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中間出血が3ヵ月に1回起こる体質を治して妊娠
松本圭子。29才。昭和52年11月11日初診。結婚歴5年で結婚して1年後に長女が生まれたあと、2年間避妊をした。ところが、その後避妊を解いても妊娠しない、二人目の子どもがほしいといって来院。
月経周期は28日型だが、月経と月経の間に出血する中間出血が、3カ月に1回の割で起こるという。なお、小学3年のとき、虫垂炎の手術をして癒着があり、子宮が右に傾いているということである。
 患者は中肉中背のタイプで、脈は弱く、腹診してもなんら特別な所見は認めない。
 そこで、まず中間出血を治そうと思い、止血に効果のあるきゅう帰膠艾湯を与えてみた。1ヵ月間服薬したのち、暮れの12月28日に母親が来院し、次のように話した。
「お薬をいただいたあくる日に生理が始まり、薬を飲んだら生理が止まってしまいました。そこで、生理の期間だけ服薬を中止して、生理が終わってから飲み始めました。すると10日ぐらいで妊娠したようです。それで、今日は流産しないようにするためのお薬をください」という。
 そこで当帰芍薬散を与える。本方をつづけて飲んだ結果、流産することもなく、昭和53年8月21日に無事女子(3460g)を分娩した。
〔漢方的考え方〕
 きゅう帰膠艾湯は、下半身の出血をよく止める薬方であり、しかも貧血を治す。この患者さんの場合は、避妊が原因してホルモンのバランスが乱れたためか、中間出血が起こった。それに対してきゅう帰膠艾湯が効を奏して、妊娠に都合よく働き、その後当帰芍薬散が流産防止に役立った症例である。


流産を漢方薬と手術で予防し出産にこぎつける
 橋本昌子。28才。昭和55年2月15日初診。結婚歴4年。子宝に恵まれないといって札幌市から来院した。常に頭が重く、肩がこり、目が疲れて、冷え症で寒がりである。月経の周期は30日型で順調、量は中等度で5日間あり、月経痛はない。高温期は12〜13日で普通。流産のため大学病院で2回掻爬手術を受けている。
 食欲は普通、湯茶も1日5〜6杯程度。便通は2日に1回でかたく、小水は普通とのこと。
身長160cm、体重50kgで、脈は弱く、腹診しても特に所見はない。
 そこで、妊娠を促すといわれる当帰芍薬散を与えた。冷え症と便秘があるため、附子と大黄を加味する。3週間服薬して胃にもたれることもないというので、そのままつづけて投与した。
 このようにして、終始当帰芍薬散加附子大黄を10月末まで服用させたところ、12月9日に電話が入り、現在流産しないよう大事をとって入院しているという知らせがあり、12月16日に次のような便りが届いた。
「現在妊娠7週目に入りました。大学病院では前2回の流産を重視して入院をすすめ、入院生活3週目を迎えました。こちらでは副作用をおそれ、なんの投薬もないため、先生のお薬だけを頼りに飲んでおります。いまのところ特別流産の徴候はありませんが、前の2回の流産がどちらも3ヵ月の末でしたので、そのころに出血があるのではと、不安な気持ちでおります。流産度めの特効薬がありましたらよろしくお願いいたします」と。
 さっそく、流産傾向の強いときに用いるきゅう帰膠艾湯を60日分送った。翌56年2月13日に、流産しないよう子宮頸管をしばってもらったが、流産止めの薬をつづけて服用したいとの電話があり、急に流産するおそれもなくなったので、妊孕を保つためと、流産防止の当帰芍薬散を送る。5月20日に、「ようやく8カ月目に入り、なんとか無事過ごしておりますが、ときおりおなかが張り、尿タンパク(+)がつづいておりますので、注意が必要と思われます。お薬をお願いいたします。」という便りがあった。
 その後、流産予防と尿タンパクに効果のある当帰芍薬散を5カ月間飲みつづけ、8月1日に男子を分娩し、次のようなお礼状をいただいた。
「8月1日、無事男子を出産いたしました。体重2900g、身長49cmで、たいへん安産で、母乳もその日から出て驚くほどです。これもみな先生のおかげと、家族ともどもたいへんに感謝いたしております。ほんとうにありがとうございました」と。
〔漢方的考え方〕
習慣性の流産の中には、頸管(子宮と膣の間のパイプ)がゆるみやすいために、胎児が大きくなる妊娠中期になると、頸管がいつの間にか開いて破水し、流早産を起こすものがある。これを頸管無力症という。
この場合には、頸管を外科的にしばって(膀縮という)、胎児が妊娠末期まで保てるような処置をする。
 この患者さんは、頸管の縫縮手術だけで妊娠を継続できたかは疑問である。
 婦人の聖薬といわれる当帰芍薬散を、妊娠前7カ月間、妊娠後5カ月間服用したこと、流産防止に効果のあるきゅう帰膠艾湯の服用が時宜を得ていたこと、子宮頸管の縫縮手術を施したこと、この三つの要因が相まって無事分娩までこぎつけたものと考えるのが妥当であろう。


切迫流産を治して無事出産
 中野真佐子。28才。小学校教師で結婚歴4年5か月。昭和55年8月20日初診。
 51年2月に結婚して翌年5月に男子を分娩したあと、54年11月、55年5月にそれぞれ3〜4ヵ月で流産。婦人科ではホルモンのバランスが悪いと言われたという。この流産癖を治して、もう一人子どもがほしいといって横浜から来院した。
 月経周期は順調で、基礎体温も高温期、低温期の二相性を示すが、冷え症でしもやけができるたち。身長148cm、体重40kgとやや小柄で、脈は弱く、腹部も全体に軟弱である。
 まず妊娠を促す当帰芍薬散を与えた。冷えがあるため附子を加味する。40日間服用したあと、10月19日に「流産らしいので薬を送ってほしい」と連絡があり、さっそくきゅう帰膠艾湯を送った。
 11月15日に来院し、流産ではなかったという。腹診すると初診のときと変わりないので、再び当帰芍薬散を与えた。 この薬方を4ヵ月半飲み、56年5月2日に来院したが妊娠のきざしは見えない。腹診するとへその丈夫に動悸がふれる。ふけも多い。そこで桂枝加竜骨牡蛎湯に転じた。
 これを3カ月間服用し、8月5日に来院。「先人婦人科で診察してもらうと子宮の着床部位よくないと言われた」という。月経の時に腰が重だるく、ときどき頭が痛むとのこと。
 そこで、腰の重だるさ、冷え症、しもやけにポイントを当て、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を与えた。すると間もなく妊娠したらしい。10月2日に「流産のような感じがする」という電話がありさっそくきゅう帰膠艾湯を送る。これを2ヵ月間服用し、12月2日に次のような便りが届いた。
 「私は10月に切迫流産となって以来、大事をとって勤めを休んでいます。先日の薬のおかげで11月17日に赤ちゃんの心音を聞くことができました。前回もその前も聞くことができなかっがので、奇跡のように思えます。
 お医者さんは切迫流産の治療の必要はないと言っておられます。いま4ヶ月目です」と。ひきつづききゅう帰膠艾湯を分娩するまで服用し、流産のおそれもなく、57年5月25日に女子(3400g)を分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この婦人は何度か流産しそうになったが、、妊娠3か月目からきゅう帰膠艾湯をを与えて、無事に分娩までこぎつけた症例である。
 このようにきゅう帰膠艾湯は、当帰芍薬散、当帰散と同様、流産を防ぐためによく用いられる薬方である。この三方のうち、きゅう帰膠艾湯をは止血の働きが強く、切迫流産により効果がある。
 この薬方について『金匱要略』は、「半産(流産のあと)つづいて下血絶えざる者、きゅう帰膠艾湯を主る」と述べている。


※加味逍遥散

流産処置後の不正出血を治して妊娠に成功
 田辺伸子。28才。結婚歴6年。不正出血を治してもらいたいといって昭和56年7月14日来院。
 3ヵ月前に稽留流産(死亡した胎児が子宮内にとどまっているもの)で掻爬し、1ヵ月ほど出血がつづき、現在もなお不正出血があるという。過去にも一度流産したことがあり、いまだに子宝に恵まれていない。
 月経周期は不順でときどき痛みがある。冷え症で腰がだるく、いらいらして怒りやすく、眠りが浅く、すぐ目が覚めるなど訴えが多い。身長154cm、体重49kgで、脈は弱く、腹診すると腹全体に弾力がない。
 この患者さんは、掻爬したために体が衰え、いろいろ神経症状を訴えていると考え、加味逍遥散を与えた。冷えがあるため附子を加味。これを34日分服用すると、出血しなくなり、調子がでてきていらいらしていたこともうそのようで、気分がおちついてきたという。
 そのままつづけて服用、すると12月15日に来院し「妊娠しました。分娩予定日は来年の8月5日です」とのこと。そこで、こんどは流産しないようにきゅう帰膠艾湯を与えた。
 その後無事に経過し、57年8月6日に女子(2920g)を自然分娩した。
〔漢方的考え方〕
 流産や掻爬のあとで、体の変調を訴える婦人が多い。この患者さんも一度自然流産し、今回また掻爬したために、血行が狂い、不正出血やいろいろな神経症状を訴えていた。
 そこで、血行をよくし、活力を増して精神不安を緩和する加味逍遥散を与えたのである。経過は非常によく、精神が安定するに伴なって体力を回復し、妊娠するに至った。
 加味逍遥散は一般に更年期の薬方と思われがちであるが、この症例のように不妊に用いる場合もある。私の恩師、大塚敬節先生は、『症候による漢方治療の実際』の中で、この加味逍遥散を、6年間妊娠しない婦人に、頭痛、肩こりを目標に与え、3ヵ月で成功した症例を発表しておられる。


