み合わせの処方になりますと、人参湯などは四つ入っておりますが、人参が主でありますので人参湯となっております。二つくらいのものは二つの名前だけあげてありますが、四つくらいの葉になってきても四つ全部の名前があげてあるのもあります。たとえば麻黄と杏仁(あんずの種子)、甘草、石膏で麻杏甘石湯といいまして、喘息とか喘息性気管支炎によく使われる面白い処方のものであります。漢方薬の面白いところは、この麻杏甘石湯が喘息や気管支炎の薬ばかりかと思っていますと、これは痔核の痛みにこれをのむと止まるということです。なぜ痔核の痛みに喘息の薬が効くのかといわれても私には説明がつきませんが、使えば効くという、こういう問題が漢方薬にはあります。
 甘麦大棗湯とは、甘草と小麦となつめですが、これはヒステリーの大発作に使って非常によく、また舞踏病の患者によく効きまして、これは甘草、小麦、なつめですから薬らしくなく、まるで食べ物のようなものですが、その効果は大変なものです。桂枝甘草湯は桂枝と甘草が入っており、動悸が非常にはげしい時によく使います。芍薬甘草湯は芍薬と甘草で鎮痛薬であり、はげしい胆のう結石の痛みなどで、こらえられないような時に頓服としてのませますと痛みがとれるという、非常に面白い働きのある薬物です。
 そのほかいろいろありますが、中には入っている薬の数、たとえば薬が八つ入っているから八味丸といい、四つ薬が入っているので四物湯、四君子湯というような名前がつき、あるいは六つ入っているので六君子湯という名前がつくというように、構成されている薬物の数をとって名としたものもあります。また面白いものに、処方の名前を見ると、その薬がどのように効くかということがわかるものがあります。これは中国の人たちの知恵であり、たとえば続命湯というのがあります。命を続ける湯とはどういうことかといいますと、脳出血とか脳軟化症で半身不随や言語障害などを起こしているものにこと続命湯を使いますと、そういう症状がだんだん軽くなってきまして、生き延びるというのでこの名前がついています。
 十全大補湯とは、10種類の強壮剤を組み合わせてありまして、病後などで気力、体力ともに衰えた折に用いると体力、気力ともについてきます。
 先に申しました八味丸は腎気丸ともいいまして、昔の腎というのは泌尿、生殖器全部をひっくるめて腎といいます。したがって腎の機能を強化するのが腎気丸、いわゆるこのごろの八味丸です。これは老化を予防する治療薬として有名ですが、このように漢方の方の腎が腎臓だけではなくて、泌尿、生殖器の方までも含めていうので、応用範囲の非常に広い、面白い薬効のある処方であります。
 補中益気湯というのがあります。中とは内臓、とくに消化器を指しております。したがって消化器の働きを補って気を益す、すなわち元気をつけるのです。胃腸の働きを丈夫にして元気をつける補中益気湯というわけです。
 なかには立効散、立ちどころに効く散というので、これは本当に口に入れたらパッと歯の痛みのとまるという実に不思議な働きがあります。立効散のなかには先ほど申しましたウスバサイシンの根が入っておりまして、ウスバサイシンには局所麻酔の作用があるようです。このようなことは書いてはありませんが、私の考えではそのように思います。したがって、飲まなくても、口に入れただけで歯の痛みが止まるわけです。
 こういう面白い名前のついたものがたくさんあり、処方を見ただけで、この薬がどういう場合に使うかということがわかるということはありがたいことでありまして、漢方を勉強する上においていろいろ役立つと思います。今日はこんなところで一応終わりにしたいと思います。





漢方医学の流れ(1) 中国編
 大塚泰男 北里研究所付属東洋医学総合研究所/部長

 漢方とは、中国医学の影響のもとに日本で発達した医学であります。したがって漢方を理解するためには、中国本土における伝統医学の歴史を知ることが不可欠であります。そこで本日は中国本土における伝統薬の歴史を簡単に述べてみたいと思います。

