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漢方専門医の私が不妊症ととり組んだきっかけ
 昭和40年11月、私は漢方の医師として独立して開業しました。医学部を卒業し、病院の内科医として診察をつづけながら、なにか西洋医学にあきたりない思いを持っていました。たまたま漢方医学の権威である大塚敬節先生にめぐりあい、師事することを得て、5年間漢方の勉強を続けたあとでした。
 そのころ不妊症に悩む患者さんが来院され、私の治療によってめでたく妊娠されました。そのときの患者さんの喜びはたいへんなもので、不妊症の治療がこんなにも喜ばれるものか、これこそ医者みょうりに尽きるものだと思ったのが、この方面の研究に精を出すきっかけとなりました。
 それから24年間、今日に至るまで、不妊症の治験例は800余例を数えています。ところで、最初2〜3人を治したとき、医師の友人から「それは偶然だ、不妊症はそんなことで治るものではない」などと言われたものです。それが、 10人くらいになってもまだ言われつづけました。
 もともと漢方医学は、顕微鏡をのぞいて検査をし、たとえば菌のなくなったのを証明するというようなものではありません。明治時代に虫垂炎を大黄牡丹皮湯で治した馬場辰二先生が、東京帝国大学(現東大)医学部青山内科の青山胤通博士に、「治してもなぜ治ったと証明できなければ学問ではない」と叱責された話はあまりにも有名です。
 よしそれなら、治ったことを証明するには不妊症がよい、赤ちゃんが生まれたことが何よりの証拠、そんな気持ちもあって、これが40人、50人になったらだれもが納得してくれるだろうと思いました。もとより私は漢方専門医で、産婦人科医ではありません。診療を請うかたはさまざまの訴えを持ってこられますが、不妊症の治療が成功すると、それを聞き伝え、あるいは新聞、雑誌に執筆、掲載された記事を読まれて、少しずつ不妊症を訴えてこられるかたが多くなり、私の治験例もふえてきました。
 結婚した夫婦10組に1組は子どもが生まれないといいます。子どもがほしいと願うご夫婦にとって不妊の悩みは非常に深刻です。
 不妊症については、西洋医学ではさまざまな原因が明らかにされていますが、漢方の治療を施すことによって、克服できるものがあると私は考えています。


不妊症とその原因
 不妊症とは、結婚して2年たっても妊娠しない場合をいいます。昔は石女、不正女とかいて「うまずめ」と読んだものです。
 ところで、不妊症には結婚後1度も妊娠しない原発性不妊症、1度妊娠し、あるいは分娩してもそれ以後2年以上妊娠しない続発性不妊症があります。
 また、妊娠しても、流産や早産、死産を繰り返して、赤ちゃんが得られないものを、不妊症と区別して、不育症と呼んでいます。
 私の診療所に不妊を訴えてこられるかたには、この三とおりのかたがいあるわけです。
 不妊症(不育症も含めて)の原因はさまざまで、くわしく述べていると1冊の本になるほどですから、ごく簡単に述べるにとどめますが、その前にどうして妊娠するかについて説明しましょう。


妊娠の成立
排卵 女性は周期的に左右の卵巣から交互に排卵します。その卵子は卵管采という部分から吸い込まれて、子宮の方へ送られます。
受精 一方、行為によって膣内へ射精された精子は、膣を通り、子宮頸管、子宮、卵管へと進みます。最初の射精で、普通2億くらいの精子がいますが、その一部の数百万がまず子宮の入り口の頸管内に入ります。
 子宮の頸管には粘液を分泌する腺があり、排卵の前には粘液の量が多くなって、精子が通過しやすくなるということですから、女性の体は妊娠しやすいようにつくられていると言ってよいでしょう。
 精子は運動をつづけて、卵管の膨大部に到達することにはさらに数が減りますが、ここで卵子に出会うと受精が起こります。
 精子は卵子の周りに集まり、精子の頭部に含まれている酵素の力で卵子の表面をとかして入り込みます。一つの精子が内部に入りますと、卵子の表面は膜でおおわれて、他の精子は入れなくなります。つまり、卵子と結合できるのは二億の精子のうち、たった1個の精子なのです。
 この精子の核と卵子の核が1つになって受精が完了し、受精卵となります。
着宋 受精卵は分裂を始めながら、6〜7日かかって子宮に到達し、ちょうど栄養豊かに受け入れ準備のできた子宮内膜に入り込みます。これを着宋と呼び、着宋したことによって、妊娠が成立したとします。このとき、分裂をつづけた受精卵は100個以上の細胞となっています。
 着宋した受精卵は胎盤を形成して、成長、発育に必要な物質を吸収して、胎児に成長してゆくわけです。

不妊の原因
 妊娠の成立を先に述べたのは、この過程がゆまくゆかない場合がすべて不妊の原因になるからです。
 妊娠は女性が主役であることから、女性側の原因75%、男性側の原因25%といわれています。
 男性側の原因は、無精子症、精子の数が少ない、あるいは運動性が悪い、奇形が多いことなど、あくまで精子が問題になります。
 女性側の原因は多彩で、ある統計によりますと、精子や受精卵の通り道である卵管の狭窄や閉塞などが30%と最も多く、いちばん基本である排卵のないもの20%、着宋して胎児として育つ場所である子宮に、子宮内膜の不全、子宮の炎症や筋腫などが15%、子宮頸管の炎症や、頸管粘液と精子の不適合などが10%、とされています。
 また、さまざまの検査をして、夫婦とも問題がないようでも、どうしても赤ちゃんに恵まれない場合があります。このようにおおよそ20%は不妊の原因が不明とされています。


不妊症を漢方ではどうみるか

 私の診療所に不妊を訴えてこられるかたは、たいてい病産院で検査や治療をかなり受けてきたかたがたです。したがって最初の問診で、かなりのところまで様子がわかります。
 月経周期はもちろん、排卵の有無を知る手がかりとなる基礎体温の状態、産婦人科医師の内診の結果、子宮の形状など問診で知ることができます。
 しかしこれらは、漢方のほうからいうと、あくまで参考にする程度です。というのは、漢方では体全体を総合的にとらえてみる方法だからです。つまり、西洋医学では、不妊症というと、卵巣、子宮、卵管などの生殖器にのみ目を向けて治療しますが、漢方では、その人の体の弱点がどこにあるのかをみて、局部の治療だけでなく、母体づくりを重視する考え方をとるのです。