さまざまな症例があり、それらを解消してから当期芍薬散類を用いるタイプ ●当帰芍薬散類型(2)
※母体づくりの薬方から当帰芍薬散へ
 子宮が小さく腰が痛む婦人が結婚8年目に妊娠
 中川恵子。31才。結婚歴6年4ヵ月。昭和52年2月1日初診。結婚して3年間は避妊していた。ところが、避妊を解いても妊娠しないといって、広島県から上京してきた。
 月経の周期は30日型で順調であり、基礎体温も高温期、低温期の二相性であるが、帯下(おりもの)が多い。
 婦人科で診察を受けたところ、子宮が小さく、しかも子宮内膜症があり、それと関連するのであろうか、腰が痛み、夫婦関係のあとにも少し痛みがあるという。
 胃は強いが腸は弱く、環境が変わるとすぐ下痢するタイプで、冷房に弱い。食事は普通であるが、飲み物、果物を多くとる。大便は1日1回、小水は近い。
 患者は、中肉中背のすらっとしたタイプで、脈は弱く、腹診すると腹直筋が緊張し、へその斜め左の下にピンとした圧痛がある。
 へその斜め左の下の圧痛店、夫婦関係後の痛みを考慮して、折衝飲加附子を与え、同時に飲み物、果物を控えるように指示した。
 80日間服用後、4月28日に再び広島から来院する。夫婦関係のあとの痛みがとれてうれしいという。腹診すると、腹直筋の緊張も、へその斜め左の下の圧痛点もだいぶやわらいでいる。
 そこでこんどは、冷房に弱いこと、小水の近いことなどを考えて、妊娠を促す薬方といわれる当帰芍薬散に切りかえた。腸が弱いために人参と黄ごん、冷房に弱いため附子を加味した。
 この薬方を3カ月間服用したあと、7月26日に妊娠したといううれしい知らせがあった。なおも流産防止のために同方の服用をつづけ、翌53年8月23日に女子(3500g)を分娩した。結婚8年目に得た子宝と喜ばれた。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは、腹直筋の緊張とへその斜め左の下の圧痛点をポイントに、折衝飲で治療し、その後、一般に妊娠を促す薬方といわれる当帰芍薬散によって妊娠した症例である。
 このように、二段階を踏まなければ成功しない不妊症も案外多い。


膀胱炎の体質を改善して妊娠に成功
 門田弘子。31才。結婚歴7年。2年目に男子を生んだが、その後妊娠しない。もう一人子どもがほしいといって、青梅市より昭和52年7月16日に来院。
 月経周期は28日型で順調。基礎体温も高温期、低温期の二相性であるが、冷え性である。よく膀胱炎を起こし、いまもかかっているという。
 身長155cm、体重42kg脈が弱く、腹診すると腹も弱く力がない。
 まず膀胱炎の治療からと考え、虚証タイプに用いる清心連子飲を与えた。冷え性であるために附子を加味する。
 一週間服用して、膀胱炎は治ったというので、妊娠を促す当帰芍薬散に転じた。この患者さんは胃弱であるため、人参を加えた。
 この薬方を2週間服用して来院。まだときどき膀胱炎を起こすという。そこで、清心連子飲と当帰芍薬散の両薬方を与え、膀胱炎が起こったときは清心連子飲を、通常は当帰芍薬散を服用するように指示した。
 60日間の服薬で、膀胱炎は起こらなくなった。そこで、当帰芍薬散を5カ月つづけて投薬すると、翌53年3月2日に次のような便りがあった。
 「おかげさまで妊娠しました。ほんとうにありがとうございました。予定日は10月29日です。流産防止の薬とつわり止めの薬をお送りください」と。
 さっそく、流産防止に当帰芍薬散を、つわり止めに小半夏加茯苓湯を送った。
 54年正月に便りがあり、「昨年はたいへんお世話さまになりました。10月29日の予定日より3週間ほど早く生まれましたが、おかげさまで元気なため、保育器には入らずにすみました。53年10月6日、男子分娩、体重2400g、身長46.7cm」ということ  だった。
〔漢方的考え方〕
 膀胱炎と尿道炎は女性に多い病気である。冷え性も膀胱炎の一因であろう。これには清心連子飲がよく効く。
 この患者さんは、清心連子飲で膀胱炎の体質を改善したあとで、妊娠を促す薬方といわれる当帰芍薬散を用いて成功した症例である。

流早産癖と月経不順を克服して妊娠に成功
 山崎幸子。28才。昭和53年8月12日初診。子どもがほしいといって、長野県から来院。51年5月に結婚して、8月に妊娠2カ月で自然流産した。当時、妊娠とわからずに車に乗っていたという。
 月経の期間は以前は4日間であったが、流産してからは10日間ぐらいだらだらとつづくようになり、量も多くなった。基礎体温は、高温期がなく低温期ばかりで、月経痛と帯下(おりもの)がある。
 婦人科の通気検査で、片方の卵管は通るが、もう一方の卵管は水がたまっていて通らないと言われたという。
 この患者さんは中肉中背のタイプで、いらいらすることが多く、汗かきで足がほてり、常にくびや肩がこって、腰が痛む。しもやけはできないが、左右にあかぎれができる。中学3年のときに、急性腎炎になったことがあるという。
 食事は甘い物、辛い物を好み、湯茶は1日5〜6杯、果物も多くとる。大小便はともに普通。
 脈をみると弱く、腹診すると軽い胸脇苦満があり、皮膚にはしみが多い。下腹部が少しかたく、へその右下を押さえると痛がる。漢方でいうお血の証である。
 いろいろ考えた結果、加味逍遥散合四物湯を14日分与えた。
 この薬方が効いたのであろう。8月26日の来院の際、飲み始めた日から月経が始まり、これまではだらだらと10日間つづいたのが、7日間ですっきり終わったという。そこで、本方を1ヵ月間つづけて投薬した。
 9月22日に再び来院。月経前に腰が痛むという。腹診すると、下腹部のかたさが以前よりやわらいでいるが、まだ少しかたい。ここで当帰芍薬散に転方し、1カ月分投与する。
 これを飲み、すぐに妊娠したのであろう。11月28日に電話があり、現在妊娠3カ月で、分娩予定日は54年6月21日という知らせだった。
 その後なんの連絡もなく、半年たって、翌54年5月30日に来院。話によると、4月7日に胎盤早期剥離で早産したという。また、去年の12月ごろから尿タンパクが陽性となり、むくみも出て、血圧も高かった由。
 脈は弱く、腹診すると、下腹部のかたさはまだいくぶんかある。血圧は最高130、最低85ミリ、尿タンパクはプラスマイナス。
 いろいろ考えあわせて当帰芍薬散を1ヵ月分与えた。これに血圧を考慮して、釣籐釣を加味する。
 8月に入ってから、再び妊娠して、分娩予定日は55年5月1日との報告があった。その後順調に経過し、予定日より1週間遅れて、55年5月8日に女子(2630g)を自然分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは、流産後月経が不調となり、基礎体温も低温期ばかりで高温期がなかった。患者に適応する薬方、加味逍遥散合四物湯で月経が順調となり、それが受胎しやすい方向へプラスに働き、そこへ妊娠を促す当帰芍薬散を与えて成功した症例である。なお、この当帰芍薬散は、妊娠中の高血圧や浮腫、尿タンパクを解消する薬方でもある。


4回の流早産を克服して二人目を出産
 細野圭子。36才。結婚歴10年7カ月。昭和55年11月12日初診。46年5月に女子を分娩したあと、流早産を4回経験している。49年秋8カ月、50年冬4ヵ月、52年秋9カ月、54年秋7カ月でそれぞれ流早産している。
 それでなんとかしてもう一人こどもがほしい、といって埼玉県より来院。
 月経の周期は順調であるが、基礎体温は高温期が短く、低温期が長い。冷え症で腰が重く、冬はしもやけができるたち。車に酔い、よくなまあくびが出るという。
 身長158cm、体重50kgで、脈は弱く、腹診すると腹全体がかたくて下腹部が張っている。冷え性、腰の重さ、しもやけ、下腹部の緊張などから考えて、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を与えた。冷えがあるため附子を加味する。
 この薬方を7カ月間つづけて飲み、翌56年9月29日に来院。腹診すると腹全体のかたさと下腹部の緊張が解消して、腹部に弾力を帯びてきている。そこで妊娠を促す当帰芍薬散に転方した。
 この薬を2ヶ月半服用、57年1月22日に電話があり、現在妊娠2カ月で出産は9月中旬と知らせてきた。その後引きつづいて本方を服薬していたが、6月2日に早産のおそれがあるので入院するとの連絡があった。
 8月4日に34周で早産となり、帝王切開で女子(1935g)を分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは不妊症というより不育症で、過去4回も流早産している。その流産タイプを当帰四逆加呉茱萸生姜湯で調整し、次いで当帰芍薬散で妊娠までこぎつけ、早産のおそれを帝王切開で切り抜けた症例であり、漢方治療と近代医学のドッキングが成功した例である。


5年間の不妊が、母体づくりに成功して短時日に妊娠
 井上善子。25才。美容師。結婚して5年になるが子宝に恵まれないといって、昭和56年3月24日に来院。
 職業上、立ち仕事のせいか疲れやすく、肩がこり、足腰がだるく、腰が痛いという。
 月経周期は順調であるが痛みがあり、基礎体温は高温期、低温期の二相性を示す。冬は手が荒れて、おなかにガスがたまりやすいという。身長164cm、体重53gkで、脈は弱く、腹診すると下腹部が突っ張っていて冷たい。
 下腹部の突っ張り、腰のだるさ、腰の痛み、ガスなどから考えて、当期四逆加呉茱萸生姜湯を与えた。この薬方を3カ月間服用して、7月21日に来院。生理痛がなくなって楽になったという。腹診すると、下腹部の突っ張りが少しとれている。
 そこで妊娠を促す当帰芍薬散に転じた。本方を44日間飲み、9月1日に来院し、この薬は飲みやすいといい、月経が遅れているという。乳頭をみると勢いがよくなっている。ひょっとすると妊娠かもしれない。婦人科でみてもらうように指示した。
 果たして1週間後の9月8日に来院し、「妊娠2カ月です」とうれしそうに報告。3日前から下痢をしているというので、真武湯を与えた。
 その後順調に経過し、57年4月30日に女子(3800g)を自然分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは、当帰芍薬散に転じてからひと月足らずで妊娠している。それでは最初から当帰芍薬散を与えたらどうであったろうか。おそらく手間どったと思われる。なぜなら、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を服用することで月経痛や下腹部の突っ張りがとれて妊娠しやすい状態となり、そこへタイミングよく当帰芍薬散を与えて、短時日の服用で成功したわけである。
 このように、この患者さんには妊娠に直接効果のあった薬方(当帰芍薬散)よりも、その前の母体づくりともいえる時期に服用した薬方(当帰四逆加呉茱萸生姜湯)が重要な働きをしているものと思われる。


