メニエール病
経絡治療からみたメニエール病


◎はじめに
 メニエール病は回転性めまい(20分以上持続)と難聴・耳鳴り・耳閉感を反復する疾患で、発作時には悪心・嘔吐・冷汗などの自律神経症状を伴い、めまいの原因となる他の疾患が否定された場合に診断される。検査方法は、グリセロール検査、蝸電図検査により、疾患の本態である「内リンパ水腫」の存在を確認すれば診断はより正確となる。発症率は人口10万人当たり4−16人、好発年齢は40−50歳代で、やや女性に多い。一側性で発症するが、経過中に30−40%は両側性に移行する。
 鍼灸治療においては、「めまい」を主訴に来院し、症状の軽減を望む患者が多いが、「めまい」といっても種々の病態が含まれ、メニエール病の診断が確定するには医療機関の受診が不可欠で、ほとんどの患者さんは、メニエール病の診断を受けたあと、健康管理に鍼灸の治療を望むことが多い。

◎古典にみる」メニエール病
 メニエール病の特徴は、「めまい」「難聴・耳鳴り・耳閉感」「悪心・嘔吐・冷汗」の症状であるが、来院者の主訴は「めまい」「耳鳴り」が主である。
 なお、「めまい」とは目が回ることであり、「眩暈」は目がくらんで頭がふらふらする感じのことをいう。

◎病の発生
 古典では眩暈・耳鳴りともに病の発生としては、肝・腎・脾等の臓の病症を述べていることが多く、気血の流れに停滞を起こすことが病発生の原因と述べている。
 気血の流れの停滞も、上焦・下焦との気の流れの悪さが眩暈・耳鳴りの症状を起こしている。
 陽気の性質としては、身体の上方、外方へ発散し、流れようとする。陰気の性質としては下方へ降りて固くなろうとする。上下の気血の流れが悪くなると、眩暈・耳鳴りの症状が出現しメニエール病の発作を起こす。
 肝の病症で肝虚熱証になると、肝虚より発生した虚熱(肝血中の津液も虚して熱が発生)は陽経の胆経・三焦経に多く熱の発生が起こり、胆経・三焦経に関与して虚熱の発散が外部へ正常に行われれば、眩暈・耳鳴りの症状はないが、発散されず上焦部に昇った場合には、急激な眩暈の症状を起こす。
 腎の病症で腎虚熱証になり、腎の津液が加齢・過労により腎・津液からの虚熱を発生させ、その熱が上焦に昇り、耳鳴り、眩暈等の症状を起こしやすくさせている。
 脾の病症で脾虚熱証になる脾虚胃虚熱証は脾の津液が虚したために熱が発生し、その熱が胃腸に多くなった証である。痰飲(粘って巡りが悪くなった津液のこと)が関係し胆経の気が虚し、陽気の発散ができなくなり、眩暈・耳鳴りの症状を起こす。
 それぞれの臓の発生原因はあるが、一般的には目の疲労感が強く、神経疲労、寝不足等の身体の疲労感から首筋のこり感・肩こり感・背中のこわばり感等の症状がメニエール病を起こしやすい原因とも思われる。

◎証決定
 肝・腎・脾等の臓はそれぞれの病症を発症させてくるが、病症と脈証が一致していれば、治療の経過観察のしやすさと、早期の治療効果の期待は持てる。しかしながら臓腑の病症と六部定位の脈証が一致しないことがある(例えば、眼の病は肝の病症が多く、しかしながら六部定位では肝虚症ではなく腎虚症であったりする場合)。
 脈診を主体に治療するには、証決定を確実に決めることが必要になる。
 相剋関係を引用した虚実の消去法として、寸部・関部・尺部の3部位でお互いに左右(左寸部は火性〔心・小腸〕、右寸部は金性〔肺・大腸〕、左関部は木性〔肝・胆〕、右関部は土性〔脾・胃〕、左尺部は水性〔腎・膀胱〕、右尺部は火性〔心包・三焦〕を比較することにより、それぞれ3部位の虚実判定を行う。次に虚として残った3部位には、お互いに相剋関係を組み合わせ比較脈診を行うことにより、容易に陰経の最も虚した経絡の判定が可能になり証決定ができる。
 治療のために6部位・陰経脈の虚を検脈する姿勢として、陰経脈部で最も虚している陰経脈部、2番目に虚している陰経脈部、3番目に虚している陰経脈部の3段階判定に主眼を置く。陽経脈部においても同様に、最も実している陽経脈部から3段階判定で虚実判定を行う。
 陰経の虚・陽経の実である、陰虚・陽実の虚実判定は行うが、これらに加え、陰経脈部の旺気(実)・陽経脈部の虚も同様に、陰の虚実・陽の虚実の4種類を3段階で虚実判定の順位を決める。
 陰経脈部の虚・陽経脈部の実・陰経脈部の旺気(実)・陽経脈部の虚(4部位)を判断することにより、患者からより多くの病状、情報を得ることができる。
 以前は、2段階に虚実判定を行っていたが、より正確な病状把握のためには現在の3段階の虚実判定に努めている。これらの記録保持を行っていたのが電子カルテである。