漢方の治療方針-証-
 漢方で治療する時の目安になるものを、「証」と呼びます。
 西洋医学では、診断や検査で病名をきめ治療方針を立てますが、漢方には独特の診断法があって、さまざまの症状を総合的にみて証をきめます。この証は、治療する薬方(処方)の名称をとります。
 具体的に不妊症の例で説明しましょう。不妊症の訴えで来院した患者さんが、「虚弱体質」で、「疲れやすく」、「顔色がすぐれず」、「貧血ぎみ」で、「足腰が冷え」、「頭痛」、「頭冒」、「めまい」、「動悸」、「月経痛」、「月経不順」などいろいろの症状を訴え、「腹部軟弱」であれば、当帰シャクヤク散を与えて治る証であるとし、「虚弱体質」で、「疲れやすい」から「腹部軟弱」などの症候群を、当期芍薬散の証といいます。
 もう一つ、「虚弱体質」で「冷え性」で、「常に足腰が冷え」、「血色がすぐれず」、「皮膚は魚鱗のごとくカサカサし」、「くちびるが乾き」、「手のひらが荒れてほてる」などの症状を訴え、「下腹部膨満感」があれば、温経湯を与えて治る証とし、この「虚弱体質」で、「足腰が冷え」から「下腹部の膨満感」などの症状群を、温経湯の証というわけです。
 このように、同じ不妊症という病名がついても、当帰芍薬散で治るものは当帰芍薬散証、温経湯で治るものは温経湯証という名で呼んで治療されるわけです。

証をきめる漢方独特の診断法
 したがって漢方では、証を見きわめる診断方法が大切になります。
 治療方針の証を決定するために、漢方では望、聞、問、切の四診を行います。東洋の古代人は、病気は体表にあらわれるという考え方、つまり病気が内にあればその反応は身体の表面にあらわれるという、内臓-体壁版社の存在を、臨床経験から推定していました。ですからX線撮影や心電図、あるいは理化学的検査などをしないで、この四診によって体内の変化を体表で把握し、証をきめて治療を行うことができたのです。その四診について簡単に説明しましょう。
望診 望は望見の意で、視覚を通じて行う診察法で、今日の視診に当たります。診察はまずこの望診から始められます。
「望んで之を知るを神という」といって、古人は望診だけで診断し得る者を、「技、神に入る」と言いました。なかなかこのような境地に達するのはむずかしいのですが、望診によっておおよその見当はつくものです。小林さんの場合、望診により加味帰脾湯を用いて妊娠した例です。
 なお、舌診も望診に含まれます。舌診について、体験例の吉本さんの場合、なぜ漢方を変えたかについて少し説明しましょう。
 吉本さんは最初六君子湯、次に当帰芍薬散、少し飲みにくいというので、四君子湯に変えたわけです。この四君子湯は、六君子湯から陳皮と半夏を除いたものですが、この二方の使い分けは微妙で、脈診と腹診だけではきめられません。これは舌診によらなければならず、その証は、四君子湯の舌は湿りけがあっても舌苔がなく、六君子湯の舌は湿りけもあり、舌苔もあるもの、とします。吉本さんの舌は舌苔がなかったので、四君子湯に転じて成功したわけです。
聞診 聴覚、嗅覚による診察法です。聴覚を通じて、患者さんのせき、声、くしゃみ、しゃっくり、胃内停水などを聞き、嗅覚を通じて体臭、口臭などのにおいをかぎます。
 聞診というと聴診器をあてて体内の音を聞く聴診のように思いますが、全くこれと違う聴覚、嗅覚のよる診断法です。
問診 患者さんとの問答のよって知る診断法です。西洋医学でも患者の既往症や訴えは1とおり聞きますが、これは診断上参考にする程度です。これに反し漢方では、患者さんの自覚症状を重要視し、まず患者の現在最も苦痛としている症状を聞き、これから証を決定するポイントをつかむため、1つの症状とそれに関連する幾つかの症状を聞くようにします。
 脈診は、漢方では脈は人間生命の反応であるとみる立場から非常に重要視しています。脈状により、全身の調和、不調和、陰陽虚実の状態まで判断して証をきめます。
 脈の性状の命名も、浮(表面に浮いた脈)、沈(沈んでふれる脈)、数(速い脈)、弦(弓弦のように力のある脈)、緊(なわをよじっておいたのが戻るような感じの脈)、しょく(渋滞している脈)、平(平穏中和な脈)など、その種類はあげきれないほどで、さらに組み合わせてその状態を考察します。西洋医学で1分間の数と強弱をみるのと大いに異なっている点です。
 腹診は、漢方医学の診察法として脈診とともに最も重要なもので、特に日本で独自に発達してすぐれた診察法です。腹診は単に病状を調べることではなく、腹の状態を通じて全身の生命力、生活力を観察するものです。
 私は、脈診よりも腹診に重点をおいて診察しています。
 漢方の腹診は、西洋医学の腹診よりもはるかに重要な意義を持っています。というのは、漢方の薬方は腹証のとり方によって違ってくるからです。
 西洋医学の腹診は、「臓器の位置、形態」をみることにポイントがおかれ、それによって病名を明らかにするのが目的ですが、漢方の腹診は、「腹筋の緊張状態」をみることにポイントをおき、腹部のどの腹筋が緊張しているか弛緩しているかにより、薬方がきまります。たとえば胸脇苦満の腹証があれば、その強弱により小柴胡湯か大柴胡湯を与え、臍下不仁の腹証があれば、八味丸を与え、お血の腹証があれば桂枝茯苓丸を与えるというように薬方が決定します。
 次章の実例でもしばしば腹診の状態を説明しているところがありますので、それを読んで下さると、その重要性がわかると思います。

漢方独特の随証療法
 以上の四つの診察法によって得た証によって、ひとりびとりの漢方がきまり、病気を治療してゆくわけで、漢方では「随証治療」、つまり、「証に随って治す」という態度を貫いていることになります。
 これは不妊症治療についても言えることで、不妊症の訴えでこられる人を、ただ5,6種類の不妊症治療薬があって治すというものではなく、それぞれのかたの体質、訴え、症候群を診断して、薬方(処方)をきめるのです。
 これまでの漢方書では、不妊の治療に用いた薬方はたかだか7〜8種類でしたが、数多くの治療を手がけたため、その証もさまざまで、薬方の用い方の幅が広くなったと思います。