お血の体質を改善して結婚6年目に女児を安産
 木本美恵子。29才。昭和50年3月26日初診。結婚して5年になるが子どもに恵まれないといって、埼玉県から来院。
 月経周期は早いときで28日、遅れると35日と不順。そのうえ、月経困難症で、また月経前に胃が痛み、吐き気がするともいう。冷え症で肩こりがあり、食事はおいしいが、胃腸は丈夫ではないという。便は秘結がち。
 体格は身長150cm、体重47kgと小柄。脈は平で、腹診すると下腹部が全体にかたく、へその斜め左側を押すと痛がる。いわゆるお血の症状がある。
 そこで、このお血の体質を改善しようと桂枝茯苓丸料を与え、冷え性と便秘があるため、附子と大黄を加味する。
 1ヶ月後の4月23日に腹診すると、こんどは右の下腹部に抵抗と圧痛を認める。これは、大黄牡丹皮湯を用いる症状であると考え、投与した。本方を服薬してのち5月21日に来院の際には、月経時の痛みがとれたという。腹診してみると、下腹部全体がやわらかくなっている。
 そこで、不妊症によく用いる当帰芍薬散を与え、これに附子と人参を加えた。これを2ヶ月間飲み、月経が順調になったという。いよいよ妊娠の可能性が出てきたことになる。
 同方をつづけていくうち、8ヶ月後の翌51年3月23日に、現在妊娠2カ月で、分娩は11月19日の予定であるといううれしい知らせを受け、11月8日に結婚6年目で女の子を分娩した。初診より出産まで1年7カ月余。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんでは、下腹部のかたいのをお血と診断し、これが妊娠を阻害していると考えられたので、最初にお血をとり除く漢方(桂枝茯苓丸料、大黄牡丹皮湯)を与え、次に妊娠を促す薬方(当期芍薬散)を投与して、成功した症例である。


子宮発育不全で子宮後屈があると診断された婦人が無事出産
 多田貞子。28才。結婚歴4年4カ月。昭和50年4月3日、名古屋市より来院。
 婦人科では子宮発育不全と言われ、子宮内膜症があり、また子宮後屈で卵管周囲に軽い癒着があるという。前年12月に2カ月で流産した由。
 月経周期は順調であるが、量が少なく、帯下(おりもの)もいくらかある。冷え症で、大便は2〜3日1回、小水は1日5〜6回という。
 患者の体格は中肉中背で、診察してみると脈は平、腹診すると軽い胸脇苦満と小腹急結があり、下腹部が冷たい。
 まず小腹急結にポイントをおき、桂枝茯苓丸料を与えた。これに柴胡と大黄を加える。3週間服用すると急結は少しとれたが、下腹部の冷えと足の冷えがとれないという。そこで、当帰芍薬散に変え、これに冷えを治すための附子を加えた。
 この薬方を80日間服用しているうちに妊娠し、翌51年3月16日に女子(3450g)を分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは腹証によりお血の症状があると考え、まず桂枝茯苓丸料を与えた。これによって内膜症の病態が改善され、その後、当帰芍薬散によって妊娠し、流産することもなく分娩した症例である。


月経不順、虚弱な体質を改善して妊娠、出産
 黒田秀子。26才。昭和54年11月27日初診。結婚して1年8カ月になるが子宝に恵まれないといって千葉県から来院。
 初潮は13才。高校時代までは順調であった月経が、大学を卒業し、就職して体重が10kg減ったとたんに止まってしまった。
 それから2〜3年後には来潮するようになったものの、月経の周期は一定せず、排卵もない。基礎体温は低温期が長く、ホルモン剤の内服や注射をしたときだけ高温期になるという。1ヵ月前の10月に、子宮内膜を刺激するため掻爬を受けた由。
 胃腸が弱く、疲れやすいたち、冷え症で便秘の傾向がある。
 身長162cm、体重49gkで、脈、腹ともに軟便である。まず胃腸にポイントをおいて人参を主薬とする四君子湯を与えた。冷え症と軟便があるために附子と大黄を加味する。
 これを14日分服用して12月21日来院。少し早いとも思ったが、妊娠を促す当帰芍薬散に転じた。附子と大黄は前方と同様に加味し、胃に活力をつけるために人参も加えた。この薬方を翌年まで4カ月間投与し、その後音さたがなかったが、10月20日に来信があった。
 「私は不妊症でそちらへ通って漢方薬をいただいておりました者です。おかげさまで妊娠することができ、現在妊娠3カ月で、分娩予定日は来年5月20日です。ほんとうにありがとうございました。不妊の原因が視床下部障害で、そういう人は流産しやすいから気をつけるようにと婦人科の先生から言われましたので、流産予防の薬を送ってくださいますようお願いいたします。思いがけず妊娠できて喜んでおります。ありがとうございました。」
 との内容であった。さっそく当帰芍薬散を送る。
 その後流産することもなく順調に経過し、56年5月16日に男子(3450g)を無事に分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんの体重減少による月経不順を、胃腸に原因があるとみて、まず胃腸に活力をつける人参を主薬とする四君子湯を与えた。
 次に妊娠を促す当帰芍薬散を与えて、8カ月後に受胎という成果を得、そのうえこの当帰芍薬散で流産を防ぎ、無事分娩へと導いた症例である。


流産後、胃腸をととのえ母体づくりをして無事出産
 川口光代。33才。結婚歴4年7カ月。昭和55年7月11日に子どもがほしいといって、横浜市より来院。3カ月前の4月16日に妊娠2カ月で流産したばかり。原因は双角子宮とのこと。
 月経の周期は順調だが、基礎体温は全体的に低く、高温期は短く、低温期が長い。常に胃腸が弱くて疲れやすく、食事をとるとすぐに眠くなるという。冷え症もある。
 身長165cm、体重52kgと大柄であるが、脈は弱く、腹診すると軟弱無力で、へその上に動悸がふれる。
 まず、妊娠を促す当帰芍薬散を与えて様子をみることにした。冷え症であるため附子と、胃腸が弱いため人参を加味する。この薬方を5ヶ月半服用して、56年2月25日に来院。まだ妊娠しないといい、胃腸の調子がよくないともいうので、胃腸に活力をつけて母体をつくることが先決と考え、人参を主薬とする四君子湯に変えてみた。
 これを2ヶ月間服薬して5月20日に来院。胃腸の調子がよくなったというので、再び当帰芍薬散に戻した。この薬方をつづけて5カ月間服用、12月15日に次のような便りが届いた。
「予定の生理が来ませんので、病院でみてもらったところ妊娠とわかりました。予定日は8月4日です。双角子宮のため流産しやすいので、1月初旬縫縮手術とのことでした。主人ともども喜んでおりますが、前回の流産がありますので、今回はぜひとも出産までもたさねばと願っております。
 漢方を1年飲みなさいと最初言われたときは、まあ長いと思いましたが、やはり1年目の7月ごろから乳房が張るようになって、漢方薬が効いてきたことがわかり始めました。ほんとうにありがとうございました」と。さっそく流産防止のため当帰芍薬散を送る。その後順調に経過し、57年7月22日に男子(2855g)を無事分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは流産したばかりで、胃腸がひどく弱っていたので、まず四君子湯を与えて胃腸に活力をつけるべきであったのに、最初当帰芍薬散を5カ月半与え、成功しなかった。このように証にしたがって漢方薬を与えることは、簡単なようで実際にはむずかしいもどである。


胃弱の体質を改善して結婚5年目に出産
 森本佐保子。33才。昭和55年12月13日初診。結婚歴4年。子宝に恵まれないといって横浜市から来院。
 不妊のため、婦人科で排卵誘発剤を使い、かえって排卵が悪くなったという。月経の周期は順調で30日型、しかし量が少なく3日間だけ。なまあくびがよく出る。胃が弱くて疲れやすく、冷え症で寒い日には下腹部が痛む。食欲は普通であるが、辛い物を好む。便通は2日に1回。小水は5〜6回程度。
 身長163cm、体重45kgのやせ型。脈は弱く、舌に苔があり、腹診するとみずおちが痞えている。そこでまず胃に活力をつけようと、人参を主薬にした六君子湯を与えた。冷え症と便秘があるため、附子と大黄を加味する。この薬方を35日間服用して翌年1月11日に来院。胃の症状はよくなったというので、妊娠を促す当帰芍薬散に転じた。冷えと便秘があるため附子と大黄を加味する。胃に活力をつける人参も加えた。
 この当帰芍薬散加味方を服用しつづけること2カ月半、4月15日に電話があり、妊娠3カ月といううれしい知らせであり、つわりの薬がほしいという。さっそく小半夏加茯苓湯を送る。
 その後順調に経過し、56年12月2日に男子(3090g)を無事分娩。初診後1年目であった。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは、胃が弱くて疲れやすい点を目標に、まず六君子湯で胃をととのえ、次に虚証(p205)の不妊に用いる当帰芍薬散を与えて妊娠へと導き、最後につわりを小半夏加茯苓湯でおさめて、無事分娩した症例である。


胃弱の体質を治し、流産を克服して結婚5年目に出産
 辻本博子。36才。結婚歴2年3カ月。昭和55年9月27日初診。高年齢なので一日も早く子どもがほしいといって来院。
 前年の4月に2カ月半で流産して以来、疲れやすくなったという。月経は不順で、30日から40日目にあり、基礎体温は高温期、低温期の二相性を示すが、低温期が長い。月経痛はない。
 胃腸が弱く、食事をするとすぐ眠くなり、冷え症で便秘の傾向がある。食べ物では果物類をよくとる。
 身長157cm、体重48kgの中肉中背型。脈は弱く、腹診すると腹全体が軟弱でへその上にしんがふれる。このしんがふれることは体の弱い証拠である。
 まず胃弱にポイントをおいた。胃弱の患者に最初から妊娠を促す当帰芍薬散を与えると、必ず胃腸障害を訴えられてしまう。この婦人も、疲れやすく、食後すぐねむくなる点から考えて胃腸に活力をつけ、母体をつくるために、補中益気湯を与えた。冷えと便秘があるので、附子を大黄を加味する。それと、果物を制限するように指示した。
 この薬方を70日間服用して12月19日に来院。胃の調子がよくなり、月経周期もよくなったというので、妊娠を促す当帰芍薬散に転じた。人参と附子を加味する。
 この薬方を2ヵ月間服用した。翌年8月21日に来院し「現在妊娠9週目(3カ月)で、来年の3月27日が分娩予定日」とのこと。しかし、「高温が少し下降ぎみで心配です。それで流産しないようなお薬がほしい」と、一度流産を経験しているので、患者は神経質になっている。
 それでいろいろ勘案して、保孕(妊娠を保つ)の聖剤である当帰散を与えた。人参を加味する。これを服薬して順調に経過し、58年4月5日に男子(2490g)を無事分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは、まず胃弱を補中益気湯で回復させて母体をつくり、次いで当帰芍薬散を与えて妊娠へと導き、最後に当帰散で流産を食い止めて、無事分娩した症例である。このように、三段階を踏まなければならない不妊症もある。