◎治療方針
 経絡治療では、本治法治療と標治法治療がある。本治法では四肢要穴を利用し陰経の虚から先に補い、陽経の実を瀉法することで12経絡・臓腑の調整を行う。標治法では、局部的に気血が損耗している部位に衝気、営気の調整を行い気血の流れを調整する。
 それぞれ12経絡の3段階の虚実判定を診断に用いて経絡の調整を行い、取穴には『難経』69難「取穴・取経の補瀉」を主体に浅刺置鍼の手技を使用している。
 治療は補法が主体で虚している陰経、陽経ともに補い、瀉法はできるだけ少なくするようにしている(精気の虚損が病気の起因となっていることが多いため)。
 陰経で肝(旺気)実には中封穴、心包実では曲沢穴、ともにそれぞれの経に対しては剋する穴となり、補うことで経を抑圧させる効用があるので補法にて処置する。
 肺実に関しては、肺経の孔最からの瀉法を利用することもあるが、肩背部の補的散鍼により気の流れをよくし、邪気の発散を促すことで気血の流れを調整する。
 常用穴として、腹部の中カン・天枢・陰交・章門(胃の募穴・中焦・下焦・臓会)に取穴する。穀気作用・中焦・下焦・臓腑の働きを促すために常用する。
 特に上下の気の流れが悪くなり、停滞を起こすことでメニエール病を発生させる。陰経の気の流れをよくし、臓腑の働きをよくしなければならないが、それとともに陽経の気の流れの調整が重要になってくる。
 特に胆経・三焦経・膀胱経・胃経・小腸経・胃経・大腸経・督脈の頭部に流注する経脈の流れが重要で、陽経・実だけの瀉法では繊細な気の流れの調整はでき難く、虚している陽経の補法が必要となる。

◎症例
患者 : N・I  57歳  女性  デパート勤務
初診 : 2001年12月11日
主訴 : 1ヵ月前からめまいが始まり1週間入院したがよくならない。
現病 : 左右の肩こり、首筋のこり感、左右耳鳴り、頭を左に倒すとめまいが起きる。医者からはメニエール病と診断され薬の服用を受       けていたが、症状の好転がなく来院する。
望診 : 身長155p、体重50s、小柄で目鼻立ち、言葉もはっきりした女性。
腹診 : 心窩部に詰まった感じの熱感が少しある。臍の左側に動悸・右の脇下硬。
切経 : 手足の火照り感、胆経と三焦経に緊張。後頭部肩背部にこり感と火照り感。
脈診 : 祖脈・浮数、脈状は軟・数・緊
証  :  肝虚熱証(1虚・腎、2虚・肝)、膀胱実(1実・膀胱、2実・胆)、肺実、胃虚(1虚・胃、2虚・三焦)
病状 : めまいの症状が少し緩和してからの来院であるが、上半身のこり感・火照り感が強く上実下虚の状態で目の疲労・病状の改善      なく、神経興奮状態も強く、気を静めるかたちで陰経・下肢より治療を始める。
使用穴 : 曲線・陰谷・大谿・衝陽・中カン・天枢・陰交・章門・天ユウ・耳門・腎兪・京門・脾兪・肝兪・膈兪・身柱・肩背部補的散鍼。
経過 : 2001年12月12日 前日夜中にめまいの症状があった。気持ちの不安があり目の疲労と神経疲労身体の疲れが原因と思わ      れるが、仕事柄、細かいことに目を使い1日中機械とにらめっこしている。
      12月29日まで8回目の治療を行っている。肝虚熱証から腎虚熱証へ証の変更がある。めまい・耳鳴りはよくなってきている。       以前からの症状(腰の重い感じと下肢の倦怠感)が出てきている。
      2002年1月8日、めまいの症状はほとんどなくなっている。
      1月15日、11日夕方急に気分が悪くなり吐き気、前頭部の頭痛、めまいの症状を起こした。
      (1月25日まで1月中は4回の治療)
      2月1日、肩や背中の筋肉のこわばる感じが残り、薬を服用しないとめまいの症状が起きることがある、腰の重い感じは朝のう      ちは残っている。
      (2月22日まで2月中は4回の治療)
      3月2日、呼吸がうまくできない感じ、再びめまいの症状が出るのではないかと不安状態がある。
      3月22日、めまいの症状はないが夕方身体が疲れると不安になり、めまいが起きそうになる。
      (3月中は4回の治療)
 その後2002年4月5日、10月5日、10月8日に来院しているが、元気に勤めているとのことである。初診から23回目の治療記録が残っている。

◎最後に
 鍼灸院に「めまい」を主訴に来院し治療を受ける患者は多くあるが、メニエール病の診断をハッキリと受けたあと来院患者は、「めまい」の予防と今後の健康管理で受診される方がほとんどである。
 若い頃には、メニエール病の発作が起きた患者から往診を依頼されたこともある。いつも元気で魚河岸に勤め、大声で仕事をしている体格のガッチリした50代の旦那さんが患者だった。自宅に行ってみると、トイレに近い部屋の真ん中で金盥(たらい)を抱え込んで、背中を丸くし、まるで子猫のように小さく膝を曲げ正座し四つん這いになった状態だった。声も出せず、こちらの問いに手を振って返事をして、治療ができる体勢ではなく、症状の落ち着くまでしばらく待ったことを思い出す。
 発作時に、確実に症状を治める治療方法を現在持っているわけではないので、今は発作を起こさせないように日々の健康管理を主体にした治療を心がけている。発作時の症状を確実に治せる治療方法が見つかったら報告したい。




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