私の子宮苗床論
 妊娠はよく種と畑にたとえられます。種は受精卵、それが根をおろす、つまり着宋する子宮内膜が畑にたとえられるわけです。
 しかし、私はあえて子宮苗床論を唱えたいと思います。
 苗床には、適当な肥料と適当な水分がなければ種子は発育しません。もし、水分が多すぎるといくらよい種子を植えても根をおろすことができず、根切れして流されてしまいます。
 これと同じように、子宮内膜も適当な栄養(血液)と適当な水分がなければ受精卵は成育しません。もし水分が多すぎると受精卵はが着宋しても根をおろすことができずに流されてしまう、と考えるのが妥当ではないかと思います。
 体験例の山田さんの場合、水分の多い子宮内膜(苗床)に受精卵(種子)が着宋しても根をおろすことができず、2〜3カ月になると流され、それが流産の最大の原因であったと推察しました。それで、余分な水分をとり除き、受精卵がうまく根をおろす環境づくりが必要であとうと考えました。そのために、余分な水分を除く薬方として防已黄耆湯を用いました。これを用いるヒントは和久田叔虎著『腹証奇覧翼』にあり、「防已黄耆湯の方、水気皮膚にありて腫るものを治す。その表虚水気を診するの法、肌膚肥白にして、その肉軟虚にしてしまりなく、ぐさぐさするもの、これ正気表に旺せずして浮水泛濫(浮かびあるれる)するものなり。にわかに肥満をなして衝逆(のぼせ)強く、両頬紅にして、経水短小(月経が少ない)、心気鬱して聞かざるもの、この証あり。これ肥満を成すもの、可なるに似たりといえどもその実は表虚に属して佳候(よい徴候)とすべからず」と記されています。
 山田さんは、「肌膚肥白」で「浮水泛濫」し、水っぽい肌であり、やや肥満型で、「表実」証のように見えながら、実際は「表虚」に属するタイプなので、」私はまず防已黄耆湯を用いたわけです。
 その他のかたにもこの薬方を応用して成功(気水型・防已黄耆湯の三例)私の子宮苗床論は確信に近づきつつあるわけです。

漢方の古典に不妊症治験例が少ないこと
 不妊症治療に真剣に取り組み始めてから、漢方の古典を読む時もおのずと不妊症の治験例をさがすようになりました。ところがほとんどないといってよいくらいなのです。この本にとり上げた『婦人良方大全』の例、『薫窓雑話』(和田東郭)の例、『橘窓書影』
(浅田宗伯)の例、『方伎雑誌』(尾台榕堂)の例のようにわずかしか目につきませんでした。私の尊敬している山田椿庭の『椿庭先生夜話』『温知医談』『継興医報』などいろいろ見ましたが、妊娠例は見つけられませんでした。
 こえは不思議なように思われるかもしれませんが、ちょっと考えてみると当然といってよいでしょう。なぜならば、昔は妻に子どものない場合、妾によって子どもを得るのが普通のことだったからです。一夫一婦の現代となって、不妊症治療の漢方治験例がこれほど多く記録されるようになったのは、長い漢方の歴史上、特筆されるべきことといってよいでしょう。漢方の治療上、一つの財産ができたといってよいのではないかと自負しています。
 なお、昔は不妊の治験例は少なかったものの、妊娠してから無事分娩するまでの治験例は多く記載されています。

不妊症(不育症)109人の治験例
 79人の実例は、患者さんのタイプ別に分けて、初診から出産までを具体的に述べ、漢方的考え方でしめくくりました。
 また、「不妊、不育症の漢方治験30例」は、そのうち、4例をとり上げました。(人名は亀井、年齢は初診時)

虚弱体質で貧血ぎみのタイプ 
   ●当帰芍薬散類型(1)
※当帰芍薬散
 月経不順で2年間不妊の婦人、2ヶ月間の服薬で妊娠
 前田雅代。23才。結婚して満2年になるが子宝に恵まれないといって、昭和50年11月8日、横浜市から来院。
 月経は順調で、基礎体温も高温気、低温期の二相性を示して正常であるが、子どもができないという。冷え症で、中学時代はしもやけができたとのこと。
 体格は、身長162p、体重47kgのやや細型。脈は弱く、腹診すると、へその両脇の筋肉が緊張している。
 乳頭は小さく、乳房は平たい。これは、月経は順調といっても子宮発育不全であろうと思った。
 冷え症、脈、腹、乳頭など体全体の様子から観察して、当帰芍薬散を与える。すると、2ヶ月間の服用でなんなく妊娠し、翌51年2月25日に電話で、10月3日に分娩の予定であるという、うれしい知らせがあった。
 それで、流産防止のため当帰芍薬散を服薬させ、予定日より12日早い9月21日に、無事女子(200g)を分娩した。

〔漢方的考え方〕
 当帰芍薬散は、冷え症で貧血の傾向がある場合によく用いられる漢方であり、同時に女性ホルモンの分泌を高める力もある。
 この患者さんは、乳頭が小さく、乳房が張っていないのをホルモン不足によるとみなし、冷え症であることも考えて当帰芍薬散を選んだ。この選択は的確で、わずか2ヶ月で効果を発揮した症例である。

流産ノイローゼの婦人が二人目を安産
 内山恭子。29才。結婚歴4年ヶ月。昭和51年6月15日初診。
 2年前に男子を出産したが、そのとき流産しかかって2ヶ月間入院した。前年2度目の妊娠をしたけれど、4ヶ月で流産。そのため、妊娠しても、また流産するのではないかとおびえ、流産の不安にとりつかれている。月経は順調だが、月経の前に少し帯下(おりもの)があるという。食事は玄米食にしていて、お茶、水など飲み物は1日5〜6杯程度とのこと。
 体格は身長150p、体重45kgで、顔色はすぐれず、脈は弱く、乳頭は生気なし。腹診すると軟弱で、下腹部は冷たい。
 まず当帰芍薬散を与えて、様子をみることにした。帯下があるので、金銀花を加味。4カ月服用したのち、 11月6日に来院して、妊娠したらしいという。乳頭に勢いが出てきて、おなかも少し張っている感じである。妊娠にまちがいないでしょう、と話す。その後も当帰芍薬散の服用をつづけると、精神不安もとり除かれていった。
 翌52年4月23日に来院して、現在妊娠8カ月で、7月に分娩の予定だが、いませきが出て困っているという。そこで、妊娠咳によく効く麦門冬湯を投与する。その後早産することもなく、無事経過して、7月14日に女子(3160g)を分娩した。のちに次のような便りが届いた。
「7月14日、無事女児を出産いたしました。体重3160g、身長52cmで、前の子とくらべて500gも大きい赤ちゃんでした。その後も病気ひとつせず、育っております。これも先生のおかげと感謝いたしております。今回は流産もせず、つわりもなく、そしてさかごにもかかわらず、産科の先生がびっくりするほどの安産でございました。ありがとうございました。
〔漢方的考え方〕
 この症例は、当帰芍薬散が流産防止に大きな効果を持つということを証明したものであり、なお当帰芍薬散がホルモンの分泌を正常化して、精神不安もとり除いて安産へと運んだモデルケースでもあろう。