子宮発育不全を乳房で判断して治療、8年目に双子を出産
 多田百合子。33才。結婚歴5年5か月。3年前に2ヵ月で流産し、その後子宝に恵まれないといって、昭和53年9月20日に来院。
 月経は初潮から不順で、ホルモン注射をしないと月経がこない。婦人科で子宮発育不全であり、子宮後屈と言われたという。
 身長149cm、体重47kgと小柄で、疲れやすく、くびがこり、めまいがして、冷え症。乳房をみると小さくて勢いがない。
 私は子宮、卵巣の状態をまず乳房と乳頭で観察している。一般に乳房が充実して乳頭が出ている婦人は妊娠しやすい。しかし乳房が平らで、乳頭の陥没している婦人でも、漢方薬を服用していると乳房の勢いがよくなり、充実してくる。
 このかたの乳房と乳頭は勢いがなく、脈も腹も弾力がなく軟弱である。それでまず、妊娠を促す当帰芍薬散を与えてみあた。一ヵ月間服用して10月27日に来院。
 膀胱炎で排尿の際痛む。今年になり4回も起きたという。が腹部が非常に冷たい。そこで虚証のタイプによく用いる清心蓮子飲を、冷えもあるので附子を加味して与えた。
 1カ月間服用すると下腹部があたたまってきたが、まだ冷えるというので附子を倍に増量して同方をつづけた。
 それから2週間後、ホルモン注射をしなくても、ごくわずかだが月経が2日間あったという知らせを受けた。膀胱炎もよくなったので、その後は再び当帰芍薬散加附子をつづけて5カ月間与えたところ、月経の期間が4,5日間あるようになり、乳房も勢いが出てきた。
 いよいよ妊娠の可能性が出てきたな、と思っていると、果たして6月27日に、妊娠2ヵ月ですといううれしい電話があった。
 その後順調に経過し、55年2月15日になんと男女の双子を無事分娩。結婚8年目にして子どもに恵まれたと、喜びの便りが7月になって届いた。
「先生にはお元気でお過ごしでしょうか。私は無事ことしの2月15日に二人の子(男女)を出産いたしました。二人とも2600gと健康でした。あきらめていましたのに、とても幸せです。8年目なんですよ。もううれしくて家じゅうたいへんです。
 早くお知らせしたかったんですが、もう忙しくて!ほんとうにありがとうございました。心からお礼申し上げます」と。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは、子宮発育不全で月経不順、乳房も勢いがなく、そのうえ膀胱炎をよく起こすたち。
 そこでまず清心蓮子飲で膀胱炎を治して、腎(腎臓・副腎・子宮・卵巣)の働きを活発にし、次に妊娠を促す当帰芍薬散を与えて成功した例である。


※母体づくりの漢方から温経湯へ
 冷えると下腹部が痛む症状を治して妊娠
 内田寿美江。25才。結婚歴1年9カ月。昭和50年7月24日来診。
 来院する40日ほど前に妊娠3カ月で流産した。月経は順調だが、帯下(おりもの)が少しあり、冷えると陰部が痛むという訴えである。
 患者は中肉中背のタイプで、脈は弱く、腹診すると下腹部が逆八字型に緊張し、突っ張っている。
 冷えると陰部が痛むという点と、下腹部が緊張している点から考えて、これは漢方でいう久寒にあたると思い、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を与えた。
 10日間本方を服用すると、汗がよく出るようになったという。いままでは、夏でも汗をかくことがなかったらしい。体の水分代謝がよくなったためであろう。これを6カ月間つづけて飲むうちに、陰部の痛みと下腹部の緊張がしだいに解消した。
 翌51年1月23日、手が荒れてしようがない、また口も乾くといって来院。これは温経湯の証だと考え、同方を与えた。
 温経湯を3カ月間飲んだところ、妊娠したらしい。6月16日来院の際、妊娠3カ月でつわりがあり、翌年1月16日が分娩予定日とのことで、小半夏加茯苓湯を与える。
 順調に経過して、52年1月12日に男子(3260g)を無事分娩した。
〔漢方的考え方〕
 当帰四逆加呉茱萸生姜湯を与えるポイントは「久寒」である。久寒は漢方医学の治療原典である『傷寒論』に、次にように書いてある。
「手足厥寒、脈細にして絶せんと欲する者は、当帰四逆湯のを主る。若しその人、内に久寒ある者は、当帰四逆加呉茱萸生姜湯に宜し」と。
 久寒とは「久しく寒する」、すなわち体の内側が冷えて、腹痛、腰痛、背痛、四肢痛、陰部痛などがあり、その痛みが冷えによって増悪することをいう。一般に、下腹部が緊張して突っ張る場合が多い。この患者さんは久寒の症状を呈していたので、本方を与えて陰部の痛みと下腹部の緊張を解消した。その後、手が荒れる、口が乾くという症状がみられたので、温経湯を与えて妊娠へと導き、流産癖をも治して分娩した症例である。
 温経湯は血の道症に用いられ、体をほどよくあたため、血行をほどよく経らせる薬湯である。
 これを用いるヒントは『金匱要略』に「小腹裏急し、手掌煩熱し、唇口乾燥する」と書いてある。


胃腸をととのえ流産癖を克服して待望のわが子を
 藤原ひとみ。24才。結婚歴2年4カ月。その間2回流産する。自分の判断で当帰芍薬散を求めて服用したら、吐きけがしたという。どうしても子どもがほしい、といって、昭和53年3月17日に来院。
 常に胃腸が弱くて疲れやすく、腰がだるくて冷え症である。月経は順調で痛みはない。
 身長167cm、体重53kg、脈は弱く、腹も軟弱である。まず胃腸をととのえようと考えて、六君子湯を与えた。冷え症があるため、附子を加味。
 この薬方を3カ月間服用して、9月13日に来院。胃腸の状態はよくなったが、腰のだるさがとれず、手足が冷えて、トイレが近いという。また、手が荒れて、くちびるも乾くという。
 手の荒れ、くちびるの乾き、腰のだるさなどを考慮して、温経湯を与えた。
 本方を2ヶ月間服用して、翌54年1月23日に電話があり、現在妊娠2カ月の半ばで、流産の心配があるという。さっそく、きゅう帰膠艾湯を送る。
 この薬方を飲みつづけて、流産することもなく、8月24日に男子(3100g)を分娩した。
〔漢方的考え方〕
 胃腸の弱い人は、当帰芍薬散を飲むと、胃の具合が悪くなることがある。こういう人は、まず胃腸を治さなければならない。
 この患者さんは、六君子湯で胃腸をととのえて母体をつくり、そのうえで、温経湯によって女性ホルモンの働きを活発にして妊娠に成功し、きゅう帰膠艾湯で流産をくい止めた症例である。
 浅田宗伯の治療録『橘窓書影』に、これに似た症例が記されている。要約すると、「江戸幕府の勘定奉行小栗上野介の夫人は、血色がよくなく、皮膚が甲錯して、月経前になると必ず腹が痛み、下血した。宗伯は六君子湯を与えて下血を治したあと、温清飲を1年間投与して妊娠し、一女子を分娩した。」とのことである。


結婚前に無月経を治し8年かかって妊娠に成功
 川田志麻。国立大学2年生。19才。昭和48年5月3日初診。
 初診時に月経のなかったこの女性は、現在子宝に恵まれて、幸福な家庭生活を送っている。
 患者さんは、はじめ無月経を主訴に来院。1年間の服薬で代償月経が始まり、3年目にようやく月経があるようになった。6年目に結婚し、流産の経験をへて、8年目に待望の長男が誕生。
 このように書くと順調に経過したように見えるが、けっして平坦な道ではなかった。いまこの患者さんの8年間を、無月経を治して妊娠するまでの期間と、流産を治して分娩するまでの期間の二つに分けて述べよう。

無月経を治して妊娠するまでの7年間
 月経不順を主訴に来院。詳しく聞いてみると、ホルモン注射をしないと月経は全くないというのである。初潮は中学1年、中学2年から高校1年にかけて、月2回月経があるようになり、婦人科でホルモン剤による治療を受けた。
 ところが、高校3年のときに北海道へ修学旅行に行き、冷えたせいか、それ以来月経が止まってしまったという。
 当時、国立病院の婦人科に通いホルモン注射をして、1ヵ月1回月経があった。
 身長158cm、体重44kgのやややせ型で、ふくよかさが感じられない。神経質。手が荒れやすく手掌角化症のため、指紋が消えている。
 食事は少量。のどが渇くために湯茶をよく飲み、果物が大好きだという。冷え症で冬はしもやけができる。診察すると脈は弱く、腹は下腹部が突っ張っていて、乳房に勢いがない。
 口渇、手の荒れ、冷え症、下腹部の突っ張りから考えて、温経湯を与えた。冷えがあるため附子を加味。果物は少し控えるように指示する。
 2ヶ月間服用して、9月12日に来院。乳房に少し勢いが出ている。もうしばらく本方を与えようと思ったが、この薬は飲みにくいというので、当帰芍薬散に変えた。附子はもちろん加味する。
 これを6カ月間服用して、49年5月17日に来院したが、まだなんの変化もない。腹診すると、下腹部の突っ張りがまだある。この突っ張りは、体の内部が弱いために表面の筋肉が突っ張って保護している状態と考え、内部をもっとあたためてみてはどうかと提案した。
 そこでもとの温経湯にし、温薬である附子の量を多くして加味した。これを20日分服用し、6月12日に来院するなり、「こんどの薬を飲み始めて10日目の5月28日から6月5日まで、鼻血が1日1回の割に出た」と心配そうに言う。
 私は「それはよい兆候です。その鼻血は代償月経といって、月経が鼻血となって出たものですよ。近い将来に、必ず月経があるようになります」と励まして、この薬をつづけて与えた。
 この薬方を1年間投与。この間、附子を0.8gから5gまで増量した。すると、50年9月3日にほんのちょっと月経をみた。これに自信を得て、5カ月間投与。この間に一度だけ貧血を目標に帰脾湯を与えたが、あまり効果はなかった。
 51年3月19日に来院。9日から3日間鼻血が出たという。腹診すると下腹部の突っ張りはとれているが、なんとなしに軟弱で、まだ冷たい。血圧は最高95、最低65ミリ。
 ここで当帰芍薬散に転じ、胃腸に活力をつけるために人参を加味した。附子4gを加える。
 この薬方が効いたのであろう。1ヶ月後の4月26日に来院し、20日から26日までびっくりするほど月経があったという。体重が48kgとなっている。
 これでようやく月経が始まったわけである。初診からちょうど3年目である。このあと、本方を1年間つづけて服用、月経はきちんと毎月あるようになり、54年秋にめでたく結婚。
翌55年2月5日に、妊娠2カ月との喜びの報に接した。初診から7年目である。