■中国医学の原形時代
 私どもが承知しております最古の文献と申しますと、医学の文献としては紀元前2世紀くらいまでですが、もちろんそれ以前の医学以外のいろいろな本に、中国の医学や薬のことが断片的に出てきます。たとえば『山海経』という本には非常に古い形の中国医学が出ております。その時代の治療法を見てみますと、薬を飲むということのほかに、薬を体につけるということがかなり行なわれたようであります。今日、私どもが薬を飲むことを内服と申しておりますが、服という言葉は身につけることをいっておりまして、今の内服の意味には食するという言葉を使っております。
 中国医学のバックボーンをなしております陰陽五行説は非常に古くからありまして、紀元前1400年、あるいは1500年という時代の、一番古い文献であります甲骨文の中にもその萠芽が見られるのでありまして、特に孔子のあたりからは、陰陽あるいは五行という考えは非常にたくさんの文献に見られるのであります。そして、孔子の時代に近いころに扁鵠という名医が出たということでして、扁鵠の記録が『史記』という本に伝わっておりますが、その中に今の中国医学の原形というものが見られるのであります。それから扁鵠は非常に面白いことをいっております。それは、そのころはおまじないをする巫がおり、病気を治すには、巫女に頼るか、医者に頼るかしなければいけないことになっていました。そして扁鵠のいった言葉として、「巫女を信じて医者を信じないものは病気は治らない」というようなことが書いてあります。
 中国の非常に広い版図を統一した秦の始皇帝は、ご承知のように本を焼いてしまったのですが、医書は残されたということで、そのころから中国医学は非常に進歩してきます。とくに秦に続く前漢の王朝の時代には、中国医学の最古の古典であります『皇帝内径』という本が書かれました。これは現存する中国医学の最古の古典であります。著者はわかりませんが、書かれたのはおそらく前漢期であったろうと思われます。この中には中国医学の基礎理論、生理、個人衛生といったものが書かれており、さらに鍼灸療法について、経路であるとか、鍼灸の基礎理論、あるいは実践の方法などが克明に述べられております。ただし薬物療法についてはほとんど触れられておりませんで、ただ断片的に述べられているにとどまっております。この本が中国医学のもっとも古い大事な古典で、現在でも中国医学を研究するものにとりましては必読の書となっております。この『皇帝内径』は『素問』と『霊枢』という二つのパートからできておりますが、特に『素問』の方には基礎医学的なことが多く、『霊枢』の方には鍼灸のpractikalなことが書かれているわけであります。
 前漢に続く王朝として、後漢という、紀元1世紀、2世紀に相当する時代がありますが、おそらくこのころに書かれたと思われるものに『神農本草経』という本があります。神農というのは黄帝と同じように伝説上の中国の古い帝王ですが、農業と医薬の神様であるというようにいわれております。中国では薬物学のことを本草と呼んでおります。この『神農本草経』には365の薬物を記載してあります。その分類法が非常に独特でありまして、上薬、中薬、下薬という分類法をとっております。上薬というのは120種で、これは命を養うというもので、不老長寿のような役割を果たすものであります。中薬というのは、性を養うもので、これはまだ病気になっていない人に活力をつける、くだいていえば強壮、強精のようなものに近いものではなかったかと思いますが、これが120種であります。実際に病気になった人が使う薬は下薬でありまして、これが125品であります。こういう分類法は世界の歴史で中国がただ一つであると思います。西洋の古い薬物書を見ますと、博物学的な分類法をとっており、動物、鉱物、植物という分類であります。中国の場合は、最初から薬物の人体に対する影響による分類をとっております。西洋のほうが、いってみれば自然科学的な分類をとり、中国の方は人間中心的な分類法をとっているのも、中国医学の特徴を示すものではないかと思うわけであります。ともかくも、そのころに薬物学というものの原形ができたということがいえると思います。
 それから紀元200年頃、今の湖南省の長沙というところの太守をしておりました張仲景という人が『傷寒雑病論』という本を著わしました。これは現在では『傷寒論』と『金匱要略』という二つの本に分かれておりますが、傷寒というのは、寒気に破られたという状態で、一種の急性熱性伝染病でありますが、『傷寒論』はその経過を最初から終わりまであらゆる角度かr克明に追跡し、その治療を述べたという。非常にユニークな本であります。『金匱要略』の方は、傷寒以外のいろいろな病気、たとえば黄疸、喘息、あるいは関節が痛むとか、疾病別の分類をとって、その治療を述べている本であります。この両書とも、今でももっとも大事な古典になっており、西洋の方の古典が歴史的な意味しかないのと違いまして、中国の方の古典はいまだに実用書であるという点が非常に特徴的であります。この本ができたのが200年頃ですから、したがって西暦200年ころまでには、中国医学はほぼその原形が確立されたということがいえると思います。
 これに続いて、三国、六朝という時代がきます。それが6世紀の末、581年に隋という王朝に統一されるわけですが、この三国六朝時代というのは、中国の文化が、初めて異国文化の非常に濃厚な洗礼を受けた時代であります。異国と申しましても特にインドで、インドの文化が西域を通って中国に入ってきまして、医学の面でもインド医学の影響が随所に見られるのであります。理論の方でもそうですし、薬物の方でも、今まで中国に産しなかったようなものがずいぶん使われるようになるということであります。それから同時にこのころから錬金術が非常に発達してきます。錬金術というのは今の chemistry の原形のようなものです。したがって鉱物性の薬物が

















Ads by Sitemix