わずか 1か月の服薬で長年の不妊が治る
 本田洋子。33才。結婚して7年6カ月になるが、子宝に恵まれないといって、昭和52年10月11日に埼玉県から来院。月経は順調で28日型であるが、帯下(おりもの)があり、基礎体温は高温気が短く、低温期は長い。しもやけができやすいたちである。4年前に右の卵巣嚢腫を手術した由。子宮内膜症のため精液が通りにくい、と婦人科で言われたという。体格は身長15p、体重51kgで、脈は弱く、腹診しても特に所見はないが、左の乳頭が陥没している。
 まず、当帰芍薬散を与えて様子をみることにした。35日服用して、11月25日に再び来院。足の小指にしもやけができてかゆいというので、当帰四逆加呉茱萸生姜湯に転じたが、その時はすでに妊娠していたらしい。
  12月20日に電話があり、現在妊娠2ヶ月の半ばで、分娩予定日は来年8月12日、つわり止めの薬を送ってほしいとのことなのでさっそく小半夏加茯苓湯を送った。
 順調に経過して、翌53年、予定日通り8月12日に女子(4050g)を分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この症例は、当帰芍薬散の効きめが実に的確で、1ヶ月の服用で不妊が治癒したのである。しかし、いつもこんな調子にいくわけではない。

子宮筋腫がある42才の婦人、冷え症を治して結婚8年目に出産
 倉田美津子。41才。結婚して8年目になるが、子宝に恵まれないといって、昭和52年11月11日横須賀市から来院。
 前年、婦人科でx線撮影をし、子宮に筋腫らしいものがあると言われ、手術をすすめられたという。
 月経は順調であるが、基礎体温の高温期は短く、低温期が長い。おりものがあり、冷え症で、ガスが多く、下腹部がよく張るという。手が荒れてカサカサしている。メニエール病もあるとのこと。
 中肉中背のタイプで、脈は弱く、腹診すると下腹部がかたく、冷えていて、へその下にしんがふれる。
 まず当帰芍薬散を与え、これに蜀椒と附子を加味した。筋腫があるため、桂枝茯苓丸料も一応考慮する。
 2週間後に再び来院し、手が荒れて口が乾く(湯水を欲しない)と訴えるので、温経湯に変えた。すると、さらに2週間後には、立ちくらみがするといって来院した。腹診すると、下腹部がかたい。婦人科医を受診して、筋腫かどうかを確かめるように指示して、最初の処方、当期芍薬散に戻した。
 本方をつづけて服用していたところ、翌53年2月22日に、次のような便りがあった。「現在妊娠2ヶ月の初めで、10月末に分娩の予定です。それで、流産しないようにお薬を送ってください」とのことで、さっそく当帰芍薬散を送る。
 10月20日に男子(2730g)を帝王切開によって分娩したという電話が、12月19日にあった。
〔漢方的考え方〕
 8年間も子宝に恵まれなかったこの患者さんは、当帰芍薬散により冷え症が治って妊娠したものを思われる。帝王切開による分娩は、42才という高年初産と、筋腫のためであったろう。

習慣流産を治して妊娠にこぎつける
 宇山一美。34才。昭和52年11月4日初診。二人目の子どもがほしいといって来院。結婚歴11年。26才のとき女子を生んだが、その前後に自然流産を4回、人工流産を1回したという。
 月経の周期は40日から50日と長く、量は少ない。基礎体温は、高温期が短く、低温期が長い。冷え症で腰が痛み、立ちくらみして、車に酔い、よくなまあくびが出る。疲れやすく、いらいらして眠りが浅い。食事をとると眠くなるという。果物が好きで、特に梨や柿が好物だとのこと。身長158cm、体重57kgと大柄であるが、脈は弱く、腹診するとへその下に全く力がない。
 冷え性、立ちくらみ、なまあくびを考慮して、当帰芍薬散加附子を加え、一方、梨、柿は体が冷えるから食べないように注意した。
  本方を4ヵ月間服用したところ、翌53年3月25日に電話があり、「現在妊娠3ヵ月の半ばで、つわりです。それで、つわり止めの薬を送ってください。分娩の予定は10月17日です」といううれしい知らせがあった。さっそく、小半夏加茯苓湯を送る。つわりが止まってからは、当帰芍薬散をつづけて服用し、10月13日に無事男の子(3200g)を分娩した。
〔漢方的考え方〕
 当帰芍薬散は昔から「安胎の薬」といわれ、つわりや妊娠浮腫、妊娠腎などを予防し、安産をはかり、流産を防止する薬方である。この症例は、当帰芍薬散によって、習慣流産をみごとに克服したといえよう。

習慣流産にうち勝って無事出産
 堀内美佐子。32才。昭和53年10月13日初診。46年3月に結婚して翌47年10月と49年3月に、それぞれ2〜3ヵ月で流産している。この習慣流産を治して、ぜひとも子どもがほしいといって、横浜市から来院した。
 月経の周期は不順で、30日から40日目にあり、ときには1ヵ月も延びることがあるという。冷え症で足がだるく、ギックリ腰による腰痛がある。食欲は普通であるが、湯茶の飲み方が、1日10杯程度と多い。それに果物もよくとる。大小便ともに普通。
 身長158cm、体重45kgで、脈は弱く、腹診すると下腹部の力がやや弱い。
 そこで、妊娠を促すといわれる当帰芍薬散を10日分与えた。冷え性があるため、附子を加味する。また、お茶類や果物を少し控えるように指示した。
 11月8日に再び来院する。この薬を飲んですぐ妊娠したらしく、高温期が3週間つづいているという。乳房をみると張っている。妊娠と思うから、婦人科の先生にみていただくように話し、前と同じ薬方を14日分投与する。
 20日たって、次のような便りが来た。
 「11月22日婦人科医の診察を受けました。やはり妊娠で、2ヵ月の終わりでした。いまはすでに3カ月に入っています。分娩予定日は来年7月9日です。とてもつわりで苦しい毎日ですが、妊娠できたのも先生のおかげと、深く感謝しております。どうもありがとうございました。診察の結果、とても流産しやすいタイプだそうですので、流産止めの薬をお送りください。よろしくお願いいたします」と。
 そこで、つわり止めに小半夏加茯苓湯、流産止めに当帰芍薬散を送る。
 以後順調に経過し、54年7月2日に男子(3200g)を分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは、もともと妊娠はするが流産しやすい体質であった。こういう場合、当帰芍薬散がよく効を奏するものだが、その実例である。