流産を治し、分娩するまでの1年4カ月
 妊娠という電話を受けてから1ヶ月後の55年3月21日、患者さんが沈んだ顔で来院。
「せっかく恵まれた子宝なのに、3カ月で流産しました。」と悲しそうに話す。私は「妊娠したことは事実なのだから、一日も早く体を回復して、次の子宝に恵まれるようにがんばりましょう」と、力づけた。
 まず、流産後によく用いる加味逍遥散を与えた。1カ月間飲むと元気は出てきたが食欲がないという。
 そこで胃腸に活力をつける人参を主薬とする六君子湯に転じた。これを3カ月間服用すると、おなかがふっくらとして体重も46kgとなった。
 8月29日に来院し、「そろそろこどもがほしいのですが…」と言う。「もう大丈夫でしょう」と答え、妊娠を促す当帰芍薬散を与えた。附子1gと人参を加味する。この薬方を2ヶ月間飲んだあと、12月9日に妊娠したらしいとの電話が入った。
 こんどは流産しないように出産まで漢方薬を飲みますというので、さっそく当帰芍薬散を送る。
 明けて56年3月11日に、妊娠5カ月で順調です。予定日は8月8日、流産度めの薬を送ってくれという。そこでいろいろ勘案して、当帰散を送る。この薬方を出産するまで飲みつづけ、7月29日に男子を無事分娩した。
 9月1日、次のような来信があった。
「先生いかがお過ごしでいらっしゃいますか。おかげさまで私も元気に過ごしております。7月29日に無事男児を出産いたしました。3390gもあり、元気な赤ちゃんです。送っていただいたお薬のせいか、一ヵ月検診も順調で、お乳もよく出ます。それを上回るくらい食欲の盛んな子なので、いまから悲鳴をあげております。
長いことお世話になり、本当に感謝しております」と。
私も満8年間苦労したかいがあったと、感激もひとしおであった。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは、無月経を主訴に来院してから分娩するまで、満8年の月日を費やした。その間、なんら特別の治療をしたわけではない。ただ漢方の定石どおり、患者の証に従って、薬を与えただけである。
 しいていうならば、患者さんが医師の私を信頼し、あきらめずに8年間よくついて来てくれたことが、このよき結果をもたらしたのであろう。治療には、医師と患者の相互の信頼関係がいかにたいせつであるか、いまさらながら教えられた症例である。


足腰が冷え、腹部が痛むタイプ
           ●疝気型
※当帰四逆湯

無排卵性月経を克服して結婚8年目に子宝を得る
 植松慶子。34才。昭和53年4月27日、広島県呉市に住むこの婦人から、次のような便りが来た。
 結婚して8年になるが、子宝に恵まれない。月経周期は不順で、量が少ない。しかも無排卵性の月経であり、基礎体温も、低温期のみで高温期がない。月経前になると、腹が張って痛む。ピンクがかった黄色っぽいおりものがあるという。国立A病院で、子宮発育不全、卵巣機能不全と診断された。
 身長159cm、体重45kgで、胃腸が弱く、食事のあと眠くなるという。また、冷え症で、寒い日には腹が痛み、下腹部が張り、冬はしもやけに悩まされるという。
 この便りを読んで、これは「久寒」による症状とみて、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を送った。
 この薬方を3カ月間服用して、7月25日に喜びの電話がかかってきた。「今月12日に吐き気を催し、つわりのように感じたので婦人科に行くと、妊娠とのこと。分娩予定日は来年3月15日と言われました」という。
 そこで、つわり止めに小半夏加茯苓湯を送ると、折り返し次のような手紙が来た。
「このたびは、ほんとうにありがとうございました。やっと私どもも、この手にわが子を抱ける日が来ることになり、いまからとても楽しみにしております。現在妊娠2ヵ月半です。高年の妊娠で不安もありますが、このうえは元気に育ち、無事生まれるのを願うばかりでございます。こんなうれしいことはございません。心より感謝しております」と
 妊娠中は、流産止めに当帰芍薬散を服用して、翌54年3月10日に無事男子(3450g)を分娩した。
〔漢方的考えかた〕
 当帰四逆加呉茱萸生姜湯は、「久寒」を目標に用いる薬方で、冷え症で下腹部が張ったり痛んだりし、しもやけのできやすいものに用いる。
 この患者さんは、これらの症状が顕著だったので、本方を用いて妊娠に成功したのである。


月経不順、腰痛の体質を治して5年目に妊娠
 河原田嘉子。32才。昭和56年1月16日初診。結婚して4年になる子宝に恵まれないといって茨城県から来院。
 月経周期は不順で、第1日目に痛みがあり、冷え性で腰が痛み、冬は手が荒れるたち。食事は普通であるが、甘い物を好むために湯水をガブガブ飲むという。それでガスがたまりやすい。
 身長158p、47sで、脈は弱く、腹診すると下腹部が突っ張っている。冷え性、腰の痛み、下腹部の緊張などから考えて、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を与えた。冷えがあるため附子を加味する。それと、甘い物と湯水を控えるよう指示した。
 この薬方を4カ月間服用したあと、6月28日に「妊娠3カ月」との喜びの電話があった。その後無事に経過し、57年2月12日に女子(2920g)を自然分娩した。
〔漢方的考えかた〕
 当帰四逆加呉茱萸生姜湯は「久寒」を目標に用いる漢方で、冷え性で下腹部が突っ張り、腰の痛むものに用いる。
 この患者さんは、これらの症状を呈していたので、本方がぴったり合って妊娠したのであろう。


月経周期が不順で冷え性の体質を治して妊娠
 広田和子。31才。結婚歴1年。昭和52年10月22日初診。年をとっているので、早く子どもがほしいといって、山梨県から上京してきた。
 月経周期は30日から50日と不順で、量が少なく、痛みがあり、基礎体温の高温期は短く、低温期は長いというホルモン不調型。冷え症で、冬はしもやけがよくできるという。
 貧血型で、立ちくらみがして、車に酔いやすく、なまあくびが出る。大便は5日に1回、小水は普通。
 体格は、身長149cm、体重47kgの小柄なタイプ。脈は弱く、腹診すると下腹部に力がない。
 冷え症、貧血、なまあくび、月経不順などを考慮して、当帰芍薬散を与え、これに附子、人参、大黄を加味した。
 12月9日に来院したときは、手足にしもやけができて、あたたまるとかゆいという。くちびるも荒れている。
 そこで、当帰四逆加呉茱萸生姜湯加附子大黄に切りかえた。これを80日間服用。翌53年3月4日に、「妊娠しました。現在つわりで、分娩予定日は10月末です」といううれしい電話がかかってきた。
 さっそく、小半夏加茯苓湯を送る。その後当帰芍薬散を服用しつづけて、流産することもなく、11月7日、満2年の結婚記念日を迎える直前に、待望の女子(3000g)が誕生した。
〔漢方的考え方〕
 当帰芍薬散も当帰四逆加呉茱萸生姜湯も、ホルモンの分泌機能をととのえる漢方である。この両薬方は、ともに冷えが加担している場合に効果があるので、冷え症を治療して、ホルモンの分泌機能が調整され、受胎しやすい状態となるのであろう。


冷え症からくる流産癖を治して二人目の出産に成功
 小林純子。30才。結婚歴6年。昭和53年9月13日初診。結婚後2年目に女子を分娩したが、それから1年後に3カ月で自然流産、また1年後に再度流産した。その後卵巣嚢腫の手術を受けた。「卵巣嚢腫の手術後の不快感をとり、もう一人子どもがほしい」といって来院した。
 月経は順調であるが痛みがあり、疲れやすく、寝汗をかき、いらいらして精神不安であるという。冷え症、腰のだるさ、腹直筋の緊張などを考慮して、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を与えた。冷えがあるため、附子を加味する。2週間後に来院したときには、たいへん調子がよくなったという。そこで、引きつづいて同方を投与。
 間もなく希望どおりに妊娠し、こんどは流産することもなく経過したが、前置胎盤であったために帝王切開を受けて、予定日より3週間早い昭和54年6月29日に女子(3100g)を分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんの流産癖は、おそらく下腹部の冷えによるものであったと考えられる。この冷え症のために、腰のだるさがあったり、しもやけができていたのであろう。
 当帰四逆加呉茱萸生姜湯で冷えを改善し、卵巣・子宮の働きを健全なものに戻したために、流産することもなく、分娩へとうまく運んだものと思われる。


冷え症、しもやけの体質を治して結婚5年目に子宝を得る
 平田道子。36才。昭和56年1月21日初診。結婚して4年3カ月になるが、子宝に恵まれないといって、千葉県から来院した。
 月経の周期は順調であるが、痛みがある。冷え症で寒がり。冬は手が荒れ、しもやけに悩む。ときどき頭が痛む。身長160cm、体重57kgで、脈は弱く、腹診するとへその上で動悸がふれる。
 冷え症としもやけ、手の荒れる点にポイントをおき、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を与えた。冷えがあるため、附子を加味する。
 この薬方を5か月間服用したあと、7月28日に電話があり、現在妊娠2カ月半で、来年の3月11日が分娩予定日であるという。流産しないよう薬がほしいというので、さっそく当帰芍薬散を送る。
 明けて57年の正月に、「先生のおかげで授かったおなかの子も、この正月で8カ月に入りました。この幸せを感じるたびに先生のご厚情を思い、深く感謝しております」という年賀状が届いた。4月になり、次のような分娩の報告があった。
「2月25日に女の子(2610g)を出産しました。予定日より14日早く生まれ、ごく小さかったのですが、いまはおデブさんになり、よく笑い、手足をバタバタさせては、くびをくるくる回して、人の動きをおっています。やっと授かった子宝です。たいせつに育てたいと思います。ほんとうにありがとうございました」と。この患者さんは、つづいて翌58年には男の子を生んだ。
〔漢方的考え方〕
 患者の訴えの中には、治療の大きなヒントがひそんでいることが多い。不妊が主訴であっても、「しもやけに悩まされている」との訴えがあれば、まず四肢末端の血行不良をよくする当帰四逆加呉茱萸生姜湯が与えられる。このように、患者のちょっとしたひと言によって、漢方のきまることがある。


