薬箱

「薬箱と薬礼」
 庶民の間に開業医が広く存在するようになるのは江戸時代である。医者は患家の求めに応じて調剤したり、往診したが、往診は出療治あるいは回診と呼ばれて、診療の大きな部分を占めていた。地方では、定期的に各村を何日もかけて回診した例がみられるが、町では、徒歩の医者、あるいは格式高く駕籠に乗った医者の後ろを薬箱を担いだ供がついて往診したのである。
 表紙は、その供が持参した薬籠と担ぎ棒のついた外箱である。この薬籠には100種余の生薬の小包みが納まっている。医者は病人を診察したあと、枕元で薬籠を開き、薬包紙を並べ、調剤したが、このとき薬包紙を圧尺と呼ばれる文鎮のようなもので押さえた。薬を匙で量って調剤したのである。薬の重さを量ったのでなかった。それで将軍や大名の侍医がお匙と呼ばれ、医者の力量を示す言葉として、さじ加減のような言葉が生まれ、薬匙は医者のシンボルとなった。
 薬籠には小引き出しがあって、そこに大小の薬匙と圧尺と薬包紙が入っていた。しかし、幕末になって蘭方医が登場すると、薬瓶が入れられるように薬籠の形が変わっていく。蘭方医は水薬を使ったからである。また、蘭方医は薬さじ加減ではなく、重さを量った。それで小さな天秤が薬籠の小道具に加わった。表紙の薬籠は漢方医の物であり、外箱には家紋がついている。格式ある医者の持ち物であったのだろう。
 診察して、薬を出す。それが医者の仕事であった。



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