冷え性と膀胱炎を治して無事出産
 中田照子。31才。結婚歴1年4ヵ月。昭和49年5月14日初診。不妊症とのことで、皮膚病で当院の漢方治療を受けている夫といっしょに埼玉県から来院。
 月経周期は28日から30日型で順調。生理痛はないがときどき膀胱炎を起こすという。冷え性で、不眠の傾向がある。
 身長150cm、体重42kgと小柄である。脈は弱く、腹診すると、へその両側がかたく突っ張っている。
 まず、当帰芍薬散を与えて様子をみることにし、これに冷えをとるための附子と、不眠を治すための酸棗仁、黄連を加えた。ところが、この薬方を1ヵ月ほど服用しただけで、あとは2年近く休薬した。
 その後、ほんとうに子どもがほしくなったのか、51年3月9日に再度来院した。総合診察の結果、前方の当帰芍薬散を与える。この薬方を6カ月間飲み続けたところ、妊娠したという知らせがあった。その間に、天ぷらを食べると嘔吐するというので、半夏瀉心湯を投与する。
 順調に経過して男子(2850g)を無事分娩した。
 その後、次のような便りがあった。
 「先生の治療のおかげで、主人の皮膚病もすっかりよくなりました。そのうえ、私も妊娠し、10月7日(昭和52年)午後4時に無事、元気な男の子を出産することができました。高年出産なので心配しましたが、思いのほか安産でした。これも、先生の適切な治療のおかげと、主人をはじめ母、兄弟もたいへんな喜びようです。ほんとうにありがとうございました」と。
〔漢方的考え方〕
 婦人の冷え症は、膀胱炎や不妊症を起こしやすいが、これにまず使われるのが当帰芍薬散である。冷え性を目標に、この薬方を用いて、順調に妊娠した症例である。

無排卵性月経と疲れやすい体質を改善して妊娠
 井上敦子。27才。結婚して2年3ヵ月になるが、子宝に恵まれないといって、静岡県より昭和54年5月16日に来院。
 患者は元スチュワーデスで、月経は5年前まであったが、3年前、飛行機に乗り始めてから狂いだし、太ってきたという。冷え症で疲れやすいタイプ。産婦人科の診断では、無排卵性月経とのことで、毎月排卵誘発剤を服用している。
 身長159cm、体重57kgと大柄。脈は弱く、腹診すると腹全体が軟弱で力がなく、左下腹部に軽い抵抗がある。そこで妊娠を促す当帰芍薬散を与えた。冷え症があるため附子を加味する。
 この薬方を4ヵ月間服用したあと、10月23日に妊娠2ヵ月との喜びの電話があり、その後順調に経過して、55年6月3日に女子(3345g)を分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは体格がよく、一見体力に充実したタイプ、漢方で実証というタイプに見えたが、腹診すると腹全体が軟弱で力がなく、冷え症で疲れやすいタイプなので、虚証と診断し、当帰芍薬散を与えた。このように、虚実の判定は漢方治療の基本である。

流産後の不妊症が3カ月間の服薬で治って妊娠
 小田紀子。29才。昭和54年9月28日初診。51年11月に結婚して、翌年2月、妊娠4ヵ月で自然流産をしたあと、婦人科に通院しているが妊娠しない。どうしても子どもがほしいといって、長野県より来院。
 月経の周期は順調であるが量が少なく、2日間くらいしかない。月経痛と帯下(おりものがある。基礎体温は低温期が長かったり短かったりで一定しない。もともと冷え症で、冬には手が荒れ、指紋が消えるたち。19才のとき虫垂炎の手術をしたためか、下腹部がよく張るという。食欲は普通であるが、辛い物を好んでとり、口が渇(湯水を欲する)く。大小便ともに普通。
 身長156p、体重45kgで、脈は弱く、腹診してもこれといった所見はない。血圧は最高90、最低60ミリと低いほうである。
 そこで、まず妊娠を促す当帰芍薬散を与え、冷え症であるため附子を加味した。3ヵ月たった12月26日来院。特に支障もないというのでつづけて同方を服用。
 翌55年2月15日来院して、妊娠しました。分娩予定日は9月27日と喜びの知らせを受けた。その後順調に経過し、10月4日に男子(3120g)を無事分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは自然流産のあと、2年半妊娠しなかったが、当帰芍薬散を3カ月間服用しただけで成功した症例である。
 中肉中背型で血圧が低く、当帰芍薬散にぴったりであったことと、冷え症であるため附子を加味したことが、よい結果をもたらしたものであろう。

高年齢の続発性不妊症が、2週間の服薬で治って二人目を出産
 木田弥生子。39才。美容師。昭和55年7月22日初診。47年9月に結婚し、48年6月30日に男子を分娩したが、その後7年間妊娠しない。高年齢であるがもう一人ほしいといって来院。
 月経の周期は28日型で順調。出血は3日間あるが量は多かったり少なかったりで一定しない。体型は中肉中背で、いらいらして怒りやすい。くびや肩がこり、立ちくらみがあり、寒がりで疲れやすい。胸やけがし、なまあくびが出て食後すぐ眠くなる。また、ガスが多くて下腹部が張るという。
 食欲は普通であるが、甘いものを好み、お茶やコーヒーをよく飲み、果物はメロン、バナナ、りんごなどを多くとる。便通は1日1回でかたく、小水は水分をとるわりには少なく、1日4回しかない。
身長156cm、体重49kgで、脈は平で、腹診では特にこれといった所見はない。
 まず、妊娠を促す当帰芍薬散を与えて様子をみることにした。便がかたいので大黄を加味して14日分投与。それと、水分をはじめ果物類をすくなめにするように指示した。
 患者さんはその後来院しなかったが、12月9日に患者さんの知人が来院して、現在妊娠中で来年6月末出産の予定とのニュースが入った。
 安産であるように願っていたところ、56年7月14日に女子(3030g)を自然分娩したとの連絡があった。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんの場合、当帰芍薬散14日分の服用だけで、ただちに妊娠したと言い切ることには躊躇するものだが、人知の及ばない人体の不思議さを考えると、必ずしも否定できない一例である。
 その後、数日の服用で妊娠した例がある。

卵管狭窄、卵巣嚢腫手術のハンディを2ヵ月の服薬で克服、妊娠
 岩本芙美子。26才。昭和55年11月14日初診。結婚して1年8カ月になるが子宝に恵まれないといって横浜市から来院。
 婦人科の診断で、卵管が狭く、通気検査をしたところ、通気性が悪いと言われたという。1年ほど前、左の卵巣嚢腫を手術した。月経は順調で、基礎体温も高温気、低温期の二相性を示している。胃腸の状態もよい。
 身長159cm、体重50kgの大柄なタイプで、脈は平、腹診しても特別の所見はない。そこで妊娠を促す当帰芍薬散を与えた。
 この漢方を2ヶ月間服用して、翌年5月20日に電話があり、現在妊娠3ヶ月半で、分娩予定日は12月7日という知らせがあった。
 その後順調に経過し、56年12月5日に男子(3675g)を分娩。陣痛促進剤を使用したが、自然分娩であったという知らせがあとで届いた。
〔漢方的考え方〕 
 当帰芍薬散は子宮及び付属器炎に応用される漢方である。この患者さんのように卵管狭窄というような気質のある人も、この漢方によってとり除かれて妊娠することを示す症例である。
 漢方はあまり個々の症状にとらわれないという利点があり、体全体を無理なく健康体へと導いてゆくものである。