肥満を治して流産癖を解消し二人目を出産
 山本玲子。31才。結婚歴6年8カ月。昭和52年1月21日初診。
 結婚すると間もなく妊娠したが、胎児の育ちが悪く、5か月で中絶する。翌年妊娠し、12月に男子(3450g)を分娩した。
 その後は2回つづけて流産する。婦人科の指示で、毎月ホルモン剤を使用して2年間、月経も28日型と順調。そして妊娠したが、こんどは4カ月めに流産してしまった。尿の検査によって、ホルモン不足とわかり、そのことによる胎児不育と言われたという。そこで、ぜひもう一人子どもがほしいといって、埼玉県から来院した。
 身長153cm、体重57kgで、少しやせたほうがよいと思い、大柴胡湯エキス剤を薬局ですすめられて服用しているという。
 脈は弱く、腹診すると腹全体が黄色っぽくてつやがなく、下腹部に力がない。排卵期ごろ下腹部が張る感じがするという。
 基礎体温は、高温期、低温期と二相性ではっきりしているが、高温期がやや低い。冷え症で、しもやけがよくできるという。
 まず、冷え症としもやけに目標をおいて、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を与えて様子をみることにした。冷えがあるため、附子を加味する。
 3週間服用して、2月10日に来院。腹をよくみると胸脇苦満があるので、小柴胡湯に転じた。この薬方に、妊娠を促す当帰芍薬散を合わせた。これを合方という。
 この合方(小柴胡湯合当帰芍薬散)を2ヶ月間服用して、4月15日に来院。上半身にぜい肉がついてきた反面、下半身は依然として力がない。そこで、こんどは上半身のぜい肉をとり除こうと、大柴胡湯を投与。これに当帰芍薬散を合わせた。
 この合方(大柴胡湯合当帰芍薬散)を6カ月間服薬して、11月16日に来院。上半身のぜい肉はとれてスマートになったが、下半身はまだ力がない。しもやけができている。
 そこで、初めの漢方、当帰四逆加呉茱萸生姜湯をに戻した。この薬方を2ヶ月間服用したところ、妊娠し、流産することもなく、翌53年11月22日に女子(3100g)を分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この症例は、性ホルモン分泌不全による習慣流産が、ホルモン治療による効果で明らかでないばかりか、健康な妊娠を阻害したいたことを物語る。
 大柴胡湯によってぜい肉をとり去り、当帰四逆加呉茱萸生姜湯によって体の内部の冷えを解消したことで、ホルモンの働きが活発になり、妊娠へと導き、流産することなく無事分娩した症例である。


流産癖、冷え症の体質を治して妊娠
 橋本圭子。30才。結婚歴5年5か月。昭和56年8月28日初診。子宝に恵まれないといって埼玉県より来院。
 結婚後間もなく妊娠3カ月で流産し、それから半年後同じく3カ月で流産している。それ以来、月経不順になり、ホルモン剤でやっと月1回月経があるという。
 冷え症で寒がり、腰が痛く、膀胱炎がよく起こるたち。身長149cm、体重44kgの小柄な婦人で虚弱タイプ。脈は弱く、腹診すると下腹部全体がコチコチにかたい。
 一般に下腹部がかたい場合は、お血とみて桂枝茯苓丸を与えるが、この患者さんは虚弱であるため当帰芍薬散を与えた。3週間飲み、この薬は飲みにくくて5日間も下痢したという。しかしつづけて投与した。その後4週間服薬して10月16日に、やはり飲みにくいと訴える。
 腹診すると、下腹部が相変わらずかたい。これはお血ではなく、内部の機能が弱いために表面の筋肉が突っ張っている状態であると判断し、内部の機能を補い、スタミナをつけようと当帰建中湯を与えた。
 今度の薬は、前の薬よりも飲みやすいという。つづけて8週間飲み、12月11日に来院。腹診すると下腹部のかたさは少しとれてきたが、へその両側の腹直筋は突っ張っている。これまでこの腹直筋の緊張はみられなかった。隠れていたのであろうか。
 そこで、腹直筋の緊張、腰の痛み、冷え症などから勘案して、当帰四逆加呉茱萸生姜湯に変えた。冷え症があるため、附子を加味する。この薬方が効いたのであろう。翌年3月5日に、妊娠3カ月で分娩予定日は10月上旬という、うれしい電話が入った。流産防止のため当帰散を送る。
 その後順調に経過し、57年10月12日に男子(2600g)を無事分娩した。
〔漢方的考え方〕
 冷え症の婦人で下腹部がかたい場合、一般にお血の証とみて桂枝茯苓丸が考えられる。しかし、この患者さんは虚弱体質であるため当帰芍薬散を与えた。これを飲むと下痢してしまい飲みにくいという。
 そこで、このかたさは体の内部が弱いために、表面の筋肉が突っ張って保護している状態(虚の突っ張り)であると勘案して、当帰建中湯を投与し、最後に当帰四逆湯を与えて妊娠に成功した。
 このように漢方の重要な診察法である腹診は、なかなかデリケートで、その鑑別は非常にむずかしく、常に頭を悩まされるところである。


習慣流産を体調をととのえて克服、9年目に出産
 館野久美子。31才。昭和55年11月26日初診。患者さんは48年11月に結婚して7年、その間、49年、50年、52年、53年と4回妊娠したがいずれも2ヵ月で自然流産し、不妊症治療で有名なC大学病院産婦人科で治療を受けたが、成功しなかった。この習慣流産をぜひ治してほしいと、Y新聞の記事を読んで来院した。
 月経の周期は35日型で、月経時には痛みがある。基礎体温は、高温、低温の二相性であるが、帯下(おりもの)とひどい。冷え症。また、胃腸が弱く、車に酔い、便通は2日に1回で、小水は5〜6回程度。
 身長157cm、体重45kgで脈は弱く、腹診すると腹直筋が緊張している。
 まず、帯下を治そうと考え、八味帯下方を与えた。冷え症と便秘があるため、附子と大黄を加味する。
 この薬方を2週間与えて再診の際、患者さんはこの薬を飲むと気持ちが悪くなるという。くちびるが乾いてかかとがかさかさすると訴えるので、温経湯に変えてみた。
 56年1月16日に来院して、こんどの薬も飲みにくいという。それではと、妊娠を促す当帰芍薬散加附子にしてみたが、2月18日に来院してこれもよくないという。
 そこで腹直筋の緊張と月経痛を目標にして、当帰建中湯とする。3月6日に来院してこの薬は飲みやすいという。よしこれで行こうと5か月間与える。
 7月27日に腹診すると腹直筋が少しやわらいでいる。そこで再び当帰芍薬散加附子を投与。2ヶ月間服用して10月6日に来院。月経の前後に腰が重だるいという。おなかをみると下腹部がかたくて突っ張っていて、かかとはしもやけができている。
 考慮の末、当帰四逆湯加附子大黄に転じた。この薬方が決めてとなり、体があたたまってしもやけも軽快し、2ヶ月間服用して、12月15日に電話があり、「昨日妊娠とわかりました。予定日は来年の8月12日です。順調です」といううれしい知らせであった。
 その後無事に経過し、57年8月17日に女子(3620g)を分娩。のちにこのかたの祖母が「結婚して9年目に子宝に恵まれた」と喜びの言葉を告げにわざわざ来院された。
〔漢方的考え方〕
 不妊症のおなかをみると、全体に緊張してかたい場合がある。これは内部の子宮や卵巣が充実していないため、それを保護するために表面が緊張するものと考えられる。
 さて、この患者さんもおなかが緊張してかたかった。最初に当帰芍薬散を与えたが、効果がなく、次に腹直筋の緊張と月経痛を考えて当帰建中湯を投与したが成功せず、最初に当帰四逆湯を与えて妊娠するに至った。
 最初から当帰四逆湯を与えていれば、もっと早くよい結果が出たのではないかと思われるが、実際にはこのように試行錯誤をへなければならないこともある。


「疝」の体質を改善して3年目に出産
 谷内悦子。29才。昭和55年11月18日初診。結婚して1年8カ月になるが子宝に恵まれないといって、埼玉県より来院。
 15才のとき虫垂炎の手術を受けたが癒着し、2年後に再手術をしたためか、子宮後屈がひどいという。18歳で膵臓炎をわずらい、2ヶ月間入院。遊走腎もあるという。
 月経の周期は順調で28日型であるが、痛みがひどく寝込んでしまう。冷え症で寒がり、特に寒い日にはおなかが痛み、下腹部が張る。漢方でいうところの「疝」である。しもやけもよくできるという。
 身長158cm、体重44kgで、脈は弱く、腹直筋が緊張している。
 腹直筋の緊張、疝、しもやけ、冷え症から考えて、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を与えた。冷え症があるため附子を加味する。
 2週間後に来院したとき、「調子はよいけれど、内またが冷たくて、血の通わない感じがする」と言うので、疝を治す茴香と気中の気滞を解消する延胡索を配合した、『衛生宝鑑』の当帰四逆湯に転方した。附子はもちろん加味する。
 2週間後に来院して「こんどの薬はたいへん飲みやすいし、そのうえ2kg太った」と言うので、そのままつづけて3週間投与する。
 すると、年がかわって1月30日に、妊娠して1カ月半との電話が入り、つわりだという。さっそく小半夏加茯苓湯と宝鑑の当帰四逆湯を送る。
 その後順調に経過し、56年10月5日に女子(3420g)を自然分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは、「疝」のためにいろいろの症状を呈していたので、初め当帰四逆加呉茱萸生姜湯を与え、のちに宝鑑の当帰四逆湯を用いて妊娠にこぎつけた。
 疝に用いる当帰四逆湯には、『傷寒論』の当帰四逆湯(傷寒当帰四逆湯)と『衛生宝鑑』の当帰四逆湯(宝鑑当帰四逆湯)の2種類があり、患者の症状により使い分けをする。
 宝鑑当帰四逆湯は、冷えると下腹部から腰、内またにかけて引きつれるように痛むものに用い、江戸末期の名医、山田椿庭は、その著『薬室便蒙』に、必読当帰四逆湯と命名して疝の病に使っていた。


※折衝飲
わずか数日の服薬で妊娠に成功
 村山美津子。34才。結婚して4年目になるがまだ子宝に恵まれないといって、昭和55年12月27日に川崎市より来院。
 月経の周期は順調であるが、痛みがあり、寒い日にはおなかが痛むという。冷え症である。大学助手という職業柄か、非常に神経質でいらいらし、疲れやすいタイプ。胃腸が弱くて、食事をすると眠くなるという。
 身長161cm、体重49kgで、脈や弱く、腹診すると腹直筋が突っ張っている。腹直筋の緊張からみて、当帰建中湯か折衝飲かと考えたが、まず折衝飲と与えた。
 すると、 1ヶ月後の翌年1月31日に、「おなかが痛み、つわりみたいな感じがするので、26日に大学病院でみてもらうと、妊娠しているが、流産の可能性があるので、2週間安静にするように言われました。何か良いお薬をいただきたい」という電話があった。 
 さっそく、流産防止の薬であるきゅう帰膠艾湯を送る。
 2月14日に来院。体重が4kg減って45kgとなっている。婦人科では、子宮が小さいため、妊娠4カ月までは大事をとるように注意があったという。そこで、母体を充実させないことには退治が育ちにくいと考え、胃腸に活力をつける人参と、安胎の薬効を有する白朮を主薬とした四君子湯を主力とし、流産止めのきゅう帰膠艾湯をわき役として与えた。これらの薬方と安静の結果であろう、その後順調に経過し、56年9月20日に女子(3020g)を無事分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは、逆算すると、折衝飲を服用し始めてわずか数日で妊娠したことになる。
 折衝飲と当帰建中湯の使い分けは、ひと言で説明することはむずかしい。次の例を参照していただきたい。
 妊娠後は、虚弱な母体を強化するために四君子湯を、流産を防止するためきゅう帰膠艾湯をそれぞれ用いて、無事分娩までこぎつけた症例である。