7回の人工授精も効果のなかった不妊症が、5カ月間の服薬で妊娠。
 田近裕子。37才。昭和55年12月26日初診。結婚歴2年、子宝に恵まれないといって浦和市から来院。
 これまでに夫婦間人工授精をB大学病院で7回受けたが、成功しなかったという。月経の周期は順調で、基礎体温も高温期、低温期の二相性を示すが、高温になるときさっと上がらず、月経痛もある。排卵日の2日前に腹痛がある。
 常に胃腸が弱く、神経質で寒がり、冬は手が荒れるたちで冷え症。食欲は普通であるが、甘いもの、塩辛いものが好きで、湯茶をよく飲む。大小便ともに普通。
 身長155cm、体重48kgで、脈は弱く、腹診では著明な所見はないが、乳房は未熟で発育不全の感じがする。そこで、まず妊娠を促す当帰芍薬散を与えた。胃腸が弱いため人参を、冷え症であるため附子を加味する。
 この漢方を飲み始めて高温気の曲線がよくなり、5カ月間服用して、翌年5月6日に「現在妊娠3カ月目に入り、つわりです」といううれしい電話があった。そこで小半夏加茯苓枳実湯をすぐ送る。5月8日に次のような来信があった。
 「さっそくお茶をお送りくださいましてありがとうございました。昨日病院へ行ってきましたが『よくできましたね。たいしたものですよ』と先生に言われました。これも寺師先生のおかげとたいへんうれしく思っております。予定日は12月10日だそうです。
 これからも十分気をつけて、今までの努力を無にしないようにしたいと思っております。どうもありがとうございました」と。
 その後順調に経過し、予定より9日遅れて56年12月19日に、女子(2644g)を自然分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは月経が順調で排卵もあり、一見妊娠できるように見えても、乳房の発育が未熟であり、全体的にみると体の部分部分(子宮・卵巣)がまだ発育不全であったとみるべきであろう。7回の夫婦間人工授精も失敗に終わったこの患者さんは、当帰芍薬散によって妊娠し、分娩した。婦人科医が「よくできましたね。漢方薬はたいしたものです」と感嘆したのも当然である。

虚弱で疲れやすい体質を改善して妊娠
 町田久子。28才。結婚して1年5カ月たつが、妊娠しないといって、昭和55年7月8日来院。胃下垂、低血圧、貧血と不妊の治療のため、6月まで他の病院に通院していたという。
 疲れやすく、食後眠くなるたちで、下痢と便秘を繰返す由。月経の周期は不順で、33日から45日と遅れぎみ。神経質で、寝つきが悪く、冷え症で寒がりであるという。
 身長148cm、体重46kgで、脈は弱く、腹診すると軟弱で力がない。血圧も最高100、最低70ミリと低い。
 胃腸が虚弱であるが、身長と体重のバランスからみて、四君子湯と六君子湯の適応症ではないと考え、妊娠を促す当帰芍薬散を与えた。それに、疲れやすい点を考えて、活力のもとである人参を、冷え症と便秘があるため附子と大黄を、それぞれ加味する。
 この薬方をつづけて4ヵ月間服用し、年を越して4月4日に、「現在妊娠3カ月に入り、分娩予定日は11月10日です」といううれしい電話があった。
 ところが18日になって、流産しそうだとの電話があったので、さっそくきゅう帰膠艾湯を送る。
 4月28日に来院。電話をかけた18日から22日まで、大事をとって入院した由。きょうから4ヵ月に入るという。腹診すると、おなかはふっくらとし、初診時には勢いのなかった乳房も豊かになり、乳頭は黒ずんでいる。流産防止と安産のため、当帰芍薬散を与えた。
 以後順調に経過したが、臨月になってさかごと判明した。つづけて当帰芍薬散を投与。10月21日、女子(2705g)を10時間半かかって分娩した。さかごであったため、時間がかかったのであろう。
〔漢方的考え方〕
 疲れやすく、冷え症で、貧血ぎみのこの患者さんは、当帰芍薬散加人参附子によって血行をよくし、活力を増して気をめぐらし、水分代謝をととのえ、体をあたためて、受胎しやすい母体をつくり、妊娠することに成功した。この薬方は不妊を治すと同時に、流産止めの薬であり、安産の薬でもある。

一つの薬方を3年間つづけて結婚11年目に妊娠
 塚本早苗。31才。結婚して7年になるが、いまだにこどもができないといって、横浜市から昭和52年10月7日に来院。
 月経は不順で、周期が45日から60日目と長く、ホルモン剤を内服しているという。冷え症で寒がり、刺激物をとると便秘するという。
 身長148cm、体重55kgで、脈は弱く、腹診すると腹全体が軟弱で力がなく、乳房にも勢いがない。
 妊娠を促す当帰芍薬散を与えた。冷え症であるため、附子を加味。この薬方を1年間まじめに服用して、翌53年10月11日に来院。
 月経は相変わらず2ヵ月に1回しかなく、基礎体温は高温期がなく低温期ばかりがつづくというが、乳房に勢いがでてきているので、希望を捨てずにもう少し飲んでみようと励ました。この患者さんは明るい性格なので、それが救いであった。
 本方を8カ月間服用して、54年7月31日に「先生、この2週間高温期がつづいています」といって来院した。月経も3ヵ月前から毎月あるようになったという。乳房が突出してきている。きっと妊娠に違いないと思い、婦人科でみてもらうように話した。
 8月10日に、妊娠3ヵ月とのうれしい電話が入った。ところがその喜びもつかの間、18日には、流産してしまったという電話があり、がっかりした様子である。私は、妊娠したのは事実なのだから、もう少しがんばりましょうと激励し、つづけて当帰芍薬散を飲んでもらった。
 この薬方を1年間服用した結果妊娠し、56年5月2日には電話があって、「4月27日に男子が生まれました。軽いお産でした。11年目にやっと子どもに恵まれました」といううれしい知らせだった。
 3年間の間、私を信頼し、あきらめずによくついてきてくれたと、分娩の報告に私も感激ひとしおであった。
〔漢方的考え方〕
 普通、1〜2年間漢方薬を服用して妊娠しないと、患者さんも私もあきらめてしまうことが多かった。しかし、この患者さんのように3年以上かかって成功する例もある。
 長い間、同じ薬方(この場合は当帰芍薬産)を与えつづけて効果がないと、この薬方はまちがっているのではないか、ほかの薬方に変えたほうがよいのではないか、何か見落としているのではないか、とあれこれと迷いが生じてくる。
 いろいろと検討して薬方を考え直すことも大事であるが、しかし、この薬方しかないという信念を、最後まで貫いて投薬することも大事であることを教えられた症例である。

冷え症でのぼせ症の体質を改善して二人目を出産
 児玉恵理。31才。結婚歴4年ヵ月。昭和53年12月8日初診。結婚の翌年に女子を出産したが、今年9月初めに流産したので、もう一人ほしいといって埼玉県から来院。
 婦人科で黄体ホルモン機能が弱いと言われ、ことし4月までホルモンの内服や注射を受けていたとのこと。月経周期は30日型で順調であるが、高温期は短く、低温期は長い。冷え症で顔がほてり、冬は手足が荒れるたち。身長169cm、体重64kgと大柄であるが、脈や弱く、腹診すると思ったより腹力がなく、へその上部で動悸がふれる。
 まず、妊娠を促す当帰芍薬散を与えようと考えたが、顔のほてり、手足の冷えを目標に温経湯を投与した。2週間服用して12月22日に来院し、どうも飲みにくいという。そこで最初にかんがえたとおり当帰芍薬散に転じた。
 この薬方をつづけて3カ月間服用し、その後連絡がなかったが、翌55年1月8日に電話があり、妊娠2ヵ月半で分娩予定日は8月15日、流産止めの薬を送ってほしいという。さっそく当帰芍薬散を送る。その後順調に経過し、55年8月22日に女子(3520g)を無事分娩した。
 〔漢方的考え方〕
 温経湯は主として婦人の病(更年期障害、血の道症、不妊症、流産壁)に用いられ、月経不順、子宮出血があって、冷え症で手足がほてったり、くちびるの乾くのを目標にして用いる。浅田宗伯は『勿誤薬室宝函口訣』で、以上のほかに「上熱下寒」(顔がほてり、手足が冷える)の症状も目標の一つとしている。それでこの患者さんは上熱下寒をポイントに、温経湯の証ではないかと思われたが、実際には当帰芍薬散で妊娠したのである。こように証の把握はなかなかむずかしいものである。

卵巣、子宮の発育不全を改善して妊娠
 今村繁子。33才。結婚して5年、C大学病に通っているが、いまだ子宝に恵まれないといって昭和55年12月13日に来院。
 肝腎の月経は不順で、排卵誘発剤を飲むと30日ごとにあるが、飲まないと不順になる。月経時に痛みがあり、基礎体温が高温期になるときもさっと上がらず、だらだらと上がるという。冷え症でいらいらして疲れやすいタイプ。
 食欲は普通で、甘い物を好み、果物をよくとる。便通は1日1回でかたく、小水は8回。身長163cm、体重50kgと大柄であるが、脈は弱く、腹診すると全体に力がない。
 月経不順と冷え性を目標に、当帰芍薬散を与えた。冷えがあるため附子を加味。なお、甘い物と果物を少し制限するように指示する。
 2週間後に来院し、まあまあの飲みぐあいだが、くちびるが乾いている点と、肌にあぶらけがなくガサガサしているのがどうしても気にかかるので、温経湯に転じてみた。ところが2週間服用して翌56年1月10日に来院し、前の薬のほうが調子がよいという。そこで当帰芍薬散加附子に戻した。
 この薬方をつづけて5カ月間服用して、7月3日来院。現在妊娠3ヵ月で分娩予定日は来年の2月7日であるという。引きつづいて当帰芍薬散を7カ月間服用し、57年2月5日に男子(2920g)を分娩した。
 〔漢方的考え方〕
 排卵誘発剤を飲まないと月経が順調にならなかったこの患者さんは、一種の卵巣及び子宮の発育不全といえるであろう。このような場合、当帰芍薬散で卵巣及び子宮の発育不全を改善することによって、妊娠する例が多い。
 この患者さんは大学病院に長年通って妊娠しなかったが、漢方薬を飲み始めて一年ちょっとで子宝に恵まれた例である。

子宮外妊娠、流産などの経験を克服して出産
 近藤貴美子。28才。小学校教師。結婚歴3年11カ月。昭和55年12月16日初診。結婚して間もなく子宮外妊娠で右の卵管卵巣を摘出し、その後子宝に恵まれないといって、千葉県より来院した。
 月経周期は順調であるが少ない。基礎体温は高温期、低温期の二相性を示すが、全体的に低い感じ。冷え性で顔がほてり、立ちくらみするという。婦人科で左の卵巣がはれていると言われた由。
 身長151cm、体重42kgと小柄で、脈は弱く、腹診すると軟弱無力である。まず妊娠を促す当帰芍薬散を与えた。冷え性であるため附子と、胃腸に活力をつけるため人参を加味する。
 この薬方を46日分服用してその後連絡がなかった。ところが翌年5月27日に来院し、その後の経過を次のように話した。
 漢方薬を飲み始めると基礎体温がきれいな二相性になり、3月に妊娠したが5月5日に流産してしまった。婦人科医に子宮が小さいので流産したのではないかといわれた。とがっかりした様子であった。
 そこで、もう一度最初からやり直しましょうと励まし、診察にかかった。流産したばかりで顔に生気がなく、食欲もない。腹診してみると全体に力がない。
 まず、食欲を出して母体を回復させようと考え、人参を主薬とする四君子湯を与える。七月になり次のような便りがあった。
 「5月27日にいただいた薬は、最初の5日間は自分でも驚くほど食欲が出て、体重もどんどんふえるかのようでした。しかし一週間目あたりから、朝起きたときに口の乾きを覚え、数日たつと一日じゅう渇く感じです。同じ薬でありながら、日によってとても飲みやすい日と苦くて飲みづらい日があるので自分でも不思議です。
 一人でもいいから赤ちゃんがほしく、いいお薬をいただきたいと思います。
 基礎体温は一応二相性になっていますが、低い体温で二相性になっているような気がします。低温期が約21日つづき、それから少し体温が高くなりますが、10〜14日で次の生理がくるというのが私のパターンです。
 いまのお薬(四君子湯)の前にいただいた薬(当帰芍薬散)は、最初は体があたたまるだけでしたが、1ヵ月目くらいから食欲がとても出たのを覚えています。忙しいため飲む薬がなくなったのに、先生のところへ薬をもらいに行かなかったことを後悔しています。
 でも、あの薬(当帰芍薬散)で体調がよくなったのか、2年も妊娠しなかったのに、基礎体温がきれいに出ているなと思った矢先に待望の妊娠。でも最初から反応がとても弱いと言われ、不安の毎日でしたが、やっぱりだめでした。
 先日、先生が『必ず赤ちゃんができるようにしてあげます』と言ってくださり、どんなにか心強かったかわかりません。流産して2ヵ月がたちました。ことしの10月ごろにまた妊娠できればいいなと思っています。
 私としては、いまの薬より前にいただいた薬のようがよいように思いますが、よろしくお願いします」
 さっそく、前の薬、当帰芍薬散加人参附子を送った。すると、この薬方を飲みつづけるうちに妊娠し、翌年2月20日に次のような便りが届いた。
 「いま妊娠2カ月に入ったところで、きょう病院で10月が予定日と伺いました。しかし、去年の5月に流産したこともあり、医師に『流産しやすい人は内診で子宮にふれるのも危険なので、しばらく尿で反応をみましょう』と言われ、今日は尿検査だけでした。
 前回は最初から妊娠反応が弱かったし、今回もそうではないかと心配です。ただ心配しているよりも、先生の漢方薬に頼って、こんどこそ丈夫に産みたいと思います。前にいただいた薬で、食欲も出て体重も4kgふえ、現在45kgです。
 去年の9月、10月、11月の3カ月間の基礎体温はきれいな二相性でしたが妊娠せず、12月から寒いこともあり、だんだん乱れてきました。1月もそうでしたが、1月15日の生理を最後に妊娠しました。
 不思議なもので、12月から足腰が冷えて、夜などあんかなしでは眠れなかったのに、妊娠してからは体がポカポカしております。いまは大事をとり、流産しないように寝たり起きたりの毎日です。
 お忙しいと思いますが、できるだけ早くお薬をお送りいただけたらと思います。よろしくお願いいたします」と。
 そこで、患者さんのせつなる願いをかなえるためにいろいろと勘案した。当帰芍薬散、当帰散、きゅう帰膠艾湯かと考えた末、安胎に効果のある白朮と黄ごんを配合してある当帰散がいちばんよく効くであろうと考え、これに胃腸に活力をつける人参を加味して送った。
 この薬方が効いたのであろうか、その後流産することもなく、順調に経過して、57年10月17日に待望の男子(3840g)を自然分娩し、私は約束を果たした思いでホッとしたものである。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは、当帰芍薬散で二度まで妊娠したが、流産しやすいタイプ。それを当帰散で無事くい止めて分娩までこぎつけた症例である。
 当帰散は、当帰、黄ごん、芍薬、川きゅう、白朮の五味によって配合されている漢方で、漢方医学の治療原典である『金匱要略』に次のように記述されている。
「婦人妊娠、常に服するに宜し。当帰散之を主る。妊娠常に服すれば、即ち産を易くし、胎に苦疾なし」と。
 江戸時代の名医、有持桂里も『方輿げい』で「此の方、保孕の聖剤なり」と言っている。