月経時の不調を治して妊娠
 小倉敏子。25才。結婚歴1年9カ月。昭和56年2月7日初診。月経時にいろいろと体の具合が悪くなるので、それをよくして子宝が授かるようにしていただきたい、といって府中市より来院。
 月経の周期は順調で28日型。基礎体温も高温期、低温期の二相性を示すが、さっと上がらず、月経時には腰が痛み、体のあちこちが悪くなるという。婦人科でホルモン剤の注射をしてもらったら太ったので、中止したいという。神経質で冷え、のぼせがあり、めまい、肩こり、下痢しやすいといったたち。貧血症で夏になるとアレルギー性湿疹が出るという。
 身長153cm、体重45kgで、脈は弱く、腹診すると腹直筋が突っ張っている。この腹直筋の緊張から考えて、当帰建中湯か折衝飲かと決めかねたが、まず折衝飲を与えて様子をみることにした。2月20日に来院。薬は飲みやすかったが、くびや手掌に発疹がでたという。そこで当帰建中湯に転方した。発疹が出るため梔子を加味する。
 この薬方を6週間つづけて服用し、4月4日に来院したときは、月経時の腰痛がとれたという。ここで改めて腹診し、折衝飲に戻した。
 すると1ヶ月後の5月2日に、妊娠2カ月という電話があり、分娩予定日は12月31日であるが、流産の心配があるという。さっそくきゅう帰膠艾湯を送る。その後順調に経過し、12月26日に女子(3605g)を無事分娩した。
〔漢方的考え方〕
 折衝飲は当帰芍薬散と桂枝茯苓丸料を合わせた薬方で、気をめぐらし血行をよくする効能がある。
 この患者さんには、月経時の痛みを目標に折衝飲を与えた。当帰建中湯も月経時の痛みをしずめる効能があり、折衝飲との違いはなかなかむずかしい。
 ひと言で言えば、折衝飲は血中に気がとどこっている感じで、おなかにガスがたまって突っ張っている点を目標にする。それで活血利気の働きのある延胡策が配合されているのである。
 浅田宗伯は『勿誤薬室宝函口訣』に「血行和潤を主とするなり」と述べている。

子宮発育不全で流産しやすい婦人が、1年間の服薬で妊娠し出産
 大木美恵子。31才。昭和52年12月9日来院。結婚歴7年で、これまでに2回流産をしている。子宮が小さく、左卵管が閉鎖していて、現在も卵管通気を行っている。頸管粘液が少ないという。
 カゼをひきやすく、寒がりで冷え症。冬は軽いしもやけができやすいとのこと。
 月経の周期は28日から35日。月経痛はないが、帯下(おりもの)が多い。よくあくびが出る。大便は2〜3日に1度で、小水は普通である。
 患者さんは中肉中背のタイプで、脈は弱く、腹診すると下腹部が冷たい。
 2度目の流産直後のことでもあったので、まず加味逍遥散加附子を与えた。これを4週間服用し、53年1月10日に来院して、少し症状が軽快したが、まだ本調子ではない。腰が冷えて痛むと訴える。冬にしもやけのできることを考慮して、当帰四逆加呉茱萸生姜湯加附子に変えた。その後、症状に合わせて当帰芍薬散、小柴胡湯合桂枝茯苓丸料を投与する。
 5月26日に腹診すると、へその斜め左にピンとした圧痛がある。そこで、折衝飲を与えた。本方をつづけて服薬したところ、翌54年1月9日に来院した際に、現在妊娠2ヵ月の末で、分娩は8月の末の予定であるという。こんどはどうしても生みたいから、流産を止める薬がほしいと訴える。
 普通は、流産止めに当帰芍薬散をよく用いるが、この患者の場合は、腰の冷えとしもやけにポイントをおいて、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を投薬した。本方を妊娠8カ月まで飲みつづけて、8月11日に男子(3394g)を無事分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは、流産後によく用いられる加味逍遥散でまず母体を回復させ、次に当帰四逆加呉茱萸生姜湯で冷えをとり去り、その後は症状に合わせながら漢方を用い、最後に折衝飲で妊娠にこぎつけ、再び当帰四逆加呉茱萸生姜湯で流産を防止して、無事分娩した症例である。
 このように、漢方では、妊娠から分娩するまで、症状に合わせてうまく薬方を使いこなすことが、重要なポイントである。


流産を繰り返しながら治療3年目に男子出産
 吉川由美子。27才。昭和52年11月22日初診。結婚歴3年5カ月。50年6月に妊娠3カ月で流産しかけたので掻爬し、その後子宝に恵まれないといって、大阪市より来院した。
 月経の周期は30日型で、月経の前に真っ黒いものが2〜3日下りる。月経の量は1日目が多いが2日目以降は少なくなり、7日間つづく。基礎体温は高温期が短く、低温期が長い。病院でみてもらったら、子宮が少し発育不全だが子宮内膜に異常はないと言われたという。
 身長153cm、体重45kgで小柄のタイプ。冷え症だが顔がほてってくちびるが乾く、胃腸はあまり丈夫ではなく、下腹が張ってガスが多い、果物が好きでよく食べるという。
 診察してみると、脈は弱く、腹も特にこれといった所見はない。そこでまず当帰芍薬散を与えた。ガスが多いというので蜀椒を加味。この薬方を40日間服薬させた。
 翌年の53年1月18日来院。腹診すると右下腹部にしこりがふれる。漢方でいうお血の証なので、桂枝茯苓丸料加冬瓜子に転じた。
 4月4日、右下腹部のしこりはふれなくなった。月経は3月6日まであり、その後21日まで少量ずつあるという。元の当帰芍薬散に戻す。
 それからしばらく患者さんは来なかったが、8月11日に来院して次のように話した。
 5月19日、茶色の帯下(おりもの)があり、妊娠と思って病院で受診したら、切迫流産のおそれがあると言われて、病院から当薬を受け、おりものは止まった。
 6月9日、ほんのわずかに出血があり、病院の内服薬と注射で一応止まったが、尿反応の結果ではたぶん流産するだとうと言われた。
 6月22日、再び出血。内診により掻爬するしかないと言われて手術を受けた。そのとき小指大の筋腫があるが、たいしたことはないと言われたという。
 そこで掻爬したあとのホルモン調整を目的に加味逍遥散を、筋腫に対しては桂枝茯苓丸料をそれぞれ与えて、1日おきに交互に服用するように指示した。
 半年後の54年2月3日来院。1月5日に婦人科で右側に卵巣嚢腫らしいものがあると言われた。またガスがたまって大便が快通しないという。腹診すると、右下腹部に圧痛としこりがふれる。そこで大黄牡丹皮湯を与える。
 5月14日、しこりがふれなくなったので、当帰芍薬散に戻した。
 9月18日、腹診すると再び右下腹部に圧痛としこりを感ずる。そこで虚証に用いるよく苡附子敗しょう散を与える。さらに4カ月たって55年1月25日来院。前年の10月4日に血のかたまりが2個おりたために掻爬をしてもらったが、そのあと右下腹部が重苦しく、ガスがたまって冷えるという。腹診するとピンとした突っ張りがある。これまでお血の証とみて、桂枝茯苓丸料、大黄牡丹皮湯、よく苡附子敗しょう散を与えてみたがどうもピタリとしない。いろいろ勘案して、お血と気滞の不和による証と考え、折衝飲を投与、冷えがあるため附子を加味する。これが効いたのであろうか、4月1日に電話があり、「妊娠しました、ついては流産止めの薬を送ってほしい」とのこと。さっそく、当帰芍薬散を送った。本方を飲みつづけて、11月29日に男子(4312g)を帝王切開で分娩した。
 のち、本人が次のような感謝の便りをよこした。
「何度も危機はありましたが、やっと念願の子どもを11月29日に予定日より10日遅れ、帝王切開で出産いたしました。はじめから帝王切開するつもりはなかったのですが、2日間陣痛で苦しみ、帝王切開してもらうことになりました。男の子で体重4312gと巨大児で、元気に生まれました。おかげさまでやっと子どもに恵まれ、これも先生のおかげと感謝しております。」と。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは母体があまり丈夫ではなく、流産しやすいうえに子宮筋腫があり、また卵巣嚢腫の疑いまであった。最初はお血とみて、いろいろの薬方を与えたが成功せず、最後にお血と気滞による証と考えて、折衝飲でやっと妊娠にこぎつけた症例である。
 折衝飲中に延胡索が配合されており、この薬は「活血利気の第一薬」と、古今の薬論を参考にして刊行された『本草備要』に記述されている。
 このかたは、まさしく活血利気剤の折衝飲により受胎したのである。


胃腸が弱いタイプ、みずおちがつかえるタイプ   ●胃腸型
※六君子湯
 胃腸に活力をつけて妊娠に成功
 岡田好江。24才。結婚して1年4カ月になるが、まだ子どもができないといって、昭和52年9月13日に埼玉県から来院。
 月経の周期は40〜50日と不順であり、基礎体温は高温期が短く、体温気が長い。月経時に横腹が痛むという。冷え症である。
 薬局で当帰芍薬散を求めて飲んだということだ。
 患者は、身長151cm、体重38kgのやせ型で、常に胃腸が弱いという。
 脈は弱く、腹診すると腹全体が軟弱で、乳房も小さく勢いがない。
 まず、胃腸に活力をつけて母体をつくってから、次に妊娠を促す漢方を用いようと考え、人参を主薬とする六君子湯を与えた。冷え症のため、これに附子を加える。
 この薬方を35日間服用して、10月26日に電話があり、昨日婦人科で妊娠2ヵ月と言われ、つわりであるという。さっそく、小半夏加茯苓湯を送る。
 妊娠中は、流産防止のために当帰芍薬散を服用しつづけ、翌53年6月29日に男子(3550g)を分娩した。
〔漢方的考え方〕
 漢方の基本的古典医学書である『素問』に、「脾(今日の胃・膵臓・脾臓)不及(不足)なれば九竅通ぜす」という一文がある。目、耳、鼻の二つずつの孔、口、肛門、尿道口の一つずつの孔を九竅というが、胃や膵臓の消化吸収力が不足して弱いと、九竅がうまく通じない、という意味である。
 この患者さんは胃や膵臓が弱く、体重がわずか38kgという胃下垂タイプであり、月経がうまくいっていなかった。そこで、六君子湯によって胃腸や膵臓に活力をつけ、消化吸収力を強めたところ、子宮・卵巣機能によい影響を与えて、月経がうまく通じ、妊娠するきっかけをつくったのであろう。


胃アトニーを改善して結婚6年目に出産
 入山美奈子。36才。結婚歴5年6カ月。昭和50年10月15日初診。胃腸が弱いので丈夫にしたい、そのうえ、できれば子どももほしい、といって長野県から来院。
 身長155cm、体重43kgのやせ型で、常に胃腸の具合が悪く、胸やけがして、食後眠くなり、疲れやすいという。典型的な胃アトニータイプである。
 月経周期は28日型で順調。基礎体温も、高温期、低温期の二相性であるが、帯下(おりもの)が少しあるという。また、貧血ぎみで冷え症。
 診察すると、脈も腹もともに弱く、へその下に鉛筆のようなしんがふれる。これがふれる人は虚弱タイプが多い。
 まず胃腸に活力をつけようと考え、人参を主薬とする六君子湯を与えた。冷え症があるため、附子を加味する。
 この薬方を2ヵ月半飲むと、太ってきたとの便りがあり、妊娠の可能性が出てきたなと思っていると、翌53年1月27日に電話があり、12月17日に最終月経があり、現在妊娠2ヵ月で、つわりがあり、流産のおそれがあるとのこと。
 さっそく、つわり止めに小半夏加茯苓湯、流産防止にきゅう帰膠艾湯を送った。その後は、六君子湯を服用しながら順調に経過し、9月26日に女子(3220g)を分娩した。さかごのため、帝王切開による分娩であったが、結婚後6年目にやっと子宝に恵まれたと喜ばれた。
〔漢方的考え方〕
 子宮・卵巣に障害がなくても、胃腸の弱い虚証の婦人は、妊娠しにくい場合がある。極端な場合は、月経さえなくなってしまう。
 この患者さんも、月経こそ順調であったものの、胃弱で、疲れやすく、貧血の傾向があったので、六君子湯を投与したところ、胃腸状態が好転して、2ヵ月ほどで妊娠した。妊娠できる母体は、まず胃腸が健康でなければならないことを示す症例である。


冷え症で腹部の弱い体質を治して妊娠
 朝田明子。26才。結婚して2年6カ月になるが子宝に恵まれないといって、昭和53年6月6日に神奈川県から来院。
 月経の周期は学生時代から不順で、最初の2日間痛みがあり、基礎体温は高温期が短く、低温期が長い。冷え症で、冷房に弱い、寒い日に腹が痛む点から、疝の病と考え、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を与えた。
 この薬方を14日分服薬して6月21日に来院し、体があたたまってきたというので、つづいて80日分服用すると、月経痛がなくなった。
 翌54年1月11日来院し、胃の調子が悪いという。体重も初診のときから6kg減少している。腹診すると、軟弱無力で、胃のあたりを軽くたたくとポチャポチャと音がする。これは胃腸が衰弱していると考えて、胃腸に活力をつける人参を主薬とする六君子湯を与えた。
 この薬方を2ヶ月間服用したあと、5月18日に電話があり、現在妊娠2ヵ月で予定日は来年1月18日であるといううれしい知らせであった。
 その後順調に経過し、55年1月8日に女子(3470g)を無事分娩した。
〔漢方的考え方〕
 この患者さんは、疝をまず当帰四逆加呉茱萸生姜湯で治し、次いで六君子湯によって胃腸に活力をつけた結果、子宮・卵巣機能によい影響があって妊娠に成功したのであろう。


衰弱した胃腸を2年がかりで治して妊娠
 尾本礼子。30才。昭和52年6月14日初診。千葉県から来院。ご主人に付き添われて診察室に入ってきたこの婦人は、やせ細って見るかげもない。
「いつも胃が張って空腹感を覚えず、ものが食べられないし、湯水も飲みたくありません。病院で胃の検査をしてもらいましたけれど、どこにも異常がないと言われました。治るでしょうか」と、かぼそい声で訴えた。
 3年前に女子を分娩。その後、順調であった月経が前年8月からなくなったという。
 身長153cm、体重35kgのやせ型で、子どものときに疫痢をわずらったとのこと。脈は微弱、腹診すると腹全体が軟弱無力で、正中芯(へその下に感じられる鉛筆のようなしん)がふれる。
 胃腸の衰弱と月経の不調、それに脈の状態と腹診の結果から考えて、まず十全大補湯を与えた。10日後に来院。依然として食欲がなく、無理して食べているという。そこで、胃腸の衰弱にポイントをおいて、補中益気湯に転じた。
 2週間後に来院して、やはり食欲が起こらないという。こんどは胃に活力をつけようと、人参を主薬にした人参湯に切りかえた。
 この薬方を2ヵ月服用して、9月17日に来院。胃の調子が少しよくなり、食欲が出てきたところが、翌53年2月17日に、また食欲がなくなったといって来院。舌をみると、湿ってはいるが苔がついていない。そこで、半夏と陳皮をとり去って四君子湯に転じた。
 この薬方を56日間服用して、4月15日に来院。食欲が出てきたという。舌をみると苔がついているので、再び六君子湯に戻した。
 本方を40日間服薬すると、胃の調子が本格的によくなり、顔が太ってきた。それからさらに2ヶ月間服用して、7月21日に来院した際(初診より1年1ヵ月目)、体重は40kgとなり、初診時より5kg太る。おなかはふっくらとなり、弾力が出てきた。
 そのまま六君子湯を3カ月間服用して、11月17日に来院。体重は42kgとなる。脈も腹も初診時とは一変して充実してきた。ここで、受胎の薬といわれる当帰芍薬散を与えようかと考えたが、当帰と川きゅうの入っているこの薬方は、胃腸の弱い人には食欲を害するおそれがある。特にこの患者さんは胃腸が弱いので、このまま、胃腸を丈夫にする六君子湯をつづけて投与することにした。この六君子湯を5か月間服用したあと、翌54年5月25日に、「妊娠しました。分娩予定日は12月の末で、現在つわりです」といううれしい電話があった。
 さっそく、つわり止めの小半夏加茯苓湯を送る。その後も六君子湯を飲みつづけ、11月9日には体重48kgとなり、12月27日に男子(3115g)を無事分娩した。
 年が明けてから、母子ともに健康であり、現在体重は54Kgになったとの電話があった。
 初診のとき、赤坂見附の坂をやっと上ってきたと言った患者が、2年半後に体重が20Kg近くもふえて、すっかり健康になったと聞いて、全く驚いた。漢方薬は証に合うと、こんなにもよく効くものなのだろうか。
〔漢方的考え方〕
 これはまさに「脾胃の虚」による不妊症の臨床例である。35Kgの体重では全身的に衰弱しているので、月経がなくなっても不思議ではない。
 漢方は、証に従って治療薬を施すことがポイントである。この患者さんは証に従って、十全大補湯、補中益気湯、人参湯、六君子湯、四君子湯、六君子湯と飲みつづけて、胃腸状態が好転し、48Kgとなった。それまでに日数がかかったが、体力がついて体重がふえ、その結果、自然と妊娠できる母体を築いたわけである。


減食による無月経を治療して結婚、妊娠した婦人
 木本多美子。未婚。月経がないから治してもらいたいといって、昭和54年10月27日に栃木県より来院。
 患者さんは中学1年(13才)のときに初潮があり、高校3年までは順調にあったが、やせようと思って食事を急に制限したために、月経がなくなってしまったという。
 ホルモン剤を内服すると月経はあるが排卵はない。漢方薬の当帰芍薬散エキスと実母散を飲んだという。
 身長162cm、45kgと、スマートでスタイルがよい。しかし、そのためにたいせつな子宮と卵巣の機能を台なしにして、月経がなくなっている。これでは健康な女性とは言いがたいと思う。
 食事をすると腹が張り、眠くなる。便通は1日1回あるが、小水は回数が多くて日中は10回、夜間1〜2回で、1回量は少ない。冷え症。脈は弱く、腹診すると下腹部が突っ張っている。乳房と乳頭も勢いがなく、未熟である。
 無月経、未熟な乳房から考えて、まず当帰芍薬散を与えようと思ったが、「食後眠い」という点に目をつけ、胃腸機能の衰えた虚証(漢方では脾胃の虚という。)であると勘案し、胃腸に活力をつける人参を主薬とする四君子湯を与えて体をつくり、そのあとで当帰芍薬散を投与しようと二段階の方法を計画した。
 そこでまず四君子湯を与えた。冷え症であるため附子を加味する。この薬方をつづけて8カ月間服用して11月13日来院。体調がよくなり、食後眠いという症状もなくなっていた。
 そこで月経異常をポイントに、当帰芍薬散に変えた。これをつづけて4カ月間飲んで、翌55年4月に鼻血が出るようになった。この鼻血は月経が始まるきざしとしての代償月経である。
 さらにつづけて3カ月間服薬すると、ついに月経があるようになった、という連絡があったので、もう少しつづけて飲むように指示した。その後、何の音さたもなかったが、1年たった56年8月4日に、「前年11月1日に結婚し、現在妊娠2ヵ月でつわりがひどい、漢方薬を送ってください」という電話が入った。
 さっそく、小半夏加茯苓湯を送る。その後順調に経過し、57年3月18日に男子(3440g)を無事分娩した。
〔漢方的考え方〕
 若い女性は、スタイルを気にして無理な食事制限をする人が多い。この婦人もその一人で月経までなくしてしまった。つまり、減食により脾胃が虚してしまって、子宮・卵巣の機能不全をきたしたのである。
 脾胃が虚になっている場合は、血行をよくする薬方よりも、脾胃に活力をつける薬方が必要となる。
 『脾胃論』という医書に、中国の名医、李東垣は「婦人脾胃久シク虚シ、気血トモニ衰エテ経水断絶シ行ラザルコトヲ致ス」と述べている。
 婦人の脾胃(今日の胃、膵臓、脾臓をさす)が長く虚してしまうと、気血がともに衰えて月経がなくなってしまう、と東垣が述べているように、この患者さんは全くこのとおりの症状であった。
 それで、まず脾胃に活力をつける四君子湯を与えて体力を充実させ、次いで血行をよくする薬方である当帰芍薬散を用いて、無月経を治した。
 この患者さんも、婚前の無月経を治して結婚し、無事愛児を得た症例としてあげた。


















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