きゅう帰膠艾湯
 流早産癖を母体づくりで治療し結婚10年目に出産
 鎌田康代。33才。昭和55年11月21日初診。46年2月12日に結婚して9年9カ月。その間、46年、50年、53年にそれぞれ3ヵ月で流産し、49年、55年に8カ月で早産している流早産癖のある婦人。この習慣性の流早産を治して、ぜひとも子どもがほしいといって、神奈川県から来院した。
 月経は順調で7日間あり、排卵はあったりなかったり、子宮が小さいと言われたという。
 身長153cm、体重42kgのやせ型で、食事をするとすぐ眠くなる胃アトニータイプ。これまでに大病をわずらったことはないが、尿糖が陽性。お茶や牛乳、果物をよくとる。便通1日1回でかたい。小水は6〜7回とのこと。
 脈、腹をみると、ともに弱い。まず胃腸に活力をつけて母体をつくることが先決と考え、人参を主薬とする四君子湯を与えた。舌をみて苔がないので四君子湯とし(苔があるときは六君子湯を用いる)、尿糖があるので地黄を、それに便通が少しかたいので大黄をそれぞれ加味した。そして、お茶類など水分を少し控えるように指示した。
 この処方を35日分服用して、翌56年1月9日に来院した。「すぐに妊娠して分娩予定日は9月7日です。流産止めの薬がほしい」という。これまで流早産を5回も経験しているので、神経質になっている。そこできゅう帰膠艾湯と四君子湯を1日おきに交互に服用する指示する。
 2月10日来院して、順調とのこと。二方を与えて5月末まで服用するように話し、夫婦関係を慎むようにと注意する。以後順調に経過し、10月28日に電話があり、8月25日に女子(3160g)を分娩したとのうれしい報告があった。
〔漢方的考え方〕
 この婦人はもともと胃腸が弱く、食事のあとすぐに眠くなることから、脾胃の虚と考えて四君子湯とし、尿糖が陽性なので地黄を加味した。
 妊娠中は流産止めのきゅう帰膠艾湯を併用して、流早産をうまく切り抜けて、無事出産にまで導いた例である。
 このきゅう帰膠艾湯について、尾台榕堂は『類聚方広義』の中で、「婦人妊娠するごとに堕胎する者あり、産するごとに育たざる者あり。この症の人は始終この方を服し、五月以降は枕席を慎み、以て不育の患を免るべし」と述べている。
 これはつまり「流早産を繰り返す不育症の婦人は、妊娠中きゅう帰膠艾湯を服用し、妊娠5か月以降は夫婦関係を慎むならば、無事出産できる」というわけである。これを実際に証明したのがこの症例といえよう。


 出産後の月経不順を解消し二人目を出産
 佐藤真由美。28才。結婚歴5年。昭和50年4月30日初診。一児をもうけたが、その後1年半ぐらいたってから月経が狂いだし、月経が終わって10日ほどたつと、出血があるという。婦人科で治療しているが、効果がない、もう一人子どもがほしいといって来院。
 患者さんは中肉中背のタイプ。冷え症でのぼせがある。脈は弱く、腹は全体に軟弱無力。
 まず、月経の変調を治そうと、きゅう帰膠艾湯を与えて様子をみることにした。
 1カ月間服用すると、中間出血はきわめて少なくなり、やがてほとんどなくなったという。それから間もなく、妊娠したという知らせが7月4日にあった。妊娠後は流産予防のために当帰芍薬散を服用し、翌51年2月20日に待望の男子(2700g)を分娩した。
〔漢方的考え方〕
 これは、女性ホルモンのバランスの乱れによると思われる中間出血を、きゅう帰膠艾湯で調整しそのうえ妊娠へと導いた症例である。


 中間出血が3ヵ月に1回起こる体質を治して妊娠
 松本圭子。29才。昭和52年11月11日初診。結婚歴5年で結婚して1年後に長女が生まれたあと、2年間避妊をした。ところが、その後避妊を解いても妊娠しない、二人目の子どもがほしいといって来院。
 月経周期は28日型だが、月経と月経の間に出血する中間出血が、3カ月






























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